第8話 「アレンという男」マーロside
──アレンという男は困った存在だ。
実力があり、頑固さもあり。また、良心も持ち合わせています。困っている人がいれば仕方ないかと結論付け手を貸したり、かと思えば自分の理想とは異なった結果になった場合勝手に依頼料を返してしまう事がある。
それには何度も苦言を呈しました。
「貴方は良くても今後仕事を受ける人に対して前回の人は半額で受けたのにと口論の原因になります!やめてください!」
「あー…そこまで考えてなかった、ちょっと話してくるよ」
こちらの止める声も聞かず、依頼人に話をしに行ったかと思えばどうやら懇切丁寧に説明したらしい。
なんで半額のみ受け取ったか。元々の依頼は山賊に攫われた娘の救出。それが見つけることが遅くなり怪我をおわせてしまったそうだ。性的被害は避けられたものの彼女自身の心に傷をつけてしまったのも確か。それはアレンさんが理想とする結果ではなかった。だからその半額は彼女に使って欲しいと伝えたそうだ。
馬鹿な程正直。馬鹿なほど真っ直ぐ。
それが災いし、揉めているのも時々見かけたことがある。殴られているところも見た。それでも彼は困ったように頭をかいて「だって俺が殴っちまうと喧嘩で終わらねぇだろう」と言うのだ。
───アレンという男は厄介で。そして不完全だ。
もう少し頭が良ければ。もう少しずる賢ければ。
そうすればもっと早くS級に上がることも出来たのに、彼は彼らしくコツコツとその階段を登り続けた。時に誰かに足を引っ張られようと、仕方ないからもう一度登るかと自分を鼓舞して。
「マーロ」
あの真っ直ぐな澄んだ青い瞳を見ると自分の行いが正しいかどうかわからなくなってしまう時がある。
そんな時は決まって、私に何か差し入れをして。
「実は俺お財布に余裕があったりするんですがね、ちょいとご飯でもいかが?」
「…それはデートの誘いですか?」
「で、デート…いや、いやいや!違うよ!?下心なんてないから、ほら!なんか、最近困ってそうってか──」
「言っときますけど私いっぱい食べますよ」
キョトンとして直ぐに笑顔で「いいよ」と返してくれて。私の話を愚痴でしかないのに聞いてくれました。
────アレンという男はとても狡い男だ。
人の心に寄り添うのがとても上手く、そしてそばに居ると安心させるのが自然な頼りになる人。
そんなアレンさんがS級試験にとうとう出かけた時ハラハラしながら待っていた。だけどそれだけでは済まず少し離れた村でドラゴンの死体と痕跡が発見されたという緊急依頼が舞い込んだ。
だけど、私達の住む町クルエラにS級なんて一人もいない。唯一の希望は───S級試験に出かけたアレンさんが無事にクリア出来てS級になることだった。
「ギルマス…どうしましょうか」
べつのギルド職員が困ったようにギルマスと話しているのを他所に頭を回す。アレンさんは試験を突破できるだろうか。今回指定された討伐対象はファイヤードラゴン。難易度はSS級に近いため無事な可能性が低いとわかっていてもアレンさんは向かった。
S級でも下位の魔物が出るまでまてば安全に、確実に上がれる筈なのに。ファイヤードラゴンが出た危険性を重く見てくれて、試しに行ってみるよと笑った。
「私は…アレンさんを待って頼むのが良いかと思います」
「マーロ?アレンはS級の試験中だろう。それが終えたとしてもS級になったばかりだと危険じゃないか?しかも彼が行ったのはファイヤードラゴンの討伐だ。そもそも無事に戻ってくるかも──」
「帰ってきます」
私は胸をはり。はっきりと言い放ちます。ギルマスが困ったように眉を潜めますが、それでも私は彼を信じていました。
だって彼はとても頑固で、善人で、馬鹿正直で、真っ直ぐで…厄介で狡い人だから。
不完全でも、いや、むしろ…不完全だからこそ彼は生き残り、そして沢山の人に囲まれる。昨日喧嘩していた相手と翌日には肩を組み酒を飲んで。殴り合いした相手を別の日には背負って帰ってきて、娘の治療薬を欲する未亡人に全財産渡してしまうような…そんな殺しても死なないような人だから。
「彼は帰ってきます」
「……マーロ。君がそう言うなら、信じてみよう。だけど、待つのは明日までだ。彼が戻ってこなかったり、依頼を断るなら私が直接出向き時間を稼ぐ間に他のS級へ連絡を取るように頼むよ」
「…はい」
結果として、私の予想は当たっていた。
彼は私達の考えなんて他所にへらへらと笑い。疲れたと少し煤けた姿で。けれど無傷で。
「ファイヤードラゴンを討伐してきたよ」
討伐証明の角と、試験官のファイヤードラゴンの検分報告書を渡してきた。
私は笑顔で出迎えました。無事に帰ってきた優秀さを無傷で帰ってくる強さを、私は信じて良かったと。
……でもまさか半ば無理矢理行かせた先でSS級レベルのリヴァイアサンに出くわし、尚且つ番認定され共に帰ってくるなんて思ってませんでした。
いつも想像以上に問題を起こす彼が、この先も平穏に生きれるか、少しだけ心配するのは、余計なお世話なのでしょうか。
「マーロ、おはよう」
『クゥルル』
いえ、私は受付です。ギルドの職員です。
心配はします。けれど信頼もします。
きっと私達には想像のつかない展開でもなんとか彼は纏めてくれる気がするので、私はただ見守ろうと思います。
初めてこのクルエラの町からS級冒険者が出ました。それは即ち、新たな英雄が生まれたということ。
アレンさん。どうか出来ればこの町にいて欲しいですが、きっと貴方は旅立つのでしょう。自由に空を、陸を、水中を泳ぐリヴァイアサンの様に。
S級冒険者は死にたくない 星屑 @hitotuno-hosikuzu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。S級冒険者は死にたくないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます