02 キアッキエーレ

02 キアッキエーレ



アメリア国、大都市ニューガーデン。


世界の主要な商業、金融、文化の中心地の1つで、超高層ビルや広大な公園都市、数多の美しい劇場が存在する。また観光地としても有名なこの都市は、常に多くの観光客が行き交う賑やかな場所。


5つの大きな街で形成された、アメリア国最大の都市である。


中央がセントラル・シティ。主にニューガーデンの主な観光名所はここに点在し、また高級住宅街、オフィス、マーケットが立ち並ぶ。


セントラル・シティの北側、ノースシティは住宅街とビジネス街が多数存在するエリア。北東部にはニューガーデンと世界を繋ぐ空港と、国内線メインの空港が存在する。


東側のイースト・シティは、セントラルに比べ若者やアーティスト寄りの文化が豊か。ヨーロッパの町並みのような風景が溢れ、またアーティストが多く居住し最近カフェなどが増えて人気が高まっている。


南側のサウス・シティは、船着場と博物館、動物園、野球・サッカー等のスタジアムが存在する。レジャー施設が充実しており休日は家族連れが多く美味しい飲食店が集中している街でもある。


そして、西側に位置する街、ウエスト・シティ。船着場やホテル、風俗街があり、ニューガーデンで最も危険と言われる街で、またアメリア国の東側一円のマフィアを束ねる一大組織“コルネイユファミリー”の拠点のある場所でもある。


――そんなウエスト・シティの東部9番街、2階建てビルの上階に“便利屋ラウト”なる事務所があった。


事務所では今日も電話の音が響く。



「ありがとうございます、便利屋です。――なんだ、ギャレットか」



事務所の一番奥の席で、金髪の長い丸眼鏡をかけた青年が手慣れたように電話をしている。



「あぁ、はいはい。金額は現場を見てから見積もるよ。それじゃ」



肩につくほどの長さの髪をハーフアップにし、エメラルド色の瞳の彼は電話を切ると顔を上げた。



「イデオン、ウエスト・シティ6番地の武器屋“ギャレット”で乱闘騒ぎだと」



彼の名はネイト。長く尖った耳を持つ、エルフの青年である。



「お、止めに来いってか?」



色素の薄い茶髪に赤いメッシュを入れた人間ヒューマンの青年、イデオンは至極嬉しそうに訪ねた。



「いいや、乱闘は終わって店の修理を頼みたいって」


「なぁんだ。よし、じゃあ準備だな!ヴィル!」



椅子に座っていた黒髪の美人、ヴィルはイデオンと顔を見合わせ立ち上がる。



「着替えたほうが良さそうね」



イデオンとヴィルは事務所を出て廊下のすぐ左手にある倉庫へと向かった。


2人が準備へと向かう中、そばかす顔の女性、アリサはやや呆れた口調で反発した。



また・・ぁ?こないだ修理したばっかりじゃん!」


「仕方ないさ、あそこは特に治安が悪いからな。修理して1ヶ月保てばいい方なんだよ」



ニューガーデンの5つの都市は基本的に1〜16の番街で区分されている。例えば『イースト・シティ7番街』というように。そこからさらに道や通り、点在する橋や公園等の名前から住所がなるのだが……長くなるので細かい部分は省略する。


彼ら“便利屋ラウト”の事務所が存在するウエスト・シティ。その西部1、2、6、10番街は最も治安が悪く乱闘騒ぎは日常茶飯事である。


今回はその6番街からの依頼であった。



「それ100回は聞いた!……いっそ壊れれば建て直すんだろうけど、変に頑丈なんだよね……ま、これも売り上げに繋がるから別にいいけどさ」



「少ないけど!」と付け加え、彼女はネイトを睨んだ。ネイトは困ったように微笑みながら彼女に謝る。



「ごめんって……アリサどうする?今日はイデオンもヴィルもいるし、事務所にいるなら電話番をお願いしたいけど」


「平気よ、私も行く!スライを叩き起こすのも一苦労でしょ」



スライ、とは便利屋従業員の1人。彼は本職が別にある為非常勤扱いである。


事務所のドアが開き、つなぎ・・・の作業着へ着替えたイデオンとヴィルが姿を表した。



「いつでもいけるぞ!」



イデオンは作業着を腰で縛りTシャツ姿に、ヴィルは長い黒髪をポニーテールにしている。



「お!準備万端だな。俺たちも着替えていこう」


「ヴィル、ポニテ可愛い〜い!」


「アリサもお揃いにする?それともお団子?」


「早く終わったら飯食いに行こうぜ!ネイトのおごり!」


「なんでだよ」



かくして便利屋一行(1人除く)は、6番街へ向かうのであった。



*



数10分後、便利屋一行が運転するバンは、6番街の人通りの少ない寂れた通路に停車した。


停車した通路の目の前には、ひどく傾いた穴あきの看板に“ガンショップ・ギャレット”の表記があるガレージがあった。


車から降りたイデオンは大きく手を振り、店のカウンターに座る店主に挨拶をした。



「おーっす!ギャレット」


「おお!イデオン!仕事は順調かい、社長さんよ」


「まーそこそこかな!今月もギリギリ!」


「いっそ清々しいな……ギャレット、外から順番にどの辺が損傷してるか教えてくれ」


「はいよ」



男は席を立ち上がる。


彼の名はギャレット。今にも壊れそうな歪んだガレージで武器屋“ガンショップ・ギャレット”を営む店主。修繕の依頼主である。


身長は高く、痩せ型。無精髭を生やし、右頬から目のあたりにかけて大きな傷があり、サングラスをかけた男。


このウエスト・シティには数多く武器屋が点在しており、便利屋が贔屓にしている店でもある。



「わぁお!華やかだねぇ!アリサちゃんとヴィルちゃんもいる!」



ポニーテールを揺らし、車から降りたヴィルがにっこりと目を細めて微笑むと、ギャレットは一層はしゃいだ。



「久しぶり、ギャレット」


「ハァイ久しぶり〜♪こないだはいなかったもんね〜会えて嬉しいよ」


「ふふ、私もよ」



彼女の笑顔に彼の顔は緩みっぱなしである。



「あんたヴィルにセクハラしたらぶん殴るからね」


「しないしない!」



アリサの睨みに対し、ギャレットは顔を青ざめさせ首を高速で振った。


バンから機材を運び出す3人をそのまま通り過ぎ、ギャレットはネイトの方へ歩いてゆく。



「また派手にやられたな」


「まーな、いつものことさ」


「こないだより酷いぞこれ。まーちょっとサービスしておいてやるよ」



手際よく修理箇所と金額のメモをとるネイトを不思議そうな顔でギャレットが見る。



「しかし……副社長・・・ねぇ……」


「あー?なんだよ」


「いや、あんたは社長の器だろうと思ってよ。イデオンは悪い奴じゃねぇけどさ」


「……」



すると2階からイデオンが楽しそうな声をあげる。



「なぁ!修理ついでに罠でもつけようぜ!スイッチ踏んだら槍が降るとか!落とし穴とか!」


「おお!いいな!物体感知で爆弾を作動させるのとかどうだ?」


「それじゃ死んじゃうわ。せめて微量の毒とかにしないと……」



ノリノリのギャレットに、改案を出すヴィル。



「全部客足が遠退きそうな仕掛けだな」


「どれもなし!普通に修理するよ!」



アリサの一声に、一行は作業を進める。



*



ある程度の修繕作業が終わると、ギャレットがコーヒーをもてなし店内のカウンターで休憩を挟む事となった。


コーヒーを一口飲んだアリサが小さくため息をついて呟く。



「それにしても……店の壊れ具合もそうだけど、周辺もいつもより荒れてる気がするね」



ギャレットの店以外はシャッターが閉められ所々荒らされたような痕跡があり、とても人がいる気配はない。



「この辺の“半グレ”共だよ。最近リーダーが変わったとかで好き勝手し放題さ」



ギャレットが苦虫を噛み潰したような顔で煙草の煙を吹く。


“半グレ”とはマフィア等に所属せずに犯罪を行う反社会的なグループのことである。マフィア程の組織性はないものの、集団的・常習的に暴力行為や詐欺行為などの犯罪行為を繰り返し、都市部を中心に勢力を拡大している。


