第88話 「白銀の想い」
「ここが柊の自室かぁ。めっちゃ広いな」
「何もないからですよ」
柊が無事両親と和解した後、俺は柊と共に柊の自室に来ていた。
柊の自室には、大きな天蓋付きのベッドと大きなクローゼットが置かれていた。
「天蓋付きのベッドとか初めて見たわ。やっぱりお前お嬢様なんだな」
「お嬢様って言うのやめて下さい。
普通のベッドの方が落ち着きますよ」
「ほーそういうもんか。 …ぬいぐるみとかもないんだな」
「買ってくださいなんて言えませんでしたからね」
柊はそう言ってベッドに座る。
そして柊が横に座れとベッドを叩いてくるがそれを無視し、普通に椅子に座った。
「む…なんで隣に座らないんですか」
「なんとなく」
「あーそうですか」
柊は拗ねたようにそっぽを向く。
俺はそんな柊が懐かしくてつい笑ってしまった。
「…何笑ってるんですか?」
「いや、なんか懐かしいなと思って」
「ふふ…確かにそうですね」
もう話せないと思っていたのに、今こうして柊と笑い合えている。
それも全て皆のおかげだ。
後日ちゃんと感謝しないとな。
「…あ、結局俺って認められたのか?」
「逆にあの流れで認めてなかったら本当に嫌いになりますよ」
「はは…そうだよな」
すると柊は姿勢を正し、深く頭を下げてきた。
「如月くん、今回はありがとうございました。
全部あなたのおかげです」
「俺は何もしてねぇよ。 親を説得したのは柊だろ」
「私だけだったら両親にあんな事を言う勇気は出ませんでした。
隣にあなたが居たから私は頑張れたんです」
「…あっそう」
面と向かって笑顔でお礼を言ってくる柊に照れてしまい顔を逸らすと、柊は笑った。
「ふふ…これで全部元通りですね。
…あ、そういえば如月くん、あなたはこれから…」
柊が何かを言いかけた時、柊の部屋の扉がノックされた。
柊が返事をすると、茜さんが入ってきた。
どうやら幸次郎さんが俺達を呼んでいるらしく、俺と柊は緊張しながら幸次郎さんの書斎へやってきた。
柊が深呼吸をして扉をノックすると、中から「入れ」と声が聞こえてきた。
「し、失礼します」
「…失礼します」
中に入ると、幸次郎さんは椅子に座って俺達の方をじっと見ていた。
柊に叩かれたからか、幸次郎さんの頬はほんのり赤くなっていた。
「渚咲」
「は、はい!」
名前を呼ばれ、柊はビクッと身体を震わせる。
さっきはあんなに強気だったのに、まだ幸次郎さんの事が怖いらしい。
「お前の夢はなんだ」
「…はい?」
「お前は将来、どういう人生を歩みたい?」
それは、なんて事ない普通の質問。
将来どうなりたいかなんて質問を親が子にするのは何も珍しい事じゃない。
ただ、柊家は違う。
柊の両親はずっと柊に関わってこなかった。そのせいで柊は両親は自分に興味が無いのだと思ってしまっていたんだ。
だが、今幸次郎さんは柊に質問している。
『今更親らしい事をして、拒絶されるのが怖かった』とさっき茜さんが言っていたが、それはきっと幸次郎さんもそうなのだろう。
だから本音でぶつかりあった今、柊家はやっとお互い歩み寄ろうとしているんだ。
「私は…」
柊はぎゅっと拳を握り、幸次郎さんをまっすぐ見る。
「私の夢は普通ですよ。
本心から愛せる人と結婚して、子供にも恵まれて、ずっと笑顔が絶えない日々を過ごしたいです」
「…そうか。この家庭とは真逆だな」
柊の夢を聞くと、幸次郎さんは悲しそうに笑った。
初めて幸次郎さんの別の表情を見た気がした。
「私も、最初はこの家とは真逆の家庭を築きたいなと思っていました。
ですが、私達はお互いに不器用なだけで、ちゃんと家族なんだなって今日知れました」
「……」
「お父様、今度お時間がある時で構いません。
お母様と一緒に私のお料理を食べに来てくれませんか?私、いっぱい勉強したんです」
「…良いのか? 俺はお前に沢山酷い事をしただろう。
俺は父親失格だ」
「反省してくれているなら、これから挽回して下さい。
そして、いっぱい褒めて下さい。
謝罪されるよりもそっちの方が嬉しいです」
「…あぁ、分かった。 必ず食べに行く」
「はい!」
優しい声で言った幸次郎さんに柊は笑顔で頷き、そんな柊を見て笑っていると、幸次郎さんは俺を睨んだ。
「如月陽太」
「は、はい」
先程までの優しい声とは裏腹に、厳格な声色に変わり、再び室内に緊張が流れる。
「俺はまだお前の事が嫌いだ」
「お、お父様…!?」
「お前と渚咲が、俺と茜のようになってしまうんじゃないかと考えると怖い。
そのくらいお前達は危険な道を歩んでい…」
「ちょっと待って下さい」
俺は手を上げ、幸次郎さんの話を遮った。
