第87話 「柊家」
遂に土曜日になり、俺は「頑張ってね!」と美羽に送り出されて家を出た。
柊の家には俺と柊の2人だけで行く事になった。
まぁ、今回の件は俺と柊家の問題だから当然だろう。
柊との待ち合わせ場所である駅に着くと、すぐに柊は見つかった。
柊は夏休みに俺の家に行った時と同じ服を着て、青い宝石のネックレスを着けていた。
「…よう」
「…あ、おはようございます」
「おう」
前に久しぶりに話した以来話していなかった為また気まずい空気が流れてしまう。
「…では行きましょうか」
「だな」
駅で切符を買う時も、電車に乗ってからも、俺達の間に会話は1つも無かった。
柊の実家があるという駅で降り、改札を出てからも会話は無い。
別に話したくないわけじゃないんだが、何を話せばいいか分からないんだ。
「…ここからはどのくらいかかるんだ?」
なんとか話題を絞り出すと、柊はビクッと身体を震わせた後嬉しそうに振り向いた。
「歩きでは遠いので、タクシーで向かいましょう!」
「お、おう…?なんかテンション高いな」
「そうですか?」
「あぁ、さっきまではテンション低かったろ」
「さっきまでは…如月くんが何も話してくれないから不安になってしまって…」
「不安?」
「はい…こんな事になってしまったので…嫌だなぁとか思われてるのかなって」
柊が下を向いていうので、俺は溜め息を吐く。
「ったくお前は…放っておくとすぐネガティブな思考になるよな」
「うっ…」
「嫌だと思ってたらわざわざ休日に外出なんかしねぇよ。
俺が外出嫌いなのは知ってるだろ」
「まぁ…」
「ほら、さっさと行くぞ」
俺は柊の前を歩き、タクシー乗り場へ移動した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…デカ過ぎないか?」
駅からタクシーで移動する事30分程…
高級そうな住宅が並ぶ場所に、一際目立つ立派な家があった。
その屋敷の表札には『柊』と書いてあった。
「…お前、凄い人間だったんだな」
「何を言ってるんですか…早く行きましょう」
「ちょっと待ってくれ、深呼吸させてくれ」
柊の前で深呼吸をし、柊と共に歩き出す。
庭にはよく手入れされた芝生と噴水、更には花畑まであった。
そんな庭を抜け、大きな扉を開けると…
「おかえりなさいませ、渚咲様」
扉を開けると、まず出迎えてくれたのは1人の女性だ。
…この人がずっと柊を世話してくれてたっていうお手伝いさんか。
「遠藤さん、お久しぶりです。 父は帰っていますか?」
「はい、お母様も一緒にリビングで待っていますよ。
…そちらの方が例の…?」
遠藤…と呼ばれたお手伝いさんは俺を見る。
どうやら俺の事は伝わっているらしい。
「…はじめまして。如月陽太です」
「あら、優しそうな方じゃないですか」
「え…」
思っていた反応とは違い、遠藤さんは俺に笑顔を向けた。
「説得、頑張ってくださいね!」
遠藤さんはそう言うと、俺と柊の背中を押してくれた。
「…優しそうな人だったな」
「はい!遠藤さんは昔から私の面倒を見てくれていて、とても信頼できる人なんです」
「そうか」
そんな会話をしながら廊下を進んでいると柊が歩みを止め、深呼吸をした。
…この扉の向こうか。
「…私が先に行きますね」
「あぁ」
俺が頷くと、柊は扉を開けて中に入った。
柊家のリビングは洋風なインテリアで統一されており、高級そうな壺や絵などが沢山置かれていた。
「…来たか」
ソファには、2人の男女が座っていた。
