第12話
知花にブラウスを。12
牛脛肉の煮込を作った。脛肉をワイン、香草類に一晩漬け、1日かけてじっくりと弱火で煮込む。翌日。馬鈴薯や人参を加えてデミグラスソースやバターでコクを出し、仕上げに生クリームで深みと甘みを加えれば完成だ。
手間と金がかかるが、それに見合った美味しさ。いつものように食いに来た桐生には、有り難みは伝わっていないようだが。
「赤ワインもう一本あけようぜ。バゲット全部食っちまったから、なんかくれ。おかわり。食い足りない。」
「はいはい。」
2日かけて作った煮込み料理を一瞬で食い尽くそうとする桐生。少しは味わえと言いたい所だが、コイツの事だ。俺なりの味わい方をしていると言うだろう。
「煮込みはこれで最後な。食い足りないなら……鶏胸肉のハムはどうだ?」
「そんな健康になりそうな物は食いたくない……だが、お前なら俺好みの味にしてくれるんだろ?食う。ただし!胡瓜は入れるなよ。」
桐生の話を聞いていないフリをし、冷凍庫から保存していたナンを取り出し温める。程よく温まったら、手のひらサイズにカットして皿に盛る。
深皿に低温調理した鶏胸肉のハムを削ぎ切りし、千切ったリーフレタスに千切りにした胡瓜、一口に切ったトマトを見栄え良く盛り付ける。甜麺醤と黒糖を使い、甘くコクのあるドレッシングをかければ完成だ。
「ほらよ。北京ダックにはほど遠い中華風サンドイッチだ。」
「げっ!胡瓜……うん。ナンあるだけ持ってきてくれ。」
桐生は文句を言いつつナンに胡瓜達を乗せ、大口で頬張る。味わってみた結果、嫌いな胡瓜でも、この料理なら食べられると判断したようだ。これは3分後にはナンが無くなるな。俺は急いで冷凍庫に入っているナン3枚を温めに立つ。
「はぁー。お前が親なら良かった。毎日食いまくりたい。」
「自分で作れるようになれよ。もしくは、料理好きな恋人を探すとか。」
「料理ってスゲー手間だろ。俺は本当に才能無くてさ。卵かけご飯で手一杯だ。
食うのは好きだが、それだけの量を相手に作ってもらうのは申し訳なくてさ。食費やデート費用とか全額出してやっと感謝を伝えられるって思っている。それなら、食べ放題行くのがベストさ。
それに、そんな料理の女神みたいな人は簡単に見つからねぇよ。いたらココに食いに来ねー。」
桐生は自分に言い聞かせるようにキャップを開け、慣れたように赤ワインをグラスに注ぐ。一人酒が長いと愚痴っぽくなるとは言ったものだ。酒の入りも激しい。
このタイミングで話すべきか考えたが、桐生は酔っても意識はあるので、俺は決意を口にする。
「俺が結婚したら、こうして2人で俺の手料理を食べる機会も減るんだな。」
「……結婚するのか?」
驚かない桐生の反応に、注いでくれたワインに口をつける。
結城さんと付き合って3ヶ月。たった3ヶ月だと言われるだろうが、彼女以上の女性はいない。俺の身内の話をしても受け入れてくれた。何より、一緒に居て心地良い。俺は彼女と共に生きていきたい。
「彼女だから、本気でそう思えた。プロポーズするには早いと思うか?」
「いんや。人それぞれだからな。お前が今だと思えば、今なんだろうさ。」
サンドイッチをモリモリと小気味良い音を立てて食べる桐生。ふと、思い出したように質問してくる。
「知花ちゃんはどうなんだ?不貞腐れ時期は終わったか?」
「先週、俺が作ったブラウスを着て遊びに来てくれたんだ。例のブラウスさ。渡してからずっとしまっていたそうでさ。何の心境の変化があったのかわからないが、嬉しかったよ。
結城さんにプロポーズしたいって相談したら、いいんじゃないかって言ってくれたんだ。知花が、後押ししてくれた。嬉しかったよ。」
「……そうか。」
桐生は優しく笑うと、飲んでいたグラスを持ち、俺に傾けてくる。
「結婚おめでとう。」
「まだ早い。プロポーズが成功したら祝ってくれ。結城さんから、付き合ってまだ早いからって断られるかもしれないんだ。」
「大丈夫だ。お前だからな。」
