04 アロスコンレチェ

04 アロスコンレチェ



アメリア国、大都市ニューガーデン。

様々な種族と思惑が行き交う街。


機械や化学が発達した現代社会においても魔法の存在は生活の一部として根付き、欠かせないものとなっている。


素質は種族によって値が変わり、種族によって魔法の得て、不得手があるもののほんの少しの素質さえあれば、鍛え、学ぶことにより魔法の使用が可能になる。魔法を使うには、【魔道士ライセンス】なる免許の取得が必要である。


しかし、多種多様な種族の中で、ごく稀に生まれつき魔力を持った者が誕生することがある。


それらに遺伝や混血は関係ないとされ、原因は未だ謎である。

生まれつき魔力を持った者は“神から愛されし者”や“祝福者”として崇められたり、“魔族の落胤らくいん”として蔑まれたりと様々あるが、最も世間で一般的に使われる呼び方は“属性持ち”という肩書きである。



*



ニューガーデンのセントラル・シティ西側に位置する街、ウエスト・シティ。

主にホテルや風俗街、飲み屋やバーが所狭しに点在しており、5つある街の中で最も治安が悪く、毎日昼夜問わず諍いが絶えない事で有名である。


その東部9番街、2階建てビルの上階に“便利屋ラウト”なる事務所があり、ウエスト・シティは便利屋派遣率が最も高い。


時刻は夜8時半。

夜のネオン街、賑わう店内に、ムーディな音楽と煌びやかな照明。

派手なドレスを着飾った女性達がシャンパンタワーではしゃいでいる。



「せーの、おめでとー!」



全員が一斉にシャンパンの蓋をあけ、中央の女性のグラスに注いでゆく。



「みんなありがと〜!

今日何度めのお祝い〜?」



ブロンドの女性は笑顔でお礼を言い、シャンパンを飲み干すと力が抜けたように椅子へもたれかける。

すらりと足の長い黒服の女性が彼女のテーブルにそっと水の入ったコップを置いた。



「キャシーさん、お水どうぞ」


「ありがとう、ヴィルちゃん!」



“便利屋”の秘書、ヴィルはにっこりと微笑む。

種族は人間ヒューマン


本日はウエスト・シティ11番街のクラブ【パリス】にて派遣されていた。



「なんだかとても楽しそうね」


「うん、楽しい!だって私、結婚するのよ!

彼とはお店で出会ったんだけど、すっごく優しくて、とっても素敵で顔もかっこよくて本当に最高!私が料理やお掃除、裁縫ができなくてもいいって言ってくれたの!」


「いい人なのね」


「そう!

……15年前、離婚してすぐママが死んじゃってからず〜っと1人だったから。いつか一緒にドアを開けて遊びに行ってくれる子が欲しかったの」


「一緒にドアを……?」


「うふふ、私幸せ〜!」



首を傾げるヴィルとは裏腹に、ふわふわとしたブロンドの髪を揺らしながらにっこりとキャシーは顔を緩ませた。


この彼女、クラブ【パリス】でNO.1人気のキャシーは、結婚を機に本日を以てこの店を退職する。壁には今日この日の為に用意された美しい花や、高級な酒が軒を連ねるようにずらりと並んでいる。


今は開店前に従業員全員で内祝い中であり、開店すると同時に彼女と懇意にしていた客や友人達がひっきりなしに祝いに来る。


店の人手が足りない為、今回従業員として便利屋に派遣依頼が来たと言うわけである。



「それにしても、ヴィルちゃん綺麗なんだからドレスを着たらよかったのに。背が高いからきっと映えるよ〜!お化粧ももっと濃くしてさ」



キャシーは膝をつくヴィルの下から上までまじまじと眺める。


今日のヴィルはやや癖のある黒髪のロングヘアーをポニーテールにまとめ、きっちりとした黒服に身を包んでいる。


すらりとした身長に長い手足。白い肌に長いまつ毛から覗く大きな目。肌に馴染んだアイシャドウと唇には血色感のある薄ピンクの口紅が乗っている。薄化粧の今でも店内を歩くだけでかなりの目を引いている事がよくわかる。



