03 プラムジャム
03 プラムジャム
アメリア国、大都市ニューガーデン。
様々な種族と思惑が行き交う街。
セントラル・シティの西側に位置する街、ウエスト・シティ。
その東部9番街、2階建てビルの上階に“便利屋ラウト”なる事務所があった。
「お電話ありがとうございます、“便利屋ラウト”です」
こげ茶色の髪の毛を三つ編みにしたそばかす顔の女性は、今日も元気に電話を取る。
彼女はこの“便利屋ラウト”の電話番兼事務のアリサ。
少し離れたその向かいには、パソコンに向かって眉間にしわを寄せながら作業をする、金髪で耳の長い青年がいた。
アリサが電話を切り、立ち上がって上に伸びると短くため息をつき、彼の顔を指摘する。
「ネイト、眉間にしわがよってるよ」
彼はパッと顔を上げ「悪い悪い」とはにかみ、あまり機嫌が良くなさそうな彼女に質問を投げかける。
「アリサ、電話何だった?」
「道・案・内!昨日は2件、この間は4件!チラシにこんなこと書くから!」
アリサはムッとした顔でチラシを前に出して見せた。
『街の便利屋!格安料金・無料で相談可能!』
『荷物運び・道案内・スタッフ補充etc……』
『まずはお電話を!“便利屋ラウト”』
チラシの目の前の彼は“便利屋”の副社長兼人事を担う、ネイト。ハーフアップにした金髪にエメラルド色の瞳と長い耳を持つ、種族はハイエルフ。彼はその文字を見て気まずそうに目を逸らす。
「あー……確かに駅には多めにチラシを置いたけど……
お前もそのチラシには賛成してただろ」
「まさかここまで効果があるとは思ってなかったの!
イデオンもヴィルも出払ってて、おまけに安い!」
「なんにせよイデオンに道案内は不可能だ。
あいつは方向音痴なんだから」
「じゃあ今何しに行ってんの?」
「イースト・シティ5番街の花屋、ミリアムさんの手伝い。多分お使いとかを手伝ってるはず。ヴィルは7番街のカフェのオープニングスタッフとして手伝いに行ってる」
今しがた、話に出た2人も“便利屋”の社員であり、イデオンという名の青年は社長である。
「ウチの社長はいつからお婆さんのおつかいはじめたのよ……」
「そう怒るなよ、ミリアムさんの為に電球交換とか重い物どかしたりしてるから」
アリサは大きくため息を吐くと、椅子に掛かっていた上着を手に取る。
「とにかく、チラシは今週中にどうにかしてよ!道案内ばっかりしてたら仕事になんないから!それじゃあ行ってきます!」
「どこまで行くんだ?」
「2人と同じ、イースト・シティ!」
彼女は勢いよく事務所のドアを閉めた。
ネイトは彼女を見送り、タバコに火をつけるとチラシをもう一度眺めて呟いた。
「……そんなに悪くないと思ったんだけどなぁ」
*
依頼人との待ち合わせ場所はイースト・シティの駅、中央改札の前。白い大きな旅行鞄が目印だと聞いたアリサは顔を上げる。するときょろきょろと周りを見渡し、落ち着かない様子の婦人がひとり……。
アリサはしかめっ面を手で伸ばし、笑顔を作る。
「こんにちは!“便利屋ラウト”の社員です。先ほど連絡くださいましたか?」
「あら、あなたが……便利屋さん?」
アリサの半分ほどしかない小さな背丈の婦人は困ったような笑顔をアリサに向けた。婦人はまるでパンのようにふくふくとした体型で、クリーム色の服とその服にあった靴と帽子、小さなカバンを身につけている。背丈から旅行カバンはかなり重そうに見えた。
「はい!電話口で話したの、あたしです!」
彼女はポケットから名刺入れを取り出し、婦人に手渡す。
そこには『“便利屋ラウト” 総合事務 アリサ』と記されていた。
「そうだったのね、わざわざありがとう。
早速、道案内お願いできるかしら?」
「はい!喜んで!」
「イースト・シティには2年前に来たっきりで……すっかり街中も変わったのね。駅の中にあったサポートセンターも、タクシー乗り場も前の場所と違ってびっくりしちゃって。それでつい目についたチラシに連絡したのよ。あ、あったわ。このメモの場所なの」
「ニューガーデンは変化が
アリサはそう言いながら、婦人の出したメモを見た。
(5番街……そこまで遠くはないけど荷物が重そうだし、バスは混み合うからタクシーがいいかな?)
