第6話 決着


 曇天が海岸線を見下ろしている。


 由比ガ浜を臨む廃れた国道を、バイクの唸り声と共に駆け抜けていく。


 この地域は、件の分裂騒動による避難指示によって閉鎖された場所だが、壇ノ浦は海岸に佇む1人の少女を目指していた。

 

「おじさん、また来たんだ」


「そうだな、お別れを言いに来た。新薬の開発が進んで、この銃弾がオマエのを貫けばこの騒動も収束する」


 壇ノ浦は懐から取り出した拳銃で、自らの額を叩いた。それを見た彼女の表情に変化は見られない。死を前にして肝の据わった少女だ。


 恐らく、覚悟はとっくに決まっていたのだろう。彼女が分裂する怪物であることを自覚したその日に、自分は人間という同族の手によって処分される事実に。


「おじさんが今日まで私を生かしてくれたことに感謝、かな」


「そうかい」


 1人と1体の不可思議な関係性は、あの日、初めて壇ノ浦と彼女が対峙した時に始まった。



     *


『詳しくはまた後で説明します。ここは一時退却してください。合流先はすぐに連絡しますので』


 連絡を受けた壇ノ浦は猛スピードで車を走らせる。


「ったく、なんだよ!」


 ハンドルに拳を叩きつける。


「――荒っぽい運転だね、おじさん」


 幼い少女の声。


 バックミラーに視線を送ると、逃走するはめになった根源の存在が悠々と鎮座していた。


「ッ!」


 壇ノ浦はハンドルを切り急ブレーキをかけ、道路の真ん中を塞ぐようにして車を停車させた。


「もう! もうちょっと静かに運転出来ないの?」


 拳銃を構えて後部座席を振り向くと、座席では少女がひっくり返っていた。


「どうやって……」


「私、分裂できるから、小さくなった身体の破片をおじさんにくっつけてここで再生したってわけ」


「喋れるのか」


「残念ながらね。こんな身体になっちゃうなら自我なんて無い方がマシだったな」


「オマエは人間じゃないのか?」


「さぁ? ……って、おじさん何の説明もナシに私のこと殺そうとしてたの?」


「ああ」


 もどかしい時間だった。


 彼女は人間なのか、怪物なのか。怪物だとしたら、オレはどうして会話をしているんだ。あの役人は一体何を考えているのか。


 グルグルと短い思考が、炭酸の泡のようにして、忙しなく浮かんでは消えてく。


 そんな頭の中がうざったくて、無意味の問いを投げかけた。


「……1つだけ質問に答えてくれ。オマエはオレの敵か? それとも、この国の敵か?」


「うーん、おじさんの敵かな」


 少女は女子高生という年相応の笑顔を作って、首を傾けた。


「…………それじゃあ、降りろ」


「私のこと、殺さないの?」


「……オレは仕事の価値だけ金を受け取って、仕事としてオマエを殺す。だが、それは今じゃない。必ず殺しに行くから首を洗って待ってろよ」


「ふーん、おじさん殺し屋さん?」


「黙れ、さっさと降りろ」


「はいはい、わかったよ。降りますよ」


 少女は渋々と言った様子で扉を開けた。


「おじさん、ここで私を逃がしたら、何するか分からないよ?」


「勝手にしやがれ。絶対に殺してやるからな」


 少女は車道を横切って、近くにあったバス停の待合椅子に座る。壇ノ浦はそれを見てエンジンを吹かせた。


「おじさーん! 待ってるよー! 殺しに来てねー!」


 締め切った車の中でも聞こえる大きな声が、車のテールランプを追うように、壇ノ浦の耳奥で響き渡っていた。




     *


「で、おじさん」


 少女はその場に座り込んだ。裸足の足先を波打ち際に触れるか否かの瀬戸際に置き、波が来ては脚を上げて引いては下ろしてと遊んでいた。


「私のこと殺せる?」


「オマエのことは――分裂体だがな、見飽きるほど殺してきた」


「じゃあ特に思い入れはないね」


「それはオレが決めることだ」


 リボルバー式の拳銃に弾丸を1つだけ装填する。


「いや、神様に決めて貰おうか」


 シリンダーを回転させて気まぐれにフレームへセットする。


「最後に言い残すことはあるか?」


「私って、人間かな?」


「……………さあな」


「いじわる」


 壇ノ浦は躊躇なく指先を引いた。





<終>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺した女子高生が分裂した 四志・零御・フォーファウンド @lalvandad123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