1人は黒髪でスラっとした体つきの男性、もう1人は柊と同じ金髪に青い瞳の女性だった。
「座るといい」
「は、はい」
「…失礼します」
柊の父親に言われ、俺と柊は2人の前に置かれているソファに並んで座る。
「…初めまして、如月陽太です」
先に自己紹介をすると、柊の父親は俺を見て馬鹿にするように笑った。
「やはり、大した男には見えないな。何の魅力も感じない。
渚咲に釣り合っているとは思えん」
「お父様…!」
「待て柊、いい」
横に居た柊が怒って立ちあがろうとしたが俺は手で静止する。
そんな俺を見て柊の父親はふんっと鼻を鳴らした。
「…柊幸次郎だ」
「柊茜よ、よろしくね如月くん」
「馴れ合うな茜。 どうせもう会う事はない」
幸次郎さんが言うと、また柊はピクっと身体を震わせるが、なんとか耐えてくれた。
「如月陽太」
「はい」
「先に言っておくが、これからお前が何を言おうが俺は考えを改めるつもりはない。
お前は地元に帰る事になるだろう」
「…そうさせない為に今日来たんです」
俺は幸次郎さんの目を真っ直ぐ見ながら言う。
「…お父様。今日は時間を作ってくれてありがとうございます」
俺が何かを言い始める前に柊が口を開いた。
柊の方を見ると、柊は俺を見て頷いた。
どうやら最初は柊から話したいらしい。
「まずは、約束を破ってしまってごめんなさい」
「…結局お前は如月陽太の方についたと言う事だな」
「はい。この際はっきり言いますが、私はあなた達の事を何とも思ってません」
「柊…!?」
いきなり何言ってんだこいつは…!?
幸次郎さんも茜さんも何も言わずに固まってるし…
「嫌いでもないし、好きでもないんです。 だって、それほど関わりがないから」
「…何が言いたい?」
「今まで親らしい事をしてこなかったくせに、今更関わってこないで下さい」
柊ははっきり言い切ってしまった。
リビングには重い空気が流れる。
「私は、如月くんやお友達と過ごして沢山の事を学びました。
人の好みを把握してお料理をする大変さや、ゲームセンターの音の大きさや、お友達と一緒に旅行する楽しさ…」
柊は色々な思い出を懐かしみながら穏やかな表情で言う。
「沢山の人と出会って話して、人ってこんなに温かいんだって知る事が出来たんです。
ですが私があなた達両親から学んだ事は、人の冷たさだけ。
愛情や優しさが何かなんて知らなかったし、私には理解できない物だと思ってました」
「……」
「でも、私は如月くんやお友達から優しさを学びました。
如月くんのご両親から本当の愛情を学びました。
全部全部、如月くんと会えたから知れた事なんです」
そして柊は俺を見た後に力強い瞳で幸次郎さんの方を見た。
「私は…如月くんとこれからもずっと一緒に居たいんです。
如月くんはあなた達が思っているような軽薄な人間じゃないし、私はあなた達が思っている程弱くありません。
だからお願いです、私達を信じて下さい」
柊は深く頭を下げる。
だが幸次郎さんはふん…と鳴らした後俺を見る。
「如月陽太。お前は渚咲から全て聞いたんだったな。
全て聞いたのなら、『関係を続けていた』場合にどうなるかも当然聞いただろう?」
横にいる柊の身体がビクッと震える。
どうやら余程父親の事が怖いらしい。
「はい、聞きましたよ。 学校に俺の居場所が無くなる…でしたっけ」
「あぁ、その通りだ。
今諦めるなら元々の予定通り渚咲を女子校に転校させるだけにして、お前は地元に帰らなくたっていい。
渚咲1人に拘って全校生徒から嫌われたくはないだろう?
