第89話 「好きなんだ」

「ただいま」


柊を家まで送り届けた俺は美羽の家に戻ってきた。

別れる際に柊は悲しそうな顔をしていたが、なんとか家に帰すことが出来た。


「おかえりー!上手くいったみたいだね!」


「分かるのか?」


「うんっ!だって陽太くん嬉しそうな顔してるもん!」


「…そうか」


どうやら顔に出てしまっていたらしい。

洗面所で手洗いうがいを済ませてリビングに行くと、美羽はソファに座って俺を手招きしていた。

横に座れという事らしい。


「…怖かった?」


「あぁ、めっちゃ怖かった。あんなに考えて話したのは初めてだからな」


「そうだよね…でも、認められてよかったね。これで全部元通りになるのかな?」


「そうだな。柊は月曜日から登校するらしいし、元通りだ」


「そっか!良かったぁ」


横で美羽が嬉しそうに笑う。


「美羽、ありがとな」


「んー?」


「帰りに柊から聞いた。 お前が柊の背中を押してくれたんだろ?」


「あー…渚咲ちゃん話したんだ」


「何を言われたかは教えてくれなかったけどな」


それから、俺は美羽に柊家で何があったのか、何を話したのかを出来るだけ詳細に話した。

決して分かりやすい説明ではなかったはずだが、美羽は静かに聞いてくれた。


「そっかぁ〜、渚咲ちゃん両親と仲直り出来たんだね」


「あぁ。…で、ここからが本題なんだが」


俺は姿勢を正して美羽の方を向く。


「えっと…俺のこれからの事なんだが…」


「渚咲ちゃんの家に戻る…とか?」


またしても言おうとしていた事を見抜かれ、俺は固まってしまった。

本当にこいつはエスパーか何かなのだろうか。


「正解っぽいね。 そっかぁ」


「…決してここでの生活が嫌な訳じゃないんだ。

ただ、柊の父親から戻れって言われちまってな…だから一旦戻る事にしようかと…」


「うんうん。その方がいいと思うな!渚咲ちゃんも喜ぶだろうし!」


美羽は笑顔で頷き、俺の手を握った。


「良かったね。これで本当に元通りだ」


「…あぁ」


「でも寂しくなるなぁ〜。陽太くんとの生活楽しかったのに」


「悪い…でも、やっぱりアイドルが異性と同居ってリスク高いだろ」


「…もし私がアイ…」


途中まで何かを言いかけたが、美羽は口を閉じて首を横に振った。


「美羽…?」


「なんでもない!じゃあご飯食べてお風呂入ったら荷造りしなくちゃね。

私も手伝うよ」


「いや、そこまでしてもらう訳には…」


「今更遠慮なんてしなくていいのー!それに2人でやった方が早く終わるでしょ?陽太くん1人だけだと忘れ物とかしそうだし」


「…じゃあ、頼む」


「うんっ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よしっ!荷造りはこれで終わりかな?入れ忘れた物とかないよね?」