「あの…今の話だとまるで俺と渚咲さんが付き合ってるみたいに聞こえるんですけど…」
「ちっ…今更隠す必要は無いだろう」
「いや…本当に付き合って無いんですけど…なぁ?柊」
「え!?あ、はい!」
俺が言うと、幸次郎さんは目を丸くした。
「…てっきり渚咲が俺に嘘を吐いていると思っていたが、まさか本当にただの友達だったとはな…
だが、全て元通りになった今、お前はまた渚咲の家に戻るんだろう?」
「いえ、これからは一人暮らしをする予定です」
「え」
横にいた柊が身体を震わせた。
「あなたの言う通り、俺達はずっと危ない橋を渡ってました。
恋人でもない男女が同じ家に住んでるなんてやっぱり普通じゃない。
だから、ここで終わりにする予定です」
「ま…待って下さい如月くん…!私は…」
「お前がなんと言おうと、もう決めた事なんだ。
ここで普通の暮らしに戻るのがお互いの為だろ」
「……」
柊は何も言わずに俯いてしまった。
柊は優しいからまた俺を住まわせてくれようとしてくれていたらしいが、柊にも将来がある。
この辺りでこの関係を終わらせておくべきだろう。
「…如月陽太はこう言っているが、お前はどうなんだ。渚咲」
幸次郎さんが言うと、柊はゆっくり顔を上げた。
「私は…まだ如月くんと一緒に居たいです」
「あのな…別に一緒に住んでなくても学校で会えるだろ?
本来ならそれがふつ…」
「如月陽太」
今度は幸次郎さんが俺の言葉を遮ってきた。
「命令だ。お前は渚咲の家に戻れ」
「はぁ…!?何言ってるんですか!?元々はあなたが俺を追い出せって…」
「そうだ。だからこのままお前が渚咲の家を出たら俺のせいになってしまうだろう。
そしたら渚咲は俺を恨むかもしれないからな」
「は、はぁ…?」
「出て行きたいのならば一度戻ってから改めて話し合った上で出て行け。
そしたら俺は関係無いだろう」
「なんだそれ…」
めちゃくちゃすぎるだろ…どんだけ娘に嫌われたくないんだよこの人…
「…でも、いいんですか? 俺が渚咲さんの家に戻って…」
「嫌に決まってるだろう」
「なら…」
「だが、ただ否定してばかりではダメだと分かったからな。
だから今回は試させてもらう事にする。
これでお前が俺を失望させるような事があれば、今度こそ容赦はしない」
話は以上だ。と言われ俺と柊は書斎を出た。
「…おい。どうすんだよ」
「何がですか?」
「俺は出ていくつもりだったんだが」
「私は出て行ってほしくないので」
書斎を出た後、俺と柊は廊下を歩きながら話していた。
「あのな…こんな関係を続けてもしお前の将来に影響が出たら…」
「今が楽しければそれで良いじゃないですか。
それとも、如月くんはそんなに私との生活が嫌いですか…?」
柊は不安そうに聞いてくる。
「いや…別に嫌じゃねぇけど…」
「なら何も問題ないですねっ!
如月くんが出て行く時は私の事が嫌いになった時にして下さい」
「俺が?お前がじゃなくてか?」
「私は如月くんの事嫌いになりませんよ?」
「………あっそ」
こいつは本当に…急に爆弾を投下するのやめてほしい。
この場にもし桃井と春樹が居たら絶対に揶揄われてたな…
「あ!渚咲様!」
そのまま廊下を歩いていると、前から遠藤さんが近づいてきた。
遠藤さんは柊に近づくと、笑顔で頭を撫でた。
「良かったですね!」
「遠藤さん…!はいっ!」
柊は笑顔で頷く。
「それにしても渚咲様、高校生になって益々綺麗になりましたねぇ…
ね?陽太様もそう思いません?」
「…え?」
「渚咲様、綺麗ですよねぇ〜」
遠藤さんはニコニコしながら聞いてくるし、肝心の柊はジーッと俺の方を見ている。
あぁ…これは逃げられない奴だな…
「まぁ…そうですね」
肯定すると、柊は顔を赤くして俯いてしまった。
「ふふ…渚咲様が楽しそうで何よりです。
…あ、そういえば茜様が後で部屋に来て欲しいと言っていましたよ」
「お母様が?」
「はい。何やら見せたい物があるとか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
遠藤さんに言われ、俺と柊は今度は茜さんの自室にやってきた。
「…俺も来てよかったのか? 部屋で待っててもいいけど」
「いえ、一緒にいて下さい」
「了解…」
そう言うと柊は扉をノックし、中に入った。
すると、室内では茜さんが2枚の写真を見ていた。
「いらっしゃい渚咲、如月くん」
「お母様、見せたい物ってなんですか?」
「その前に、まずはこれを返すわね」
茜さんはそう言って柊に1枚の写真を渡す。
その写真は、俺達が初めて撮ったプリクラだった。
「これ…処分されたはずじゃ…?」