「じゃあ、まずはタクシー乗り場まで案内しますね!荷物持たせてください!」
「あら、悪いわ……とっても重いのよ」
「平気です!力持ちなので!」
アリサは大きな旅行バックをひょいと持ち上げた。
「今日は観光でいらっしゃったんですか?」
「友達に会いに来たの。旅行によく行く仲でね、今回はそのお友達の家でお料理をしようってなって」
「へぇ!楽しそう……あ、こっちを右に行くとバス乗り場で、左に行くとタクシー乗り場です」
アリサは上の看板の表記を指差して婦人に教えた。
「上に看板があるの……なるほどね。次の時のために覚えておくわ」
「ええ、それじゃあたし、タクシーを捕まえてくるので少し待っててください!」
アリサは元気よくタクシーを捕まえに走って行った。
婦人は彼女の後ろ姿を見送ると、旅行バックを隣に置き、ゆっくりとベンチへ腰掛ける。
すると次の瞬間、どこからともなくやってきた黒い帽子を被った男がバックを素早く手に取り走り去って行ってしまった。
「あら……?」
婦人は困ったように首を傾げた。
タクシー乗り場から少し離れた場所に、1台の黄色いタクシーが停車している。運転手は新聞を頭に乗せ、居眠りをしているようだ。
アリサは運転席の窓を軽くノックする。
「どーも!お昼寝中悪いけど運転お願いしていい?」
運転手はびくりと体を揺らすと、勢いよく顔を覆っていた新聞紙を取った。
男の顔には、真新しい痣や殴られたような傷が見え、頬と額には傷テープを貼っている。
「ああ?なんだよ、金持ってんのか!?」
「当たり前でしょ!乗り場まで回してもらえるかな?もう1人と荷物を乗せたいから」
「先に金よこしな!チップを払え!」
粗暴な男にアリサは嫌気がさして来たが、彼女はある違和感を覚えた。
「ん?……あんたどっかで会った?」
「あんたの事なんて知らねぇよ」
アリサは男の顔をじっと見つめ鼻をヒクヒクとさせると閃いた。
「あ!この間ギャレットの家をぶっ壊しに来た奴!
えっと……名前は……そう、ミケ!」
「ギャレットだと……!?てめぇ、こないだいた便利屋とかいう組織の一味か!」
先日、武器屋“ガンショップ・ギャレット”にて修繕を任された便利屋一行は、ウエスト・シティに拠点を置く十数名の“半グレ”と対峙し、彼らを徹底的に叩きのめした。
“半グレ”の現リーダー“ピエトロ”に頼まれ、便利屋(というより主にイデオン)にこてんぱんにされた十数名の彼らを率いていたのが、今アリサの目の前にいるタクシーの運転手、ミケである。
「あんたなんでタクシーの運転手に?それに顔傷だらけじゃん。……もしかして“ピエトロ”にやられたの?」
「関係ねぇだろ!どっかいけ!」
「まぁ……あんた弱かったしね。しょうがないか」
「うるせぇ!そうだよ!テメェらのせいだよ!おかげで半グレに俺の居場所は無くなっちまって……仕方なくタクシー運転手に……」
初めの粗暴さ、威勢の良さは何処へやら、めそめそとこうべを垂れると、涙目のままアリサを睨んだ。
「テメェらどうせ便利屋とは名ばかりのヤベー組織なんだろ!じゃなきゃウチの戦力があんなになるかよ!」
「ウチはやばい組織じゃない!ちょっとグレー寄りではあるけど……立派な会社だし!あんた達が下っ端で弱かっただけでしょ!」
「はっ!あんな人間離れした暴力野郎と、いかれたハイエルフが立派な会社の経営者だって!?笑わせんな」
アリサはピクリと耳を動かすと、すかさず拳で運転席側のサイドミラーを叩き根元から破壊した。
「ぎゃあ!なんてことしやがる!!」
運転席のミケが声を荒げ窓の外を見ると顔を青ざめさせ、アリサはグルルと喉を鳴らし顔を上げた。
「あっごめん。ちょっとむかついて」
「ちょっと……!?ちょっとで女がミラーを折るかよ……!」
「確かにめちゃくちゃやる時もあるけど、あん時はあんた達が始めたんだよ!文句があるなら“ピエトロ”に言いな!……あと仲間の悪口は超キライ。次は鼻を折るからね」
ミケは彼女の言動にすっかり怖気づいてしまった。
「あんたの悪口はサイドミラーで許してあげる!そうだ仕事あげるから!これで共存共栄!ほら車回して!」
「うぅ……ついてねぇ……俺だって好きで“ピエトロ”の下にいたわけじゃねぇのに……」
泣き言を言うミケをよそに、アリサは婦人の元へ駆け寄る。
「お婆さん、タクシー捕まえました!あれ鞄は……?」