「顔もそうだけど、歩き方が綺麗なんだよね。一つ一つの所作も……便利屋の前何かやってた?ちょっとドレスにヒールで歩いてみる?私が使ってないアイシャドウいる?そんで私が辞めたら代わりに入る!?」


「えっと……ありがたい申し出だけど遠慮しておくわ……

それに今の仕事が気に入ってるの」


「えー?なんで?どうして?素敵な人と結婚できるかもよ?私みたいに!」



はしゃぐキャシーにヴィルが気圧されていると、隣のソファにキャシーの同僚、エイブリーが勢いよく座った。全員が笑顔の中彼女だけがなぜか不服そうな顔をしている。


ヴィルとキャシーが目を丸くして首を傾げると、エイブリーはぎろりと2人に目をやる。



「あんたね、幸せなのは良い事だけど最近変な奴につけられてたんでしょ?それはどうなったのさ」


「あ、そうだった!忘れてた……」


「そもそもあんたが浮かれて結婚するって突然暴露したりするから!商売柄そういう話は慎重に話を進めなきゃなんないのに!客が妬むのも当然よ!今日この店にどれだけの人が出入りすると思う?その中にいたらどうすんの!?

ちょっと便利屋さん、この子ね、店の外で1回鉢合わせしてんのよ!」


「え?」


「うっ……」



エイブリーが吊り目をさらに鋭くさせてキャシーを指差し、彼女は気まずそうに目を泳がす。



「そうだけど、でも、お客さんかどうかまではわからないよ〜!」


「キャシーさん、ちなみにそれはいつ頃から?」


「えっと、半年前に婚約が決まってそれをポロッとお店で言っちゃって、その後から帰り道とか家の周りで誰かがつけてたり、見られてるような気配がして……店の前で鉢合わせたのは……3ヶ月前だったかな?」


「……なんでつけられてる気配がした時すぐ誰かに相談しないのよ!」


「でも、ここ数ヶ月は誰も見てないし……もう私に飽きちゃったのかもしれないし?」


「……そう思わせるための罠だったらどうすんのよ!バカ!この間抜け女!」


「ごめんってば〜」


「あたしに謝っても何も解決しないわよ!」



キャシーの能天気な発言にエイブリーがとうとう怒りをあらわにし、店内に怒号が響く。ヴィルは慌てて2人をなだめた。



「2人とも落ち着いて……!ほらもうすぐ開店時間よ。

それと不審人物がいたら私にすぐ知らせて。

“便利屋ラウト”が困っている人を助けるわ」



ヴィルが胸に手を置き微笑んでそう言うと、2人は顔を見合わせて言った。



「……噂で便利屋の話は聞いたことあるけどさ、大丈夫なの?」


「揉め事はウチの黒服に頼むから大丈夫だよ!怪我したら大変だから……」



安心させるつもりが逆に心配をされてしまい、ヴィルは苦笑いを返した。



*



カウンターの奥へ一度引っ込んだヴィルが右耳につけた通信機へ語りかける。



「……笑っても構わないわよ。ネイト」


『笑わねぇよ!

ま、ドンマイヴィル』



通信機の向こう側には、便利屋のブレーンことネイトがいた。

金髪にエメラルド色の瞳と長い耳を持つ、種族はハイエルフ。


一連の流れを店内の監視カメラと、ヴィルの通信機を通して聞いていた彼は、優しくヴィルを勇気づけた。



「護衛任務なのに安心させるどころか心配されるなんて……

依頼人にちょっと申し訳ないわ」


『いやぁ、あの人は織り込み済みだとおもうけど?

一応紹介でウチに頼んできたわけだし』



今回の依頼人は、キャシーの婚約者であるデイビスから。当日店に行けない自分に代わって彼女を護衛してほしいとの依頼である。


数日前、便利屋へ一本の電話がかかって来た。



*



『キャシーが何者かにつけられていると言う話を知ったのはつい最近だよ。しかし彼女には護衛も送迎も全て断られてしまったんだ……。『最近はつけられてないから大丈夫』だと。しかし、こうなってしまったのは私の責任でもある。電話越しで大変失礼だと思うが、どうか彼女には内密に、私の為ではなく彼女の為に護衛を頼まれてくれないだろうか……?』



