第3話 傘の中でツッコミを入れるみつなさん


 ツッコミ系お淑やか女子の込枝みつなさん。

 ツッコミを入れているところを周りに見られたくない彼女にとって、人の少ない放課後は絶好のツッコミタイムのはずだった。

 だけどその日はあいにくの雨で、意外と校舎内に人がいる。運動部が筋トレとかしてた。

 なので仕方なく、帰り道で彼女のツッコミを聞くことになった。


「よく考えたら雨の日は傘があります。顔を隠せるので、周りを気にせずツッコミができるかもしれませんね」


 なるほど確かに。さすがみつなさん、天才だ。


「て、天才? いえそれほどでは……ありませんよ。

 雨の日の利点を見付けることはできましたが、やはり一日中降っていると気が滅入ります。君は帰ってからなにか予定ありますか?」


 帰ってからの予定。特にない。でも強いて言えば、宿題の準備をしなければならない。


「宿題の準備ですか。そうですね、それは大事です。偉いです。……ん? 準備するだけして……でもやる気が起きないからゲームをする予定?」


 帰ってすぐに宿題なんてできるわけがない。僕にはそれがわかっているのだ。だからそれを正直に話すと、みつなさんはススススッと近寄って来て――

 ガツッ。


「あっ、傘がぶつかってしまいました。これではいけませんね。傘を閉じて、君の傘に……失礼します」


 彼女はそう呟いて僕の傘に入ってきた。そしていつものように耳元に手を当て、


「ちゃんと宿題やれや~! 宿題やるスケージュル立てて結果サボるならまぁわかる。わからんでもないよ? いや私はスケジュール通りちゃんとやるけどな? でもでも君! なんでサボるところまで予定に入れてるん!? もう潔く最初からゲームすればええやろ!」


 それだと宿題の存在を忘れそう。思い出しながらゲームするのがいい。


「宿題忘れないように宿題のこと考えながらゲームする? それゲーム楽しめてる? 宿題のことチラッチラ気にしながらやろ? 集中できんやろ。大丈夫なん?」


 あんまり大丈夫じゃない。特に今日の数学の宿題難しそうだし。


「そやろ? 普通大丈夫じゃないねん。……今日の数学難しかったから終わるか不安? だったら余計ゲームしてる場合かっ。もっと集中せな! いや宿題にやで? ゲームにじゃないで? あ……もしかして君、数学苦手なん? それなら……って、そんなことない? 普通に難しかった? そやったかなぁ……うーん」


 みつなさんは耳元から離れて、


「わかりました。私も帰ったらすぐに宿題をするので、わからないことがあればLINEで聞いてください」


 みつなさんが教えてくれるなら心強い。それならやる気もでそうだ。

 じゃあ、帰ったら通話するよ。


「え――つ、通話、ですか? 通話しながら宿題するのですか? 聞いてくださいって、そういう意味で言ったんじゃ……うぅ、まぁいいです、通話しましょう。仕方ありませんね君は――ふふっ」


 みつなさんが少し嬉しそうに笑う。

 よかった。僕はまたなにかやらかしたっぽいけど結果オーライ。


 そうだ、機嫌のいい今ならずっと気になってたことが聞けるかもしれない。


「私に質問ですか? 宿題のことではなく? なんでしょう。お答えできることであれば」


 普段はそんな風にお淑やかで丁寧な喋り方なのに――


「っ――ツッコミの時にどうして関西弁になるのか?! そ、それはっ!」


 みつなさんは咄嗟に耳元に手を当てる。


「ツッコミと言えば関西弁やろ~! ――あ、いやね? 標準語がダメってわけじゃないんよ……ないですよ? 私の中ではそうってだけ、ですからね?」


 なんか意識させちゃったのか、微妙に標準語が混ざりだした。

 でもそういう拘りが理由だったんだ。てっきり関西出身なのかと思った。


「出身、関西ちゃう……じゃないよ。親戚にも、いません。でも関西の漫才とかよく見てたから移っちゃったんよ。ツッコミの時だけはどーしても出てしまうん。

 ……これやっぱり、エセっぽいですか? 関西の人に聞かれたら怒られるでしょうか」


 なんちゃって関西弁は関西人に怒られる。そういう噂は僕も聞いたことがある。

 でも少なくとも僕は違和感を感じることはなかった。


「おかしくないですか? 違和感ないですか? ……そうですか、よかったです。

 それにしても――なんでいまやねん。気になってたならもっと早く聞いて? 二週間以上経ってるやん! 変な気ぃ使わなくってええのに」


 聞いていいのかわからなくて、機嫌が良さそうな時に聞こうと思ってました。


「私、普段機嫌悪そうに見えるん? そっかーツッコみまくりやからなぁ。そう見えるのもしゃあないなぁ。――ふふっ、冗談やって。そうやね、君のは気遣いっていうか心遣いやね。……同じやないかって? 違うやろ。私のこと思ってくれたってことやからね」


 よくわからないけど、みつなさんが機嫌良さそうだからいいか。


「そういえば――あ、もう耳元で話す必要なかったですね。話を戻しますが、君は数学苦手ではないと言ってましたが……テストではだいたいどのくらいの点数を取っていますか?」


 驚くなかれ。僕の数学の点数はいつも平均点だ。

 そう答えると、みつなさんは離れたばかりの僕の耳元に手を当てる。


「平均点って、ツッコミにくいやんっ。実は成績いいとかやないとツッコめないやろ~! 赤点だったらしゃあないなぁ教えたるってなるのに! せめてどっちにかに振り切れんと!」


 まさか平均点でそこまで言われるとは。どっちかに振り切れろって、なかなか難しい要求をする。

 というかいまのは無理してツッコまなくてもよかったのでは?


「へ、平均点に無理してツッコむ必要がない? そ、そうやね……いやね、もちろん平均点は悪くないんよ。でもなにかを期待してしまっ……な、なんでもない。いまのは無し! 忘れて忘れて」


 みつなさん、いったい僕になにを期待しているのだろう。気になる。


「え? ……気になるから詳しく? だめだめ! 忘れてって言ってるやろ!

 もう……――――あっ」


 突然みつなさんが小さく声を上げた。

 前を見ると、ぎょっとした顔の女子生徒。うちの学校の子だ。

 その子はパシャパシャと水たまりを踏むのも構わずそそくさと通り過ぎていく。


「いま通り過ぎていったの、隣のクラスの女の子です。間違いありません。……どうしましょう、ツッコミを入れているところを見られました」


 気にするところはそこじゃないのでは。

 僕はそう思ったけど、彼女のようにツッコミを入れることはできなかった。



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