婦人の横にさっきまであった大きな旅行カバンは忽然と消え失せていた。
「さっき男の人に持って行かれてしまったみたいで……」
「今……!?ってことは置き引き!?」
「そうみたい。どうしましょう、持ち物はほとんどあの中なのに……」
「アホなバアさんだな。ここはニューガーデン、無法者供がうろつく世界屈指の犯罪都市だぞ?カバンなんて目を離したら5秒でなくなるっつーの」
後ろから野次を飛ばすミケを睨み、狼狽える婦人の両肩をアリサはポンと優しく叩く。
「お婆さん任せて、人探しは得意なの」
アリサはそう言うと鼻をヒクヒクとさせながら、顔を上に向ける。するとみるみるうちに彼女の鼻は黒く、耳はふわふわとした長い耳へと変貌した。
「怖がらせたらごめんなさい。あたし、犬の獣人なの」
彼女の普段の見た目は
ミケは額に脂汗を滲ませながら顔を引きつらせた。
「獣人……通りであの
婦人は目をぱちくりさせて彼女を見上げる。
「あらまぁ……そうだったの」
「ババア!悠長に構えてんじゃねぇよ!獣人ってことは“獣人街”の奴らとも繋がりがあるかもしれねぇ!!」
2人はミケの言う事を無視して話を続けた。
「お財布は?」
「なんとか無事。手元の小さいカバンに入れてたわ」
アリサは婦人へにっこりと笑った。
「それじゃお婆さんは先に目的地まで行ってて!鞄は必ず取り返すから!」
アリサはタクシーへくるりと振り返る。
「聞こえたよ、馬鹿力だって?」
「ヒェッ」
「この人を目的地までよろしく。ぼったくったり余計な道を走ったらタクシー
「わ、わかったって……」
「じゃあね!頼んだよ!」
彼女はそう言うとタクシー乗り場から勢いよく飛び出した。
*
アリサは匂いを辿り、右へ左へと路地を曲がる。
すると勢いよく足を止め、廃材とボトルクレートを踏み台にし、塀を軽やかに飛び越えた。
「ひっ!?」
華麗に着地を決めると、婦人の旅行カバンを持つ黒帽子の男の前に立ちはだかった。
「こらぁ!あんた置き引き犯でしょ!」
「なんだテメェは!言いがかりをつけてきやがって!」
「塀を乗り越えても変装しても無駄だよ!
……犬の獣人の追跡から逃げられると思ってんの?」
アリサはぎろりと睨むと低く喉を鳴らした。
「獣人……!?くそっ……!!」
男は足元にあったゴミ箱を蹴り上げ、アリサがサッと右に避けると、そのすきにカバンを抱え走り抜けて行った。
「あっ!待てぇ!!」
急いでアリサは男を追いかけた。
男は店先に並ぶ食器を掴み、アリサにいくつか投げつける。
「いい加減にしろッ!」
「うわっ!なんてやつ!」
アリサは食器を一つ残らずキャッチすると、謝りながら地面に置いてゆく。
「ごめんなさい!こらー!!」
「いいえ……ありがとう……」
呆然と目を丸くする店員と客を後にし、アリサは追いかける。
その後も妨害を働くが、アリサも負けじと全てをキャッチする。
男はだんだんと息が上がり、足も限界に近づいて来ていた。
「な、なんて女だ……!しつけぇし、体力は底なしか……!?」
イースト・シティ7番街に差し掛かったあたりで、アリサが見慣れた顔が歩いているのを発見する。
「あ!イデオン!」
「ん?」
「そいつ止めてー!!」
「え?」
「正面の!黒い帽子をかぶった男!!」
アリサが必死にアピールするのを横目に男は手前で自転車を盗むと、全速力で漕ぎながらイデオンの前通り過ぎて行く。
近くにいた自転車の持ち主が「自転車泥棒!」と声を荒げた。
「あぁ!逃げた!あいつ置き引き犯なの!!」
「マジで?じゃあ成敗!」
イデオンは袋に入ったプラムを5つ掴み、振りかぶって勢いよく投球する。
「“必殺、本気投げ”!」
彼の豪球は風を切り、数十メートル先を自転車で走る男の後頭部・背中・肩・腰へクリーンヒットさせた。
「……!!」
男はそのまま自転車に跨ったまま横へと倒れ込む。
「ストライク!」
「いや、暴投……ていうかデッドボール?まぁいいやナイス!」
「あっやべー!果物全部めちゃくちゃだ!!」
喜ぶ彼らをよそに別の中年男性が路地裏から現れ、倒れた男から婦人の鞄を持ち去って行く。
「あらやだ、まただわ。便利屋さーん!また置き引きよー!」
その姿にいち早く気がついた婦人が小走りで近寄りながら、イデオンとアリサに声をかける。
「えっお婆さん!?」
「本当だ!アリサ!あのおっさんが鞄を持って走って逃げてる!」
「向こうは飲食店街……!人混みに紛れる気だね!