ネイトとたまたま居合わせたヴィルは顔を見合わせた。



*



店側に話を通してはいるがキャシーや従業員には秘密で、今回はあくまでも“従業員補填の為に派遣”された事になっている。


デイビスはニューガーデン市内や国内外でホテルを数軒経営しているそこそこの社長で、現在仕事の為海外に出張中らしい。


なお、壁に並ぶ酒や花のほとんどはデイビスからの贈り物。


ちなみに、1週間前アリサが道案内をしたご婦人からの紹介である。



『ここ数日キャシーの身の回りに変な奴がいないか調べてみたけど、ちょっと気になることができたからまた調べてみるよ。キャシーが話してた3ヶ月前に店の外で鉢合わせした奴ってのも何か引っかかるしね……店の監視カメラはアリサも見てるから何かあったら連絡してくれるから』


「店に出入りする人は私も注意して見るわ」


『うん、よろしくー……ってまだ落ち込んでんの?』



ネイトがカメラに映るヴィルを見ると、彼女は未だに気を落としたままだった。



「ま、少しね……」


『まぁ護衛もビジュアル重視なとこあるからな。デカくてゴリゴリの大男は採用されやすいけど、イデオンみたいなスマート体型は実力見なきゃわからないだろうし。

それに護衛に限らず初手で相手をビビらせる事で仕事がスムーズに進むって業種は結構あるからな』


「……私ももっと鍛えようかしら。

強く見えるように」


『ええ〜……見たいような怖いような……

でも今回は潜入込みの依頼だし。

そんなにへこむなよ』


『落ち込むな!ヴィル!』


「わっ、イデオン!」



弱気なヴィルの耳元へ、突然イデオンの元気な声が飛び出した。



「聞いてたの?」


『おう!さっき間違えてボタン押してた!』


「イデオン、声がでかい!」



イデオンの大きな声にネイトは耳を押さえた。



『悪い悪い!

ヴィル!ヴィルは大丈夫だ、自信持て!

馬鹿にするような奴がいたらわからせろ!』


『パワー理論すぎる』


「……うん!」


『ほどほどにな……こっちはこっちでやっとくから。

また何かわかったら連絡するよ』


『よろしくー!』


「ありがとうネイト、イデオンもね」


『おうよ!』



賑やかな通話を切り、ヴィルは顔を上げると背筋を伸ばした。



*



開店時刻と同時に大量のお客が店に雪崩込む。



「キャシー!」


「まぁブラウンさんこんばんは!素敵なお花〜!」


「今日でお店を辞めるなんて信じられないよ!

まだ続けられるだろ?勿体無い!」


「うふふ、そう言って貰えるなんて光栄だわ。

また後でね」


「ブラウンさん、こちらの席へどうぞ」


「やあ、キャシー!」


「あら、ガルシアさん!久しぶり〜!」



仕事モードに切り替えたキャシーは先ほど通りの明るさに加え、客への対応もしっかりしていることがよくわかる。


キャシーを含むホスト達は接客へとまわり、店の黒服従業員は慌ただしく裏方とホールの間の行ったり来たりを繰り返す。その間も怪しい人物がキャシーに近寄らないよう警戒し確認は怠らない。


しかし怪しい人物が現れることはなく、時刻は12時を回った。

お客の足が緩やかになり、従業員たちに束の間の休息の時間が与えられた。


ヴィルも疲れの色が出て、深く息を吐くと壁にもたれかかる。



「ヴィルちゃ〜ん!」



キャシーはソファに座ったままヴィルを手招きした。



「これ、美味しいワインなんだ〜さっき裏から持って来ちゃった!

一緒に飲も〜」


「いいのかしら、仕事中にいただいて」


「いーのいーの!お客さんも丁度捌けたし、ほら床じゃなくて横に座って!」


「ふふ、クラブNo.1のキャシーさんのお誘いを断る訳にはいかないわね」


「そーよ!飲もう!」



キャシーはワイングラスを2つ並べ、ワインを注いでヴィルに手渡した。



「はい、かんぱ〜い!」


「あ、美味しい……」



ヴィルが顔を上げると、キャシーはすでに一杯目を飲み干した後で、二杯目をワイングラスへ並々と注いでいる途中だった。キャシーはボトルを置くとワインを一気に飲み干し、大きな嚥下音を響かせ深く息を吐いた。



「ぶはーっやっぱ良いワインは美味しいね!

ヴィルちゃんも遠慮せず飲んで飲んで」


「驚いた。キャシーさん、とてもお酒強いのね」



キャシーが開店前から酒を飲む手を緩めていない事を、ヴィルはよく見ていたので知っている。話しながら、キャシーは三杯目を自身のグラスへ注いでいた。



「まー仕事柄ってのもあるけどお酒好きだからね〜!

意外だった?シャンパンとかちびちび飲んでそう?」


「いえ、そういうわけでは……」


「あはは、冗談だよ!」



キャシーは大きく笑い、ヴィルの背中をばしばし叩くと三杯目のワインを飲み干し、短く息を吐いた。



「ヴィルちゃん、私こんな見た目でしょう?

だから持て囃されて育って来たわけ!パパもママも兄さんからも!

勿論周りの人からもね。でも反対にいじめられる事もあった。酷い話よね」



いつも笑顔で明るいキャシーの表情とは一変して、どこか悲しげな表情になった。



「パパとママが離婚して、ママとニューガーデンに来てすぐの頃は知り合いもいなくて、住みはじめた場所は風俗街の外れの安いアパートだった。そんですぐにママは死んじゃうし……10歳の女の子がパパの居場所を知るはずもなくて、1人で生きてきたの。ものすごく大変だった。慣れないバイトをいくつも掛け持ちしてたし。なのにいじめは増える一方でさ。私の事、よく知りもしないのにどうしてみんな決めつけるのかなって思ってた。この仕事してるとそんなんばっかりだけど!」



キャシーはワインを注ぐとまた飲み干した。しかし今度の顔は晴れやかで笑顔でヴィルの方を向いた。



「でもね!デイビスは違った、ちゃんとありのままの私を受け入れてくれたの!

彼と出会ったのは……10年前。パリスの前に働いてたお店でね、その時もお店の子に意地悪されてて、ある事無い事噂を流されてたんだけど……」



*



10年前のニューガーデン、ウエスト・シティのとあるクラブにて。

VIPルームの赤い絨毯の上に、バケツ型のワインクーラーが転がり、氷が散らばっている。


キャシーはVIPルームの端っこでワインボトルを握りしめ、顔お真っ赤にしながら叫んだ。



「どうせあなただって噂を聞きつけてここへ来たんでしょ!?そんな奴ばっかり!全身整形したとか、金を払えばなんでもやるとか!どれもやってないっての!どこの社長だかマフィアだか知らないけどね!凄んでも無駄なんだから!指一本だって触れやしないわよ!絶対に!」


「そ、その噂は初めて聞いたけど……誤解だよ!」



一方のデイビスは慌てふためき、キャシーから距離を取ると床へ正座をした。



「ぼ、僕は……初めてこの店に連れてこられた時に君を見て綺麗だと思った……だから2回目の今日はそれを伝えたくて……君をこの部屋へ呼んだんだ。

……怖がらせてごめんよ。代金は払うしもう帰るから、安心して……」



帰る準備をするデイビスを見てキャシーがワインボトルを下げる。



「……本当に?

私、綺麗だった?」


「ああ、とてもね」



その後もデイビスはキャシーを指名し続け、クラブ【パリス】へ移った時も彼女の元へ足繁く通った。


そしてつい半年前、とあるレストランの個室にて。

キャシーの手元には薔薇の花束が、そしてデイビスの手には指輪の箱が握られていた。



「あのね、キャシー。

僕はドアを開けて一緒に遊びに行ってくれる子と、結婚がしたいんだ。

僕と結婚してくれるかい?」



デイビスの優しい言葉を聞き、キャシーは潤んだ瞳で彼に抱きついた。



「勿論よ!!」



*



「素敵でしょ〜!?

