第4話
「ああ、卵が……」
今日は土曜日、仕事が休みなので昼を過ぎるまでぐっすりと眠り、それからのそのそと起き出して空腹を満たそうと冷蔵庫をのぞいたら、賞味期限から3週間も過ぎた卵が2個見つかった。
「うう、どうしようこれ……」
卵の賞味期限は生で食べられる期間だと聞いたことがある。
「ってことは、火を通せば食べられるってことよね」
だがそれにしても3週間はどうだろうか?
捨てようかなとも思ったのだが、卵を見たら目玉焼きが食べたくなってきた。
どうしても食べたいのなら買い物に行けよって話だが、今から出るのもめんどくさい。
今もまだパジャマのままだ、つーか、今日は一日ダラダラ過ごしたいのだ。暑い夏のさなかに卵を買いに出たくはない。
「割ってみよう」
残った卵2つをボウルに割ってみたら、
「うん、崩れてない」
黄身が崩れた卵はもう腐ってるから食べるなと母に言われていた。
「大丈夫、だよね?」
におってみても臭くはない。
気が、する。
フライパンを取り出し、温めて油を敷き、ボウルの卵をうつした。
じゅううううううう
いい音がしていいにおいがする。
うん、腐ってないにおいだ。
塩コショウをして調理続行。
念のためにしっかりとハードボイルドに焼き上げる。
お皿に移し、一口たべてみた。
「大丈夫みたい」
パックのご飯をレンジでチンして焼き上がった目玉焼きをおかずにしてなんとか空腹を満たすことができた。
だが、その後も一応体調を気にはかけておこう。
そうして夜が来て、また朝が来た、
「うん、なんともない、大丈夫」
なんだ、3週間期限切れでもなんともないや。
これからも少しぐらいなら大丈夫だな。
一人暮らしで10個入り買うと、ついこんなことになってしまうのよねえ。
そんなことを考えていたら、電話が鳴った。
「もしもし」
出たら母だった。
「あ、おかあさん、聞いて聞いて」
思わず卵の賞味期限について語る。
と、
「ばか!」
突然怒られた。
「なんでよ、なんでいきなり怒るの?」
「卵はね、当たると怖いのよ。下手したら死ぬよの」
「また大げさな~」
「おおげさなんかじゃありません!」
大きな声でさらに怒られた。
「大阪のおじさんが入院したことあったでしょう」
「ああ」
もう何年も前になるが、母の弟である叔父が東南アジアに出張して帰って、空港から救急車で病院に運ばれたと聞いたことがある。
「あれ、卵に当たったんだからね」
「え!」
びっくりした。
「な、なんで!」
母が言うには、おじさんは仕事が終わって帰国する朝、ホテルのバイキングでトーストとスクランブルエッグをたべたのだそうだ。
「その卵に当たって機内で具合が悪くなったんだけどどうしようもなくて、それで関空から医大に運ばれたものの、もうちょっと遅かったら危なかったって」
ぞぞっ!
「でもそれって、たとえば生水とかそういうのだった可能性ないの?」
「水はずっとミネラルを飲んでたし、その朝はあまり食欲がなくて、好物の卵しか食べてなかったらしいの。まあ、そういうことで体調が悪かったというのも原因の一つかも知れないけど、そのぐらい危ないんだからね、卵って」
「知らなかった……」
でも海外では卵は生で食べない、食べるのは日本ぐらいだと聞いたことがある。
「もったいないと思ったんだけどなあ」
「あんたね卵、いくらで買った?」
卵だけ単品で買ったわけではないのではっきりとは覚えてない。
「うーん、200円か300円ぐらい?」
「間を取って250円として、卵2個でいくらよ」
「50円」
そのぐらいの計算はできる。
「その50円のことで死ぬかも知れないんだから、今度からはちゃんと捨てなさい。
「でも食べ物のない国のこととか考えると、食べ物って捨てにくくて、そんで勇気を出して食べてしまった」
「ばか!」
また怒られた。
「そんな勇気捨てておしまい! そんなくだらない勇気! そんなもんのためにお腹下したらどうするの!」
その後、かなりこってりと説教をされた。
「分かったわね? そういう場合は捨てる方が勇気、いいわね?」
「うん分かった」
そう言った後でふと思いついた。
「くだらない勇気より下さない勇気よね、よく分かった」
「ばか!」
ふざけた答えをしたために、またしばらく説教を続けられたことは言うまでもない。
親の意見と茄子の花は千に一つの仇もない
そんな言葉を思い出し、大人しく叱られ続けていた。
「くだらない勇気」4編(第15回) 小椋夏己 @oguranatuki
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