とはいえウエスト・シティでは“コルネイユファミリー”が抑止力となっている為、そこまで目立った犯罪行為は表立っては行われていなかった。


そんな彼の発言にヴィルが首を傾げた。



「リーダーが……?確かつい半年くらい前に変わったばかりじゃない」


「マフィアみたいに上下関係が強いわけじゃないからな、リーダーの入れ替わりは頻繁だよ。変わったといえば、ここ最近新顔の“半グレ”も増えたなぁ」


「それは困るわね……イデオンは社長を続けてくれる?」


「無論!」



ヴィルに質問されたイデオンは腕を組んで当然とばかりに笑った。


ネイトは顎に手を当てて話を戻す。



「頼もしいな。……半年前に就任した、ここら一帯をまとめてた“半グレ”のリーダーは事故死したって聞いたな……名前はマイルズ。今のリーダーはピエトロっつったかな」


「事故死ぃ?超嘘くさい!もしかして、マイルズとピエトロが揉めたんじゃないの?」


「ありえなくはないな。ピエトロがニューガーデンに現れたのだってそもそも最近らしいし」


「新参がリーダーなんて……かなり異例じゃないの?余程腕がたつのかしら」


「そうそう、その通り!腕なんて大した事ない。外部から自分の仲間を率いてきたピエトロが他の権力者に金を握らせてリーダーの座に躍り出たって話だぜ。マイルズを殺したのもきっとあいつらだ」


「警察は捜査とかしないワケ?」


「“半グレ”ってのは暴対も排除条例も対象外。何をしでかしても警察もお手上げってわけさ。マイルズの件に関しても“事故死”扱いだしよ」


「そもそもこのニューガーデンで、しかも一番治安の悪いウエスト・シティで揉め事をまともに捉えてくれる警察なんていないよ」


「どうしようもないのかぁ……」


「マイルズ派だった“半グレ”集団に対しての扱いが酷いってもんじゃねぇ。気に入らないことがあればピエトロ派の仲間内で即集団リンチ。おまけに【獣人街じゅうじんがい】の奴らとも揉め事を起こすどうしようもない連中だよ。さっさとピエトロがリーダーが辞めればいいんだけどな」



ギャレットが深くため息を吐き、イデオンは難しい顔をしたままヴィルの方を見た。



「つまり、どういうことだ?」


「ピエトロは“半グレ”の現リーダー。利己主義で極悪人かもしれないってことかしらね」


「なるほどな〜リコシュギか〜」



イデオンはカウンターに寄りかかったまま、こくこくと頷いた。



「【獣人街】といえば、ホテル【エレファイン】……今は【クレイエ】だったか。経営者のマフィアのオリファントは【獣人街】が手引きしてここに進出してきたって噂だぜ。全くあそこの獣人共もロクな事しねーよ」


「『獣人共』ねぇ……」



アリサは頬杖をついたまま遠い目をする。



「あっ!いやいや!あいつらだけだよ!?全員の事じゃなくて……アリサちゃん?気ぃ悪くした?」



ギャレットは焦ったようにアリサの機嫌をとる。ネイトは何かに気がついたかのように、片眉を上げた。



「【獣人街】が……?そうだギャレット、その中に人間ヒューマンの男が関わっていなかったかどうか知らないか?」


「ああ?さぁな……なんで?」


「こいつのこと、何か知ってたりしない?」



ネイトはスマホでとある男の写真を表示した。


それは、先の依頼で便利屋と鉢合わせた“オリファント組”と親しげな金髪の眼鏡をかけた男の写真であった。


ギャレットは眉を潜め顎を撫でる仕草をする。



「ん?こいつ……?どっかで見たな……ああ思い出した!」


「おおい!ギャレット!」



ギャレットの声と共に、突如ガレージ内に大きな怒号が響いた。



「この廃材はなんだ!?歩くのに邪魔じゃねぇか!さっきから木槌の音もうるせぇし、近所迷惑だろうがよ!」



怒号の主は背後に10数名の仲間を引き連れガンショップの端に寄せていた廃材を蹴り上げた。


その姿を見るなり、ギャレットはバツが悪そうな顔を浮かべ、イデオンは目を丸くして指を差した。



「ギャレット呼んでるぞ、知り合いか?」


「なわけあるか、あれが“半グレ”共だよ!」



やたらと派手な格好で装飾をジャラジャラと鳴らす彼らの手には鉄パイプからチェーンソー、果ては銃等の武器が握られている。



「せっかく丁寧にぶっ壊してやったのに……誰の許可あって修繕してんだよ!ああ!?」


「店ごとテメェも叩きのめさないとわからねぇか?」



凄んだ声を出しながら“半グレ”達はぎろりと睨みをきかせた。


便利屋一同は彼らを見ながら余裕そうに会話を続ける。



「えー!俺頑張って直したのに!」


「困るわ、修理材料が足りないかも」


「ちょっとぉ、怖い事言ってるよ」


「やる気は十分に伝わってくるな」


「ガキ共……2度と敷居またぐんじゃねーと親切に教えてやったのに……性懲りも無く来やがって」

 


ギャレットはふかしていた煙草の火を灰皿に押し当て消した。



「ここは俺の店だ!テメェらこそ出てけ!一丁前に武器も持ち出しやがって……武器オモチャがなけりゃ喧嘩もできねぇってか?」



ギャレットは威勢良く“半グレ”集団に啖呵を切る。



「ガキは帰ってママのオッパイでも吸ってな〜!アホ!マヌケ!テメーらも片付け手伝え!」



しかし、彼はカウンターの中に沈み、イデオンを盾に影へ隠れながら罵っていたのであった。


飄々と笑うイデオン以外の便利屋一同は、彼の情けない姿に落胆した。



「カウンターの中から……」


「煽るな!馬鹿!!」


「すごくみじめ!」



「お望みの通り、このオンボロガレージと一緒に片付けてやるよ!!ピエトロさんからの命令だ!」



“半グレ”集団はリーダー格の男の一声で銃や短機関銃サブマシンガンを構えると、ガレージ内一帯に乱射した。



「!」


「わっ」


「きゃあ!」


「危ねぇ!」



イデオンはヴィルを抱え、素早くギャレットのいるカウンターの内側に滑りこみ、アリサとネイトは反対側の壁際にある大きな棚の影に飛び込んだ。


ネイトは棚の影からちらりと様子を見る。



「あいつら今ピエトロって言ったな……ギャレット、お前目ぇつけられてるぞ!?」


「調子に乗って煽るからだよ!」


「心当たりはありすぎるが……俺のせいか!?これは!」



便利屋一同とギャレットを嘲笑する笑い声と共に、銃弾の音は反響する。



「ったくあいつら〜……」


「あっイデオン!」



イデオンがカウンターを飛び出し、素早く“半グレ”に向かって走ると、彼は手前で姿を消した。



「!?」



“半グレ”集団が辺りを見渡すと、イデオンは上に高く飛び、固定前の長い看板を手に持っていた。



「勝手に壊すな!」



イデオンは看板をバットのように大きく振ると、銃を構えた“半グレ”集団を横なぐりにし、なぎ倒す。



「ぎゃああ!!」


「うわー!看板がぁぁ!!」



“半グレ”集団の悲痛な叫びと折れる看板の音と共に、ギャレットの叫び声が辺りに響く。


イデオンの手には真っ二つに折れた看板の成れの果てが握られていた。



「ワリー!後で直すよ!」


「それを!?ちくしょう……やっと直った所だったのに……」


「料金は加算するからね」


「おーい!ギャレット!こいつらどうすんの?」


「“暴徒鎮圧”も依頼になるわよ」


「抜け目ないぜ……くっそー!イデオン頼む!この店の無念を晴らしてくれ!」


「おいイデオン!意識は飛ばさない程度に!!」


「了解!」



イデオンはニヤリと笑うと、バシッと手のひらと拳を合わせた。


彼の動向をやや心配そうにカウンターからヴィルが顔を出す。



「1人で平気かしら」


「平気だろ!あいつの素早さは猿並み!ヴィルちゃん頭下げとけ!」



向き合った“半グレ”集団はギロリとイデオンを睨む。



「……なんだテメェは!ギャレットが雇った傭兵か何かか?」


「ちげーよ。俺達は“便利屋”!」


「“便利屋”ァ……?ふん、この店の解体作業で呼ばれたのか?すっこんでりゃいいのによ……おい!手伝ってやれ!」



イデオンは向かってくる“半グレ”数名をいなすが、彼らはイデオンではなく、奥のネイト・アリサ・ヴィルそしてギャレットを目指すように走り抜ける。



「やべっ何人か逃した!おーい!気をつけろよ!」

 


ネイトとアリサのいる方向に、ふかしたチェーンソーを振り回した体格の良い男が近づいてくる。



「ぎゃ!物騒な武器振り回してる!ネイト何とかして!」


「いや、無理だろ」


「はぁ〜!?冗談言わないで!死んじゃうよ!」



すると、“半グレ”の男の背後に黒い影が現れる。


ガシャアン!!


影からは容赦なく素早い蹴りが繰り出され、大きな音と土煙と共に“半グレ”の男は壁へ頭から激突してしまった。


影――もとい黒い疾風は、ポケットに手を入れたまま綺麗にその場に着地した。



「スライ!」



ダークブロンドの髪を揺らし、全身黒の服に包まれた男がニコリと笑い顔を上げる。長めの前髪の隙間から、垂れ目と綺麗な空色の瞳が覗く。



「遅れちゃった。これやってよかったやつ?壁にめり込んじゃったけど」


「うん、いいやつ」


「あんたが遅刻して来てよかったと思う日が来るなんて……ってヴィルは!?」



ドサドサッ……


ヴィルとギャレットの方へ向かっていた2人の男は黒焦げになりその場に崩れ落ちる。



「大丈夫そうだな」



カウンターの中には傷一つないヴィルが佇んでおり、確認した3人は肩を撫で下ろし微笑む。



「2人とも平気!?あぁ、スライが来てたのね」


「全然平気!!」


「丁度今来たとこ。さすがだね」


「あれ、ギャレットは?」


「ギャレットは……カウンターの中で驚いて足を滑らせた結果、頭を打って倒れているわ」


「どうしようもない奴……」



一同呆れ気味にため息をつく中、イデオンは余裕そうに服についた土をはらった。



「はー!めっちゃ汚れた!で?後はお前だけだけど、どうする?」



イデオンの足元には“半グレ”達が横たわっていた。



「降参する?武器じゃ俺には勝てないと思うぜ」


「……ッ!誰がするか!!」



男はイデオンの顔の眼前に短機関銃を突きつけ乱射する。


確実に当たる距離――しかし、イデオンはまるで余裕そうにそれを避け、手刀で短機関銃を払い落とす。


男は目を疑った。



(動きが……常人のそれとはかけ離れている)