「中々捨てきれなくてね、内緒で持ってたの。
だって、皆本当に楽しそうなんですもの」
柊は、大事そうに写真を抱える。
「良かった…」
「大事な写真なのね。渚咲、見せたいものがあるの」
茜さんはそう言うと1枚の写真を見せてきた。
その写真には、赤ちゃんの女の子と茜さんと幸次郎さんが写っていた。
「これは…?」
「私達3人の唯一の家族写真よ。 言い訳にしかならないけど、この後くらいから仕事が忙しくなってね…
あなたよりも仕事を優先するようになってしまったの。
そして気づいた時にはもう取り返しがつかなくなっていたわ」
柊はジッと写真を見る。
写真の中の茜さんは笑顔で大事そうに柊を抱えていた。
横にいる幸次郎さんはカメラの方を向いていたが、目だけは柊の方を向いていた。
「あなたが産まれたのは12月25日。クリスマスの日で、雪が積もっていたのを覚えてるわ」
茜さんは懐かしむように話しだした。
「幸次郎さんったらその日は何がなんでも付き添うって言って、普段は絶対に休まない仕事を休んでまで私に付き添ってくれたわ。
そして無事にあなたが産まれた。
あたり一帯が白銀の雪景色の中、あなたの金髪はまるで太陽みたいに輝いていたの」
「……」
「雪の中でも向日葵のように強く綺麗に咲いて温かくて、海みたいに皆を優しく包み込んでくれるような子に育って欲しい。 そう願って『渚咲』って名前をつけたのよ。
私達は何も出来なかったけど、こんなに立派に育ってくれて本当にありがとう」
茜さんはそう言って頭を下げた。
柊は最初は固まっていたが、やがて笑顔になり茜さんを優しく抱きしめていた。
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「泊まっていかなくて良かったのか? 別に俺1人でも帰れるけど」
俺と柊は柊家を出てタクシーに乗って駅に向かっていた。
茜さんは「泊まっていったら?」と言っていたが、柊はそれを断ってしまった。
「私の為にここまで着いてきてくれたのに、1人で帰すわけにはいかないでしょう?失礼すぎます」
「別に気にしなくていいのに…」
「私が嫌なんです。 それに、いつでも泊まりにいけるからいいんです」
「…それもそうか」
「あの…それで…如月くん」
柊はポケットからスマホを取り出し、言葉を詰まらせながら俺を呼んだ。
「なんだ?」
「えっと…その…」
「なんだよ…?」
柊は深く深呼吸をすると、真っ直ぐ俺を見る。
「れ…連絡先…交換しませんか…?」
「連絡先?…あぁ。そういやブロックされてたな」
すっかり忘れていた。そうだ俺柊にブロックされてたんだ。
だから細かい待ち合わせ場所も七海経由で教えてもらったんだもんな。
「すみません…」
「いやぁまさかブロックされてるとは思わなくてびっくりしたわ。 もう本当に終わったんだと思ったもんな」
「うっ…!だって…連絡できる手段があったらついつい何か送ってしまいそうで…」
少し揶揄っただけで本気で悲しそうな顔をする柊に、俺はつい笑いそうになってしまった。
「えっと…ダメ…ですか?」
「ダメな訳ねえだろ?揶揄って悪かったな、ほれスマホ」
「わっ…」
俺は柊に自分のスマホを渡すと、柊は嬉しそうに頷き、スマホを操作して再度チャットアプリの連絡先を交換した。
「はいっ!」
「あいよ」
柊からスマホを返されると同時に、柊からチャットが来た。
そのチャットには
『実家では渚咲さんって呼んでくれたのに、今は呼んでくれないんですか?』
と書かれていた。
チラッと柊を見ると、少しだけ顔が赤くなっていた。
「…呼ばねぇ」
「え…!なんでですか!」
「慣れてるから」
「だって!七海さんや白雲さんの事は名前で呼んでるじゃないですか!」
「でも桃井は桃井呼びだろ」
「うっ…」
柊は不満そうに頬を膨らませる。
「なんでそんなに名前呼びが良いんだ? 別にお前も俺の事苗字で呼ぶだろ」
「それは言えないですけど…じゃあ、私が如月くんの事を名前で呼んだら如月くんもそうしてくれますか?」
「…呼ばなくていい」
そう言うと柊は笑い、俺を見て口を開く。
「陽…よ、よう…よ…よう…っ!」
柊は頑張って俺の名前を呼ぼうとしていたが、恥ずかしいのか最後まで言えずに下を向いてしまった。
「無理すんな。別に今すぐ変える必要はねえだろ」
「でも…」
「まぁ…気が向いたら呼び方変えるかもな」
「え…!!」
「だから待ってろ」
「はい!楽しみに待ってます!」
柊は満足そうに笑い、元気よく頷いた。
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