もうデイビスったら!デイビスったら!!」



キャシーは頬を赤く染め、舞い上がってワインボトルを振る。



(ドアを開けて一緒に遊びに行ってくれる子っていうのはそういう事ね)

「ええ、とても素敵ね」



キャシーの周囲を見ると、デイビスが用意した花やプレゼントに彼女は囲まれている。デイビス本人と会う事はなく電話での依頼であったが、キャシーを心から愛し心配をしていることがわかった。


ふと目線の先に、エイブリーともう1人ホストの女性が怪訝そうな顔で話している姿が見えた。



「キャシーさん、素敵なお話とワインをありがとう。

ちょっと失礼するわね」


「は〜い」



ヴィルは席を立ち、2人がいる方へ歩き出す。



「エイブリーさん達、どうかしましたか?」


「あっ便利屋さん!

エイブリー、便利屋さんに相談しとこうよ」


「……そうね」



エイブリーはため息を吐いて口を開いた。



「実はさっきから店の外に変な奴がいるらしいのよ。お客さんが不審がっててね。何度か黒服を向かわせたりもしたんだけど、その度にどっかに逃げちゃうみたいでさ」


「ねぇもしかして……キャシーの……?」


「しっ!キャシーに聞こえるでしょ。まだ決まった訳じゃないんだから。ここはウエスト・シティの飲み屋街。変な奴なんて数えてたらキリがないほどいるよ」



エイブリーこそ気丈に振る舞ってはいるが、2人の表情が曇ったままである。



「すぐに確認するわ。

念のため他の黒服にお店の出入口と裏口を固めてもらって。

皆さんはここにいて」


「ちょ、ちょっと!

便利屋さん!」


「便利屋の社員の誰かが来るまでお客さんも出入りさせないようにお願いします!」



ヴィルはそう言い残すと足早に出入口へ向かう。


階段を登り、外に出ると夜の街の人の喧騒がそこかしこから聞こえてくる。

相手に悟られぬようにヴィルはゆっくりと左右を確認する。


すると右耳に付けた通信機が鳴った。



『ヴィル!

前方10時の方向、青い看板の影!誰かいるよ!』


「!」



アリサの声にヴィルが視線を向けると、そこに隠れていた人影が店から反対方向へ走り出す。



「! 待ちなさい!

イデオン!アリサ!!」



ヴィルが名前を呼ぶと、2階のベランダ側のドアが開きへアリサが、店内の窓から勢いよくイデオンが飛び出した。



「イデオン!

今言った通り、フードを被ったサングラスの奴だよ!!」


「よしきた!!」



ちなみにイデオンは店の裏方を、アリサは店2階で監視カメラを見つつ事務作業を手伝っていた。



イデオンは軽くジャンプすると、壁を蹴って素早くフードの男の前方に回る。目の前に登場したイデオンに驚いたのか、フードの男は慌てて踵を返す。しかしイデオンがそれを逃す筈もなく、馬乗りになって抑え込んだ。



「ぐえ!」


「ナーイス!イデオン!」


「流石ね」


「イエーイ」



イデオンが男の上でしゃがみ込みヴィルとアリサにVサインを送ると、下の男がイデオンを見て嫌な表情を浮かべた。



「いててて……

げ!お、お前は便利屋!?」


「誰、お前?」



フードと似合わないサングラスが取れると、ダークブロンドの髪と顔が露わになったが、その顔はやけに傷だらけであった。



「イデオン、知り合いなの?」


「知らね。

てかお前傷だらけだなー」


「ん?この匂い……どこかで……?

あーー!あんたこないだの“半グレ”にいた奴でしょ!

ギャレットの店壊した奴!」



アリサが閃いて指を差す。


先週、武器屋“ガンショップ・ギャレット”にてリーダー・ピエトロを据える“半グレ”によって起きたいざこざを便利屋が綺麗に片づけた。その十数名の“半グレ”の中に男はいたのである。



「くっ……」


「あーそういやあったなー“半グレ”。

“ピエトロ”元気ィ?」


「うるせぇ!知らねえよ!

お前らのせいでミケさんや、俺みたいな下っ端は追い出されたんだよ!

ミケさんは俺たちを最後まで庇って……きっとマイルズさんと同じく今頃魚の餌にぃ……」


「ミケならイースト・シティでタクシー運転手してたけど。

てかあんた何?キャシーをつけてたのはあんたなワケ?」



めそめそと泣き始めるダークブロンドの男に、アリサが冷めた目で言い放つ。


付近の店の多くの経営陣や従業員に客までもが、外の騒ぎを聞きつけ店から顔を出し人が集まって来た。そこにはキャシーの姿もあった。



「はっそうだ、キャシー!