「おりゃあっ!」



イデオンは力一杯に男をガレージの支柱へ投げ飛ばし、男はそのままがくりと意識を失った。


そして支柱はその勢いで折れ曲がり、ミシミシと建物全体が嫌な音をたてる。


全員が焦って建物の外へ逃れた瞬間、耐えかねた支柱がついに折れてガレージの2階部分がひしゃげて落ちてしまった。


ギャレットは唖然と目を見開くと、そのまま頭を抱えてしまった。



*



「まぁあれだけ銃乱射されて暴れられたらこうなるよね」



倒壊したガレージを見て、アリサもやや同情気味である。



「俺の店が……」


「ごめんなーギャレット!」


「でもほら、命があってよかったよ」



イデオンとスライに慰められながらギャレットは落胆して煙草をふかす。


全員が縛られ、意識を取り戻した“半グレ”集団にイデオンが詰め寄る。



「ピエトロはどいつだ?お前か?リーダーっぽかったし」


「お、俺はピエトロじゃねえよ!ただの幹部の使いっ走り!下っ端のミケだぁ!」


「こらこら、脅すなイデオン。お前らが下っ端なことくらいわかってるよ」



ネイトは彼らの前にしゃがみ込んで目を見る。



「さて、“半グレ”下っ端諸君には少し聞きたい事があってね。正直に答えてくれるよな?」


「ちっ……テメーに話すことなんてねぇよ!クソガキが!」


「クソガキ……」



ネイトは一瞬額に青筋を立てたが深く呼吸をして立ち上がりその場を離れた。



「おい“半グレ”共、よーく見ろ。その人・・・は、ここにいる誰よりもニューガーデンの歴史に詳しいと思うぞ」



ギャレットの発言により、ネイトを凝視した“半グレ”部下数名が怯えたような顔をした。



「ミケさん……コイツ……もしかして……」


「黄金の髪、碧の瞳、白い肌……エルフの中でも更に希少な長命族……」


「“ハイエルフ”……!?」


「魔法開発に尽力を注いだあのイカれた種の……!?」



ざわつき恐れおののく“半グレ”集団を前に、ネイトはピクッと耳を動かすも何も言わず押し黙る。するとイデオンが大きな声で笑った。



「なははは!酷い言われようだな!お前〜」


「うるせー!」



“半グレ”集団のミケと名乗った男が眉を潜める。



「……おい便利屋。親切心から言っておくけどな、今の内にそいつを切った方がいい。いつか裏切られる時が来る……エルフと手を組んでもロクな事が起きないぞ」



ネイトはその発言に反論することはなく押し黙った。



「はは、ロクな事ね!楽しそうじゃねぇか。つまらねぇ日常よりいい!」



からからと笑うと、イデオンは鋭い眼光を“半グレ”集団に向ける。



「俺は気に入った奴しか仲間にいれねぇ。この目に狂いはねーよ」



彼らはその目にぞくりと体を震わせ息を飲んだ。


ギャレットは目を丸くしてイデオンを見つめたが、すぐにいつも通りの余裕そうな笑顔のイデオンに戻っていた。



「ま、とりあえず時間は沢山あるし。僕達とゆっくり話そうか」



壁にもたれかかったスライもにっこりと笑うと、何処からか短い悲鳴があがった。



「……でも話すんならこっちの可愛いほうがいいな」



“半グレ”の数名がアリサとヴィルをちらりと見る。目があった2人は不満げに彼らを見下ろした。



「そいつらでいいのか?下手したら殺されるぞ。限度を知らないからな!」


「ヒェ~!!人殺し!!」


「ちょっと!人聞きが悪い!」


「殺さないわ。ちょっとやりすぎても半殺しくらいよ」


「はは、それもやりすぎかもね」



ネイトとギャレットは離れた場所でその光景を見ながらぽつりとギャレットが呟いた。



「――なぁ、ネイサン」


「ん?」


「あんたが副社長に収まった気持ち。何となくわかったよ。あいつイデオンの言動には――目が離せない何かがあるな」



ギャレットの足元には先程まで口に咥えていた煙草が落ちていた。


まるで怪物を見たかのような驚いた表情のギャレットの横顔を見て、ネイトは至極満足気にニッと笑った。



「だろ?スライも認めてるんだぜ」


「見てりゃなんとなくわかるよ……凄えな……」



ネイトは笑顔で仲間の元に駆け寄った。


その後の話し合いの末、ガンショップ・ギャレットの修繕を“半グレ”集団が総動員で手伝い、僅か2ヶ月足らずで建て直すのだが、それはもう少し先の話である。


そして便利屋一行はここで重要なとある情報・・・・・を仕入れ、また厄介事に巻き込まれて行く事になるのだが、今はまだ知る由もない。



キアッキエーレ end

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