ただの友達の為に人生を…」
「いや別に」
「は…?」
「俺元々友達少ないですし、今更他人に嫌われようがどうでもいいです。
そんな事より、悲しんでる友達を見る方が嫌なんです」
「……」
「あなたの言う通り、俺は柊…いや、渚咲さんに釣り合うような男じゃないです。
渚咲さんは俺と違って自立してるし、頭良いし。
とても強い人間なんだと思ってました」
「如月くんまで…!私は…」
「でも、思っていたほど強い人間じゃなかった。
すぐネガティブになるし、素直じゃないし、何でも我慢しようとするし、頑固だし。
今回の件だってそうでした。全員に嘘をついて全部抱え込んで閉じこもって…
友達の助けがなかったら何も話せず離れ離れになる所でした」
柊は下を向いてしまう。
「でも、ちゃんと話し合って渚咲さんの本音を聞けました」
「…それがどうした。 全てお前のせいだろう。
お前が渚咲に関わったからこうなったんだ。お前が渚咲を変えたんだ」
「そうですね。 だから、また前みたいに戻ろうとしてる渚咲さんを放っておけないんです。
素の自分を隠して、常に人の顔色を伺って生きていく渚咲さんなんか見たくないんですよ」
俺の横で、柊が自分の拳をぎゅっと握っているのが見えた。
「…幸次郎さん、あなたはコイツがワガママな事、毒舌な事、ゲームが好きな事、ホラーが嫌いな事、虫が苦手な事を知ってますか?」
「……」
「知らないですよね。それは渚咲さんがずっと"良い子"で居ようと自分を偽って生きてきたからです」
「…何が言いたい?」
「渚咲さんは変わってなんかいない。 今のコイツが本当の柊渚咲なんです。
渚咲さんを変えたのは俺じゃない、あなたですよ」
「……」
「渚咲さんはあの家であなた達が泊まりに来るのをずっと待ってたんです。
いつ来るかも分からないのにずっと客室を綺麗にして、いつか両親に食べてもらうんだって料理を勉強して、ずっと待ってたんですよ」
幸次郎さんはチラッと柊の方を見る。
柊は、ポロポロと涙を流しながら話を聞いていた。
「…本当なの?渚咲」
茜さんが質問すると、柊は泣きながら頷いた。
「如月くん、続けてちょうだい」
「…渚咲さんはずっとあなた達と仲良くしたがってたんです。
ずっと良い子でいればまた頭を撫でてくれるかもしれないって。ずっと信じてるんですよ」
「…如月陽太。お前は何故そこまで渚咲に拘る?
恋仲でもない他人の為にする行為ではないだろう」
「…恩返しですね」
「恩返し?」
「俺、家が全焼したんですよ。びっくりでしょ?
で、その日は雨だったから渚咲さんにシャワーを貸しますって言われて家にあげてもらったんです。
しばらくはホテル暮らしでもする予定だったんですけど、費用が嵩むから合理的じゃないって言われて、その日から居候生活が始まりました」
「……」
「そんで一緒に生活していたある日、喧嘩した事があったんです。
理由は、クラスメイトに嫌な事を言われても俺が友達に相談しようとしなかった事が原因でした。
渚咲さんはそんな俺に泣きながら「友達を頼れ」って怒ってくれたんです。
その日から徐々にですけど、友達を頼れるようになって、良い方向に変われてきたのかなって思うんです」
俺は泣いている柊を見てから言う。
「渚咲さんは本当に優しい人です。
でも、そんな渚咲さんが俺のせいで全てを失って転校させられようとしてる。
そんなの、放っておけないでしょ」
「…それが、お前がここに来た理由か」
「はい。あとはどうせなら渚咲さんの家族関係も少しはよく出来たらいいなとも思ってます。
俺に出来る事なんてたかが知れてるけど、それが今の俺が出来る恩返しの形です」
「…幸次郎さん」
茜さんは俺と柊を見ると、次に幸次郎さんを見る。
だが…
「…やはり話にならんな。今更過去はどうにもならんし、お前の恩返しの事などどうでも良い」
幸次郎さんは俺を睨みながら言う。
「やはり子供の言う事は綺麗事ばかりだな。時間を無駄にした」
「…お父様」
それまでずっと泣いていた柊が立ち上がり、ゆっくり幸次郎さんに近づく。
そして…思い切り幸次郎さんをビンタした。
「柊!?」
「な、渚咲!?あなた何を…!」
俺と茜さんは目を見開くが、ビンタされた張本人の幸次郎さんはただただ柊の事を見ていた。
「…お父様の分からず屋…!頑固者!!」
「なんだと…?」
「子供子供って…他人の話を聞こうとせずに自分しか信じてないお父様の方がよっぽど子供じゃないですか!!」
「な、渚咲…?ちょっと落ち着きなさ…」
「お母様も馬鹿です!!」
「え…」
止めに入った茜さんの事まで罵倒してしまった。
「私、お母様の手料理食べた事ないんですよ!? お父様にばかり構ってないで私にも構ってくださいよ…!!」
感情が爆発してしまったのか、柊は泣きながら叫んだ。
「如月くんのご両親はとても優しい方達でした!だから尚更比べてしまうんです…!
