第25話 流れ出る雨水




 サリシュはカタコトながら会話はできるようだ、キチンと話せるようになるのも、すぐだろう、頭もよさそうだし。

 エリアルは、喋れないけど、話は理解できているようだ、やっぱりお姉ちゃん的な立場だったのかな?要所要所でサリシュを庇うような仕草をする、耳と感は良さそうだ、なら、何とかなるな。



「スゴニルはまだ苦いかい?無理して飲まなくていいよ、こっちに湯冷ましがあるからこれを飲みなさい」

 表情には出さないまでも、煮出した珈琲スゴニルは苦手のようだ、孤児院でも飲めないガキはいたもんな。

 出されたものを残す事の罪悪感が大きいのか、なんとか格闘しているけど、残してもいいってことを、教えてあげなきゃならないな。

 湯冷ましと入替えてあげると、ホッとしたような、物悲しいような微妙な表情を見ていると、なんとなく笑えてくるよ。


「このスゴニルはボクが飲むよ、捨てたりしないから、無駄にはしないよ」

 そう言って、二人のスゴニルを飲み干すと、二人は目を真ん丸に見開いて、目に斜線が入りながら驚いてる、???なんて目で見るんだよ。

 何を諦めたような仕草するんだよ、朝飯食ったばかりなのに、ううう、ボクが泣きたい、んんん考えろ考えろどうした?ワカラン、分らんけど進めるしかないな。

 この子達の視線や仕草に、捕らわれ過ぎちゃダメだな。




「朝飯も食べたし、これから二人には、仕事をしてもらいます」ビクッ!と怯え身構える。

「ボクと一緒に工房に行って、・・・・おおおい、やめやめ、脱ぐな」ビクッ!

 仕事って聞いて服を脱ぎ始めたのには、参った。


「座って、もう一度座りなさい、エリアル手を出して、サリシュも手を出して」

 二人とテーブルの上で片手づつ手を繋ぎ、ゆっくり話をしていく。

「いいかい、ボクは細工物師だよ、ボクの仕事は、物を作る仕事だ、けどね、それ以外にも仕事と呼ぶものは沢山あるんだ。

 今からする仕事はね、工房の片付けだよ、土間を汚しちゃったから、三人で片付けよう、三人でする仕事だよ。

 まずは汚れてもいい服に着替えようか」

 そう言って、二人を二階へ連れて行き、ボクが見習いの頃に着ていた作業服を取り出して、着替えさせる。



「今、着ている服はとても上等な服なんだよ、汚さないようにしなきゃいけないからね、サリシュはこっちの作業服、少し大きいけど、大きすぎないよな、ボクが親方のところで始めて着た服だよ、少し草臥れてるけど、穴は塞いでるし、うん、大丈夫だ、エリアルはこっち、少し丈が短いか、窮屈じゃなさそうだね、エリアルはボクより随分細いし、で、その後は、靴か、靴はまだ履けるのがあった筈だ」

 ゴソゴソと古い衣装行李から、昔の服をやらを取り出していく。

 昔はまだ、上着とズボンは別に着ていたから、この子達でも大丈夫だろう、今のボクの作業着は上下が繋がってるから、女の子は使い辛いだろう、もう少しなれたら、同じような上下繋がりの作業着でも大丈夫だろうけど、今はね、これで。



「さて、着てみてくれないか、おおっとおいおい、あ~~、まって。ボクが悪かった、さっき脱ぐなっていったもんな、上から着ちゃうよな、着替えるって事がいままで無かったものな、いいよいいよ、一からだな。