ニヤリと笑う奴は、少ししんみりとしていた。この友情はこれからも続いていく。俺はなんとなく、そう思った。
ーーー
知花と2人。塩沢服地店で、藍さんに生地を見立ててもらっている。
知花は、今日も俺の作ったブラウスを着てくれている。キラキラと光を反射する淡い色合いのボタン達は、この子の未来みたいだ。
「雪の結晶柄のポリエステル生地が入荷しまして。周囲を青のバイアステープで囲めば、冬らしいランチョンマットになりますよ。」
「素敵ですね!紬にいちゃん、これにしようよ!」
優しく笑う藍さんに、知花はそうだと俺をチラリと見つつ話し出す。
「ランチョンマットが完成したら、紬にいちゃんは結城さんにプロポーズするんですよ!手作りディナーでもてなしつつ。私も作るのをお手伝いするんです。」
「あら!それはそれは。……おめでとうございます。」
「ちっ、知花。まだ結婚できると決まった訳ではないので。その。ご内密にお願いします。」
「紬さんなら、直ぐにオッケー貰えますよ。断る理由は無いです。」
「そ、そう、ですかねぇ。不安です。」
気が付けば後頭部を手でポリポリと掻いていた。良い返事がもらえるか不安は拭いきれないが、俺は尊敬する藍さんに自分の現状を知ってもらえたのが嬉しかった。
「では、2階使わせていただきますね。」
「はい。……もし、駄目だった時は…」
「何ですか?」
「いえ。何か不具合があれば呼んで下さい。」
俺は藍さんに頭を下げて階段を登る。知花は藍さんとまだ話をしたいようだ。先に作業を進めていよう。
作業台に今買った生地を広げ、雪の結晶のどの辺りを中心にもってくるか。定規を使い印をつけていると、知花が登ってきた。鼻を啜っている。
「どうした?」
「んーん。なんでもないよ。あ、生地のカットは私にやらせて。」
何だか少し大人びたような雰囲気で、知花がハサミを手に取る。ジョリンジョリンと心地良い音を立て、寸法通り生地がカットされていく。上手になったな。
「サクッと完成させちゃおうね!」
知花に手伝ってもらいつつ、2時間程で3枚の雪の結晶のランチョンマットは完成した。結城さんと知花、俺のだ。
結城さんは気に入ってくれるだろうか。心配しつつ片付けをして店を出ようとすると。
「使わせていただき、ありがとうございました……あれ?藍さん。大丈夫ですか?」
一階の作業台でボーッとしている藍さん。目の周りが赤くなっている。具合が悪いのかもしれない。
「あっ…い、いいえ。大丈夫です。あの、紬さん。」
「何でしょうか?」
「また、ご家族で遊びに来て下さいね。さよなら。」
席から立ち上がる藍さんは、何かから吹っ切れたような様子で、とても綺麗だった。
綺麗な職人の手を振り、いつものように俺達に挨拶をしてくれる。俺もいつものように挨拶をし、店を出た。
「藍さん、大丈夫かな?」
「うん。女は強いのよ。」
「何だそれ。」
俺の隣を歩く知花は、柔らかな夕陽と共に笑っていた。俺も彼女達のように、笑顔の似合う人生を歩みたいな。そうだ!この言葉を結城さんのプロポーズで使おうかな?いや、キザ過ぎるか。
プロポーズの言葉選びとは、生地選びと同じく非常に悩ましい事なんだな。始めて知ったよ。
ーーー
他人同士が人生を共に歩むのは、想像以上に大変だと思っている。価値観や生き方が違えば、互いの妥協点を見つけてすり合わせていく。そうでなくては、直ぐに他人に戻ってしまう。
「牛タンの西京漬が一番好みでした。と」
元義理兄から、知花が遊びに来る度に物資でお礼を貰っている。先日は3人で食べてくれと焼肉セットを贈られ、どれが一番美味しかったか聞かれたので、こうして返答を送っている。
「私はニンニクホルモンが美味しかったって伝えておいて。」
「ああ。………そろそろかな。」
知花と一緒に作ったランチョンマットを使い、結城さんに晩御飯を振る舞った。不安なので知花も一緒に居て欲しかったが、邪魔だろうと怒られたので今日は2人だけの空間。緊張して手に汗が。ソファーで並んで座る結城さんに頭を下げる。