「あぁ、大丈夫だと思う。悪いな、最後まで付き合わせちまって」


「気にしないでって」


風呂から上がった後、俺と美羽は2人で俺の荷物をキャリーケースに詰めた。


元々柊の家を追い出された時に必要最低限の物しか持って来なかったから案外すぐに終わってしまい、すっかり綺麗になった部屋のベッドに2人で座っていた。


「…陽太くん、ベランダ行かない?」


「ベランダ?なんでだ?」


「星空でも見ながらちょっとだけお話しようよ」


「…分かった」


美羽の提案に賛成し、俺達は窓を開けてベランダに出た。

空には綺麗な星空が浮かんでいた。


「わー!綺麗だね!」


「そうだな」


美羽は星空を見て目を輝かせていた。

月明かりに照らされて光り輝いている美羽の白銀の髪に、俺はつい見惚れてしまった。


「…ねぇ陽太くん」


「なんだ?」


「もし…もしさ?私が渚咲ちゃんよりも早く陽太くんと高校で出会ってたら、陽太くんはずっとここに住んでくれてた?」


「え…」


美羽は星空を見たままで、俺の方を見ようとはしない。


「…どうだろうな。お前は柊と違ってアイドルだから、ずっとここに住むって訳にはいかないだろ」


「じゃあさ、私がアイドルじゃなくて普通の女の子だったら?」


「アイドルじゃなかったらか…まぁ…その場合は住んでたんじゃねぇかな。

もちろんお前が許す限りだけど」


「そっかぁ〜」


美羽は星空を見ながら言う。


「じゃあ…」


「でも…」


「「あっ」」


俺と美羽の言葉が重なってしまった。


「先いいぞ」


「んーん、陽太くんから言ってよ。陽太くんの話聞きたい」


「…分かった。 アイドルじゃなかったらってお前は言うけど、お前がアイドルを目指して頑張ってなかったら、こうして東京で再会する事も無かったろ」


「…確かに」


「俺達が今こうして話せてるのは、美羽がずっと頑張ってきたからだ。

だから、諦めないでくれてありがとな」


「っ…」


「次は美羽の番だぞ。さっき何を言いかけたんだ?」


「……忘れちゃった」


「はぁ…?」


そう言うと、美羽は大きな溜息を吐いた。


「ど、どうした…?」


「んー?私って性格悪いなぁと思って」


「はぁ?そんな事ないだろ。 めっちゃ性格良い方だぞお前」


「そりゃあ好きな人の前だからね〜。悪い所は見せないようにしてるし」


「……は?」


突然の美羽の爆弾発言に、俺は固まってしまった。

すると美羽はくるっと振り返り、俺に笑顔を向ける。


「私、陽太くんの事好きなんだ」


突然の告白に、俺は何も言えなくなる。


「中学生の時、病室で私の背中を押してくれたあの日から、ずっとずっと好きでした」


「え…えっ…と…」


戸惑っている俺を見て、顔を赤くしている美羽は笑った。


「ふふっ…陽太くん動揺しすぎだよ〜」


「いや…だってお前…」


「好きじゃない男の子を家に泊めると思う?」


美羽はそう言って笑った後、俺の手を優しく握る。


「急にこんな事言ってごめんね? 本当はもっと準備してから言いたかったんだけど、我慢出来なくなっちゃった」


「…美羽、俺は…」


「あー待って! まだ答えないで」


「え」


「まだ心の準備が出来てないから…まだ言わないで」


美羽は顔を真っ赤にしたまま首を振った。


「準備が出来たらもう一度ちゃんと言うからさ、その時に答えをほしいんだ」


「…分かった」


「うんっ!…はぁ〜…言っちゃったぁ」


美羽は恥ずかしそうに笑いながら窓を開け、部屋の中に戻ろうとする。


「……」


「陽太くん…?部屋戻ろー?」


「……先に戻ってろ」


俺は美羽から顔を逸らし、外を見る。


「え、なんでー?あ、もしかして照れてくれてる?」


「…違う」


「ほんとかな〜?じゃあこっち向いて?」


「…無理」


「むぅ…じゃあ、えいっ」


突然美羽が後ろから抱きついてきて、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。


「…ねぇ陽太くん、照れてくれてる?」


「……あんな事言われたら当たり前だろ」


「ふふ…そっか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……」


「……」


現在、リビングに戻った俺達は2人でソファに座っていた。

だが、お互い何も言わない。


「…ねぇ陽太くん」


「…なんだ?」


「私、頑張るからね。アイドルとして有名になって、陽太くんの事をいっぱいドキドキさせちゃうから」


美羽はそう言って笑う。

俺はそんな美羽の笑顔から目を離せなくなってしまっていた。


…今よりもドキドキさせられるのか…


「私、誰にも負けないから」


「…そうか」


「陽太くんは明日渚咲ちゃんの家に帰っちゃうけど、いっぱいドキドキさせて「美羽の家にいたいよー!」って思わせてあげる!」


「俺はそんなキャラじゃねぇ」


「ふふ…でももしそうなったらいつでも帰って来ていいからね。

…将来は結婚して一緒に住むかもだし?」


「っ…!?」


最後の爆弾発言で、俺はつい咳込んでしまった。


「おまっ…はぁ…!?」


「じゃあ私は寝るね〜!おやすみっ」


「ちょ…おい美羽…!」


「なにー?あ、もしかして一緒に寝たいとか?

んー…仕方ないなぁ、最後の日だし特別に…」


「ちげぇよ!あーもう…俺も寝る」


「ふふ…はーいおやすみっ」


「…おやすみ」


俺は早足で自室に帰り、すぐに布団に入った。

だが、目を瞑ると先程俺に告白してきた美羽の顔が浮かぶようになってしまった。


「…まじかよ」


結局その日は落ち着かず、全然眠る事が出来なかった。

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自宅が全焼して女神様と同居する事になりました 皐月 遊 @bashi

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