お仕事が忙しかったのは理解してますけど、少しくらいは私の事を見てくれても良かったじゃないですか…!!」
「「……」」
幸次郎さんと茜さんは何も言えずにただ柊を見ていた。
「あなた達が何もしてくれないから私1人で頑張りました…!お料理もお掃除も洗濯も!!
そしてやっと学校でお友達が出来たんです!嫌な事を考えずに生活出来てたんです…!
なのに何なんですか…急に来て偉そうにして!
今まで何もしてくれなかったくせに、私の人生の邪魔をしないでください!!!」
柊は全てを吐き出すと、はぁ…はぁ…と息を切らしながら両親を睨んだ。
「…それが、本当のお前か?」
「はい、これが私です!本当の私は良い子なんかじゃないしむしろ悪い子です!
私はもう自分に嘘は吐きたくないです、だから認めて下さい!
私は今の学校に残るし、あなたの言いなりになる気はありません!」
「…お前は、俺達の事が嫌いか」
「私と如月くんの事を認めてくれないなら嫌いになります。
いつも素っ気ない返事をしちゃうかもしれません」
「…それは…困るな」
幸次郎さんはソファに深くもたれ掛かり、天井を見上げた。
「…まさか渚咲に反抗期が来るとはな。 複雑な気分だ」
幸次郎さんは天井を見上げながら言った。
そして幸次郎さんは姿勢をただし、俺を見る。
「如月陽太」
「は、はい」
「渚咲は俺達よりもお前を選んだ。 お前は渚咲を幸せに出来るのか?」
「へ…?」
急に話を振られ、俺は柊に助けを求める。
すると柊ははぁ…とため息を吐き、涙を拭う。
「そこは即答して欲しかったです。
お父様、私は今十分幸せです。そしてこれからも、きっとずーっと幸せです」
「…そうか。なら、好きにするといい」
幸次郎さんはそう言って立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「…渚咲、今まですまなかった。寂しい思いをさせたな」
幸次郎さんはそれだけ言い残すと部屋を出て行った。
俺と柊と茜さんだけになったリビングには、シーンとした空気が流れていた。
「渚咲に叩かれた事が相当ショックだったみたいね」
茜さんはそう言って立ち上がると、柊を優しく抱きしめた。
「わ…お母様…?」
「渚咲、今までごめんなさい。 私達、ずっとあなたに我慢させていたのね。
本当にごめんなさい…」
茜さんは涙を流しながら柊の事を強く抱きしめる。
「私達がお世話しなくても渚咲は立派に育つから、そんな渚咲に甘えて育児を人に任せてしまっていたの。
甘えたかったのは渚咲の方だったのにね…」
「お母様…」
「怖かったのよ、ずっと親らしい事をしてこなかったから、急に親らしくして拒絶されたら…って…
今更なんだって思うわよね…本当にその通りだと思うわ…本当にごめんなさい」
「…お母様。一つ聞いてもいいですか?」
「何かしら…?」
「お母様とお父様は、私の事が好きですか?」
柊のその質問には聞き覚えがあった。
これは、柊がまだ8歳の時に幸次郎さんにした質問と一緒だった。
だがその時は「忙しいから」と回答は得られず、柊はその事がショックすぎてずっと覚えていたんだ。
その質問をもう一度するというのは、相当な勇気がいる事だろう。
現に、柊の手は震えていた。
「そんなの…当たり前じゃない…私も幸次郎さんもあなたの事が大好きよ」
茜さんの返事を聞くと、柊は安心したのか茜さんの事を力強く抱きしめた。
「…ずっと、それが聞きたかったんです」
柊は、茜さんを抱きしめながら泣き続けた。
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