イデオンお婆さんをお願い!」
「おー!気をつけろよ」
アリサに手を振り見送ると、イデオンは倒れた男を壁際に寄せる。すると後ろから婦人が覗き込むようにイデオンを見た。
「さっきのあの子、あなたのお友達?」
「うん!会社の同僚。俺、社長なの!」
「あらまぁ〜」
婦人は嬉しそうに少女のように両頬を両手で包んで笑顔になった。
「おい、ババア!勝手に降りるな……って便利屋!?」
「誰?お前」
仰け反るミケに、イデオンは首を傾げた。
*
突如大きな轟音が辺りに鳴り響き、アリサが急いで向かう。
「あ!」
アリサが目にした先にはカフェ定員の制服に身を包んだヴィルの姿があった。
置き引き犯は彼女の足元に倒れ込んでいる。
「アリサ!」
「ヴィル〜〜!そいつ、依頼人の荷物を盗んだ置き引き犯!ん?置き引きの……置き引き?」
「そうだったんだ。怪しかったから足止めしといたの」
ヴィルは穏やかな顔でにっこりと笑った。
彼女の足元で、男がピクリと動き素早く立ち上がると懐に手を入れる。
「!」
「“
アリサの素早い一撃で、男は後方に飛び鞄が宙を舞う。
ヴィルが鞄をキャッチすると、男はそのまま背中から倒れ込んだ。
アリサは構えを解除し、両手を腰に当てた。
「しつこい!」
周囲はしんと静まり、アリサは我にかえり狼狽える。
すると、カフェにいた客達から拍手喝采が沸き起こった。
「すごいなぁ姉ちゃん!」
「置き引き!?ひったくり犯を捕まえたんだって!」
「すごい!」
アリサは照れたように顔を緩めると、ヴィルが彼女に鞄を渡す。
「ほら、もう一仕事よ。ヒーローさん」
鞄を受け取りアリサが振り返ると、そこにはイデオンと婦人が佇んでいた。
「お婆さん、荷物は取り返したわ!」
「まぁ、ありがとう」
すると、アリサははっとした顔で荷物を渡した手を引っ込めた。
「ごめんなさい……あの、触っちゃって……でも獣人に病気とかはないからね」
婦人は引っ込めたアリサの手を両手で包みにっこりと微笑んだ。
「そんな事思っていないわ。恩人の手をちゃんと見せてちょうだい。
私1人じゃ何もできなかったわ。ありがとう、あなたのおかげよ」
「……どういたしまして!」
アリサは満面の笑みをこぼした。
*
「で、お礼にくれたのか」
「そう!お礼にね!」
便利屋の事務所では依頼料とは別にお手製のプラムジャムとスコーン、キッシュが机に並べられていた。
婦人の行き先はどうやらイデオンの依頼先、ミリアムさんの花屋だったらしい。
スコーンを頬張るイデオンと、隣でヴィルがジャムを眺める。
「綺麗な色ね」
「うん、このジャムうまい!これは人助けプラムジャムだな!」
「イデオンがプラムをめちゃくちゃにしたから、ジャムになったんだよね」
「俺のおかげだ!スコーンにつけて食うとうまいぞ」
「はいはい、おいしいおいしい」
笑うアリサの机へネイトが例のチラシを乗せた。
「お疲れ様。チラシはとりあえず撤去してもらったよ。悪かったな」
「超〜〜〜疲れたよ!」
「ごめんごめん」
ムッとしたアリサへネイトは困ったように笑う。
「あたしは追跡に向いてても決定打はそんなに出せないからね……またこんな目にあったら超困る!」
「今日みたいなのは、なかなか稀だろうけどな……」
「ま、道案内くらいならたまにはいいよ。たまにはね!」
アリサはそっぽを向いてそう言うと、満足げにジャムの瓶を眺めた。
プラムジャム end
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