 はい、じゃ、着替えるから、今着ている服を脱いで」

 ガバと脱いだ二人、もうこの子達の裸は見慣れたよ、孤児院のガキ共と思えば、何てこと無い。

「次にそれを、服掛けに掛けるんだよ、コレをこうして、そしたら、それを壁の突起に引っ掛けて、うん、そうだよ」

 二人はボクのやり方を見て、同じようにまねしていく。


「じゃあ次は、下履きを履こうか、これはとっても大切な服だからね、これからは毎日身に着けるんだよ、履き方を教えるよ」


 孤児院でもよくある光景だ、金持ち貧乏に限らず平民は、下履きを身に着けたことないガキどもは多い、貴族はピッチりとしたバラチャってズボン下を履くらしいんだが、ガキの頃は窮屈なんだろな履かない奴が多いらしい、だから、服を脱げば即マッパだ。



 下履きは横長の三角形をした布だ、短い辺の方を、腰から尻を覆う様にして、腹の前で釦止めする、そして、長く垂れる”下がり”を股を通して、前に持ってくる、釦止めした所を、内側から通して前に垂らす。

 で、チョイチョイと引っ張ってあげると、釦穴がいくつか空いてるので、具合の良いところの釦穴に最初の釦を通せば、完成。


 次に、ボクのお古だけど腹帯を渡し、胸元に着けてもらう、筒形の腹帯なので、ズボッと着ればいいだけだ。

 サリシュは丁度いいけど、エリアルが少し、布が余るな、布紐を乳下で一周させて肩ごしに前に持ってきて、鳩尾で結べば、マシになるな。

 明日にでも二人の服を買いに行かなきゃな。


 ズボンと筒シャツを二人に与えて、着させてみた。

「コレを着てみて」

 ん~エリアルはヨビ分丈、サリシュはブカブカだね、ズボンは足首で絞れば邪魔にはならないか、袖丈は、あっと、ワニ口クイラップ口のついた留め紐があったよな、あれで止めてやれば、袖も邪魔にはならないな。


次は、靴だが靴は大きすぎるか、小さくて古いのは孤児院に持って行ったしな、直ぐにはないな、木靴も二人には大きいのしかないし、ブカブカだと歩くと足を取られて危ないしな、あ、草底履きがあったな、あれを履かそう。

 水辺に入る茎の長い草を叩いて柔らかくして、靴底の形に成型した物に、紐を付けて、足首に巻きつけ固定する、昔からある草底履きを二人に履かせる、裸足で歩くには、危ないからね。



「うん!二人とも誰が見ても見習い工員さんだ、仕事のときは汚れるからね、今着ている服に着替えるんだよ」

「ハイ」とサリシュ、コクンとエリアル、二人が了解したんで、早速工房に向かうことにしたよ。



「今から、この土間の土を入替える、ボクが呼ぶまで、この入口にいるんだよ」

 そう言って、鉄鋤でガツガツと土間を削っていく、古い工房を買い取ったんで、土間もそろそろ替え時だったので丁度いい、ガッツり硬いわけじゃないし、ガツガツと鉄鋤で削り取っていく。

 土間にレンガを引かないのは、夏は涼しくて冬は暖かいからだ、土間が呼吸してるんだって親方が言ってた、裸足で歩くと真っ黒になっちまうから、自然と靴を履くようになる、すると、落ちてる切子で怪我をすることもなくなって、具合が良いんだ。