便利屋!早くどけ!」


「なんで?」


「キャサリンをつけてたのは俺じゃねえ!

つけてた奴が他にいるんだよ!!」



人混みをかき分け、キャシーが店から姿を現した。



「……レニー?

あなたもしかしてレニーなの!?」


「!

キャシー!店から出るな!!」


「えっ……?」



ダークブロンドの男がそう叫んだ瞬間、イデオンがいる場所の反対方向から周囲の人間を突き飛ばし、男がキャシーに向かって走り出す。男の手には刃物が握られており、近くにいた人々が騒ぎ始めた。



「くそ、おい便利屋!キャシーを助けろ!今すぐに!」


「おー!今回はそういう依頼だ」


「アホかぁ!悠長に構えやがって!

お前のあの猿並みの素早さであいつをどうにかしろよ!!」


「落ち着けって!

オレが行かなくても平気だよ」


「!?」



刃物を持った男は、ついにキャシーの5メートル手前までせまっている。

キャシーは恐れる余り体が強張っているのか、青ざめたまま目を見開いてその場から全く動く気配はない。


再度ダークブロンドの男が声を上げる。



「キャシー!!」



走る男が刃物を振りかぶった。



「“疾電しつらい”」



刹那、鋭い光と共に雷鳴が辺りに響き渡る。



「……!」



男はそのまま刃物を落とし、その場に倒れ込んだ。


全員が倒れ込んだ男から雷鳴を飛ばした主へと視線が移る。

雷鳴の主ーーヴィルは右手を銃の形にしたまま短くため息を吐いた。



「……物騒な人ね」



にわかにざわつく周囲の声の中、彼女の後方でイデオンがからからと笑い、ようやくイデオンから解放されたダークブロンドの男は顔を引きつらせた。



「ははは!さすがヴィル!」


「ぞ……“属性持ち”だったのか……

噂で聞いたことはあったが……初めて見た……」


「あいつは雷の“属性持ち”だよ。

しかもかなり強力の。あれを食いたくなけりゃ大人しくしてるのが一番」


「お、ネイト!

スライも来たのか!」



ヴィルに唖然とする男の横に、いつの間にかネイトとスライが立っていた。



「どーも社長。あれ?色々と終わっちゃった感じ?」


「にしても派手にわからせたなー」


「うっ……ハイエルフ……!」


「んだよ、俺にはネイトっつー名前があんだよ。

元“半グレ”のレニー」


「なんでそれを……」


「お前があまりにも怪しいから依頼ついでに調べたんだよ!

……ま、大方向こうも気づいてると思うけど、キャシーの血の繋がった家族な」



『だから持て囃されて育って来たわけ!パパもママも兄さんからも!』



「ああ……キャシーさんのお兄さんなのね」



ネイトがそう言いヴィルが納得していると、キャシーが「レニー!」と名前を叫び目を潤ませながら抱きついた。



「今までどこにいたの!?

こないだやっとパパの居場所を突き止めて連絡したら、レニーは10年以上前に出て行ったきり連絡はないって聞いたのよ!」


「いでっいででっ!キャシー!キャサリン!

その辺傷がまだ治ってねーし、さっき悪化したから抱きつくな!」


「嫌よ!離さない!

ママが死んでから私っ……ずっと……!」


「……」



抱きつくキャシーをレニーは振り払えず肩を落とした。


ベランダの上からアリサが頬杖をついて短く息を吐くと、レニーへ質問をした。



「レニー、あんた10年以上ず〜っとニューガーデンで半グレしてたの?」


「チッああ、そうだよ!」


「今何舌打ちしたね?聞こえてるけど??」


「母親が死んだ事を聞きつけてキャシーを探す為にこっちにきたんじゃねーの?