「結城さん。いつも知花と仲良くしてくれて、ありがとう。」
「改まってどうしたの?こちらこそ。知花ちゃんは本当に可愛い子だよね。」
優しく微笑む結城さん。俺の隣は彼女でなきゃ嫌だ。
「お姉さんと連絡は取っているの?」
「いや。あれだけ知花を振り回していたのに、新しい彼氏が出来たら興味を無くしたみたいでさ。結婚したいから、離婚に向けて忙しいみたいだ。まあ、どうでも良いさ。」
そう言った後、こんな碌でもない身内がいるのに結城さんは結婚してくれるのか心配になった。どうしよう。どう弁明しよう。
「あ、その。姉は、犯罪はしないって言ってるんだ。貢いでくれる人は多数いるから、生活に困ってないって……知花達の心を傷付けた加害者なのは自覚しているが、法的に問題無ければ許されていると行動する。それがあの人の悪だと俺は思っている。
俺は姉が結城さんに近づくのが嫌だ。使える人間か見定められるのが嫌だ。俺の大切な人だから、結城さんがそういう身内がいる俺が嫌なら、無理はしないで欲しいんだ。」
俺の不安が伝わったのか、結城さんが汗ばむ俺の左手を握ってくれる。ああ、本当に素敵な手だ。誰よりも、美しい。
「あのね。先日、知花ちゃんから『結城さんを認めてあげる』って言われたの。」
「えっ!?アイツ…ごめん。失礼な言い方だな。」
「ううん。彼女なりに悩んだ末の発言だから、嬉しかったわ。私も、これからもずっと仲良くしたいの。」
俺は結城さんの握ってくれている手に左手を重ねる。そして、しっかりと彼女の目を見つめる。
「ありがとう。貴女と付き合えて、俺は幸せだ。」
「何よ。照れちゃうわ。」
頬を染め、視線を少しずらす結城さんは少女のようだ。何て愛しいのだろう。
「聞いて欲しい事があるんだ。」
全てが丸く収まる事はないだろう。人生とはそんなものだ。だから、俺は結城さんへの愛は貫きたい。彼女を愛しているから。
ーーー
俺の家で、結城さんと知花と共にカレーライスを食べた。トッピングの好みはそれぞれだが、俺はラッキョウと福神漬け。知花はチーズ。結城さんはマヨネーズ。
結城さんからマヨネーズを勧められるが、俺は少し幸せ太りした脇腹を気にして遠慮した。
食事を終え、片付けをして居間に戻る。結城さんと一緒に作った秋用のワンピースを知花に渡す。ギャザーの寄せ方と柄の合わせ方は難しく、殆ど任せてしまった。これからも練習していこう。
「うん。とっても可愛いわよ。」
「…ん。」
知花は未だこの態度。結城さんに申し訳なく思う。
「知花。ありがとうだろ。」
「…りがと。」
「ねえ、知花ちゃん。このシュシュ作ってみたんだ。どう?」
結城さんがソファーの隣に置いていた鞄からシュシュを取り出す。ハギレで作ったというソレは、レースやキラキラしたボタンがあしらわれていて上品な可愛らしさを醸し出している。結城さんのセンスが光る一品だな。流石、結城さんだ。
知花を見れば、見た事の無いキラキラとした眼差しをシュシュに向けている。知花の心に刺さったようだ。
「…可愛い。」
「ワンピースを作った時に出たハギレで、これと同じシュシュが作れるんだけど。一緒に作ってみる?」
「えっ…い、いいの?」
「ええ。ボタンも何種類か持ってきたの。布に合わせてどれを使いたいか選んでね。」
結城さんが鞄から出した小さな箱をあけると、貝殻やパールの形をしたボタンがあらわれた。すると、知花は一瞬にして笑顔になる。
「うん!お願いします!」
ソファーに座り、膝の上でボタンをガサガサと選び出した知花。子供だな。知花の隣に結城さんが座り、コレは本物のココナッツのボタンだと説明する。ああ。幸せとは、コレなんだろうな。
不意に、結城さんが顔を上げ俺にニヤリと笑顔をむけてきた。その笑顔が最高に綺麗で、俺は更に結城さんに夢中となった。
「紬さん。お茶入れて。」
「了解した!」
おしまい。
知花にブラウスを。 シーラ @theira
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