 レンアザン程、集中して削り取りを行っただけで、結構な土の山が出来上がった。

 木桶を三つと箒を二本用意してと。

「入っておいで、じゃこの土を裏庭に運ぶ仕事だよ」

 鉄鋤で木桶に土を入れて、三人で裏庭に運び出す。


 裏庭には小さな東屋があって、小さな畑もあるんだが、間だ何も植えてない、草だらけだ。

「よっと、ザザーーン、二人ともこの辺りに土を撒いて、ザッパーンとね」

 二人とも割と良い感じに撒いてくれる。

「じゃまた、土を運び出すよ、おいで」

 土間土を今度は二つの木桶に掬い上げた

「それじゃ、次は二人で、同じように撒いてきてくれるかな?又、戻ってくるんだよ」

「ハイ」とサリシュ、コクンとエリアル、二人並んで、運び出していく。


 さてと、ボクは続きの土間剥がしを、ガツガツと再開する、二人が戻れば、木桶に掬い上げ、土間を剥がしてと、繰り返してると、いつの間にやらシーガンは経ってるようだ。

 漸く半分ほどかな、意外と掛かるな、シーテルメとブチテルメ程度の広さなのにな。


「二人とも休憩しよう、よく頑張ったな、えらいぞ、働き者だな」

 ハフハフ荒い呼吸の二人を椅子に座らせて、水を飲ませる。

「少し休憩だ、これで手を拭いて、おお、真っ黒だね、良いんだよ良いんだ」

 手拭が真っ黒になったことに、怯えが走ったようだが、落ち着かせる。

「仕事をすれば、手は汚れるんだ、怒ったりしないよ、あ、ちょっと待っておいで、そのまま座ってなさい」


 台所に、蜂蜜があったはずだ、コップに一匙の蜂蜜を入れて水で薄めて、ガインの実を絞る、ガインの実は酸っぱいんだが、仄か立つ香りが良いんだ。


「飲んでごらん」

 二人に飲ませてあげると、眼をまん丸にして、コクコクコクと一気に飲み終えると、ホーッとにこやかな表情を見せた。

 アリアルもサリシュも徐に片膝を付き、頭を垂れて両手を胸もとで包み込むように握りしめる、『持たぬ者が行う感謝の姿勢』だ。



「美味しかったのかい?」

コクコクと肯き合う二人がなんとも、可愛らしい。

「座りなさい、仕事をすれば、また飲ませてあげるよ」



 朝のことをきいてみようかな。

「朝のことだけど、ボクが二人のスゴニルを飲み干したら驚いたけど、何故?」

 サーット血の気の引いた様な表情になり、なんとも悲しげな眼をむけてくる。

「ん?どうしたんだ?」

 サリシュが言い淀みながら、話してくれた。

「あっくっ、ダンナサマは、サリシゥとブアガ、のぉを、飲ンダはハラでマモノなる、ドレーのケグァレがうーつる、じきシム」

「シム?・・・シム?死なないよ、ぜんぜん平気だ、魔物にもならないよ。

 サリシュとエリアルは奴隷じゃないよ、ボクと同じ市民だよ、奴隷じゃないよ」


 そんなことを心配してくれてたんだ、理由が判ればショウモナイことだ、同じ物を食べて死んだなら、その奴隷が病気もってたか、口も汚かったんだろうな、この子達はシュクレもエクレットも磨いてくれたようだから大丈夫だよ、けども染付いたものは中々抜けないか・・・。



「それとサリシュ、エリアルを『ブァガルダ』と呼んではいけないよ、エ・リ・ア・ルだ。

呼んで上げてくれないかな?サリシュ」

「エィリアジュ」

「言いにくいんだね、難しいかもしれないけど、大切なことだからね」

「(えぃりありゅ)・・・エィリアリュ」、エリアルが小さく手を挙げる。

「よく言えたねサリシュ偉いぞ、エリアルも返事できるなんて偉いぞ」



「さてと、もう一仕事だ、お昼までに終わらせるよ、続きをするよ。

 コップは椅子の上に置いておいて」



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第二十五話 流れ出る雨水


さて次回は

竈が燻り煙が充満、火力が足りなくて飯が作れないブルダック爺さん

薪はいつもの乾燥薪を使っているんだが、上手く燃えてくれない

一生懸命火を吹く、鞴を引っ掴むより、鍛えた肺活量で一生懸命火を吹く

煙突掃除の煤除けに、竈の煙道に仕切り板が嵌っているよ


だって、煙突少年ゴルビィに掃除を頼んだじゃないかブルダック爺さん

ゴルビィが屋根で噎せて、涙目だよ


おかえりブルダック爺さん


次回 「第二十六話 吹き抜ける風」


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シュイオ風土記抜粋  ~グログル王国内に暮らす普通の人々の日常と非日常、概ね平穏な生活~ あやめさくら @ayamesakura1140

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