でもニューガーデンは広いし人の出入りも多い。探すのに時間かかったろ」


「……」



レニーは口を噤み顔を下げた。

すかさずイデオンが笑いかける。



「へー!お前いい兄貴だな!」


「ウルセー!」



キャシーは顔を上げ、怒るレニーの顔を見る。

すると横からひょいとスライが顔を出した。



「キャシーちゃん、こんばんは」


「まぁ、スライさん久しぶり!」


「お前ら知り合いなのかよ……」



笑顔で応えるキャシーにレニーはやや呆れ気味に引いた。

レニーを無視してスライは話を続ける。



「3ヶ月前に店の外でつけてた奴と鉢合わせたって言ってたよね?

それはレニーだよ」


「そうなの!?」


「うう……」


「キャシーちゃんが困ってる噂を聞いて、付け狙ってる奴を追い払ってあげてたみたいだよ〜」


「それで3ヶ月前から……

もう!そうならそうと言ってよ!

あの時結構怖かったんだからね!?」



抱きついていたキャシーはレニーの脇腹へ的確なパンチを4、5発お見舞いし、レニーは短い悲鳴を何度も上げた。


痛みに震えるレニーを置いといて、キャシーはヴィルの方へ向く。



「……ヴィルちゃん」


「キャシーさん、怪我はない?」


「うん、おかげ様で……」


「それと、お兄さんと会えて良かったわ」



ヴィルはほっとして胸を撫で下ろすと柔らかく微笑んだ。


キャシーはどこかいたたまれない表情で口を開いた。



「……あの、さっきはごめんね……。

見た目で判断しちゃダメなのに。私が一番されて嫌なことしちゃってた。

デイビスの時もそうだったのに、私ったら成長してないね」


「平気よ、気にしてないわ」


「……今のお仕事大好きなんだね」


「ええ、とても」



ヴィルは満面の笑みで微笑んだ。


キャシーがヴィルに顔を寄せ、こっそりと耳打ちをした。



「実はね婚約者カレ、お兄ちゃんにちょっとだけ似てるの。

そこが結婚しようと思った決め手」



そう言うと、キャシーはヴィルの頬に軽くキスをした。

目を丸くしたヴィルへ、キャシーはニコッと微笑む。



「みんなには内緒ね!

ありがとう!便利屋さん!ほら、兄さんもお礼!」



こっそり去ろうとしていたレニーがキャシーによって勢いよく引き寄せられる。



「う!お、おお……

その……ありがとな。キャシーの事。

あと……こないだは悪かったよ。武器屋のギャレットにも謝る……」


「全然平気よ。どういたしまして」



ヴィルの優しい微笑みの破壊力に当てられ、レニーは暫く呆然としていた。



「レニー!店の子達にも紹介するから来て!

あと皆不安がってたんだからちゃんと謝ってよね!」


「おっおう……わかったって、いてて……」



キャシーに腕を引かれると2人は店の中へ消えていった。


2人の後ろ姿を見送ると、便利屋一同がニヤニヤと笑顔を浮かべながらヴィルに躙り寄る。



「ヴィルがNo.1嬢にキスされた!」


「羨ましいな〜」


「あたしもしっかり見た!」


「皆見てたの?」



ヴィルが照れて頬を赤らめていると、ネイトが笑顔で声をかけた。



「良かったな、ヴィル」


「うん」



彼女は自信を取り戻し、仲間と共に笑い合った。



*



数日後、便利屋事務所内。

アリサがオレンジティーを飲みながら窓辺で空を見上げていた。



「今頃キャシー達はハネムーンかなぁ」


「海の見えるリゾート地に行くって言っていたわ」


「いいなーっ!あたしも旅行に行きたいっ!」


「朝から元気だな……」



ネイトは窓から叫ぶアリサを見て苦笑いをこぼした。

ちなみに、連日業務の後始末に追われているネイトは疲れ気味なのか、サングラスを外し、おでこに冷えピタを貼っている。


アリサの叫びを聞いていたスライがにこやかに同意した。



「いいじゃん旅行〜みんなで今度行こうよ」


「で?今回も遅れて来たスライは何してたワケ?」


「今回僕は動けないネイトの変わりに情報集めに走り回ってたよ〜

これが大変でね〜ほーんとネイトって人使い荒いよねぇ」


「「あらーい!」」



スライの声かけに、イデオンとアリサが同意する。



「はいはい。すみませんねー」



ネイトの乾いた謝罪の後、アリサがふと短くため息を吐く。



「……にしても会うのに15年って……さすがに時間かかりすぎじゃない?」


「いや、レニーはとっくにキャシーを見つけてはいたんだと思うよ」


「え?」


「レニーは“半グレ”。キャシーに会えば彼女に危害が加えられるとでも思ったんじゃねーかな」



パソコンを見ながらマウスを鳴らすネイトの解答に、アリサはやや納得できずに首を傾けた。



「ふーん……?それで15年?」


「早く会えば良かったのにな!」


「やっぱりイデオンもそう思う?」


「あわす顔がなかったのかも。

自分はグレて家を飛び出したとか、キャシーさんを辛い目に合わせてしまったとか、今更何を話して顔を合わせたらいいのかとか、色々考えているうちに時間だけが過ぎていったんじゃないかしら」



ヴィルの解答にアリサはようやく納得できたのか、腕を組んで頷いた。



「なるほど。

ま、そのせいでキャシーは結局大変だった訳だけどね」


「確かに。

でも、デイビスさんに出会えたのはきっと今のキャシーさんだからだと思うわ」


「それに昔のレニーはとんでもなく手がつけられないほど粗暴で、前リーダーのマイルズとミケのお陰でかなり丸くなったみたいだしな」


「へぇ、あいつ(ミケ)どうしようもなくて喧嘩も弱い男だと思ってたけど面倒見はいいんだ。

いいとこあるじゃん」


「2人の再会が早かったら、今と全然違った未来になったかもね〜」


「つまり結果オーライってことか?」


「そういう事になるかしらね」


「あたしも社長と結婚したい!」



アリサは再度外に向かって叫んだ。


するとスライが思い出したかのように呟いた。



「そういえばあのキャシーちゃんを襲った男、彼女のファンだったみたいだけど言ってることが変だったよね?」



『お、俺はずっと昔からキャシーのファンだったんだ!ただそれを伝えたかっただけで……電話で男に唆されたんだよ!キャシーに振り向いてもらうにはそれしか方法はないって!信じてくれよ!』



「刃物もオモチャだったしな!」


「どっちにしても襲うなんて最悪だよ!」


「……でもあいつは本当にキャシーのファンってだけで、デイビスの仕事仇でもなかった」


「じゃあ“電話の男”の話は本当って事なの……?」


「可能性は高い。

けど、電話の男は一体なんでキャシーに危害を加えさせるように仕向けたんだ?」



一同が頭を悩ませていると、アリサが郵便の中から一枚の封筒を抜き取って明るい声をあげた。



「ねえ!キャシーから結婚式の写真が送られてきたよ!」



アリサの一声に、社員達が数十枚の写真を囲んだ。



「どれどれ?」


「デイビスはどんな顔してるんだろうな」


「ほらキャシーすごくキレー!いい写真!」


「レニーも式に出れて良かったな!」



アリサが写真をめくり、社員の過半数が固まりかけた。



「…………そうだな」


「…………ねぇキャシーはデイビスが自分の兄に似てるって言ってたんだよね?」


「うん…………ちょっとだけ似てるって言ってたわ」



すると、スライが素直な感想と共に笑顔になった。



「あはは、全然似てないね〜」



別の写真に写るレニーは痩せているものの、顔の傷が治ればキャシーとどこか似ているような雰囲気がある。


デイビスの隣で花束を持ち、腕を組むキャシーは笑顔で、当のデイビスはというと、かなりの巨漢で髪は薄く、まるでガマガエルのような顔をしていた。しかし彼の顔は晴れやかで、仲睦まじそうである。



「心根の話なんだろ。…………多分」


「なはは!いい奴そうだなデイビスさん!」


「……そうね。いい人だわきっと」



ヴィルは写真に映る幸せそうな2人の顔を見て呟いた。



「……私にも現れるかしら。

ドアを開けて一緒に遊びに行ってくれる人」


「?

オレならいつでも遊びに行くけど?」


「ふふ、そうね」



ヴィルが微笑むと、イデオンは口を尖らせて首を傾げた。




アロスコンレチェ end

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