第7話
工業地帯には広大な敷地の工場が隣接している。工場内が広すぎるため自社の敷地内でも移動は自転車やバイクを利用している。
メーカーの巨大工場だけでなく部品メーカーの中小の工場も無数にある。一体どうやってこの中から覇火のドラッグ工場を見つけるのか。
「この辺りと言っていたが、手がかりはあるのか」
「そうだなぁ、トラックに毒とでも書いてあればすぐわかるんだがな」
竜二はとぼけたことを言いながら頭をかく。詳しい場所までは知らないようだ。
倉庫から積荷を搭載したトラックが猛然とコンクリートの道路を港へ向かって走っていく。
「お前はここで待て」
竜二は何が思いついたらしく、町工場のようなバラックの建つ敷地に入っていく。しばらくしてエンジン音が近づいてきた。
「乗れよ」
竜二はスクーターを調達してきたようだ。埃まみれでしばらく使われた様子はない。工場の人夫に小遣いをやったら喜んで貸してくれただろう。曹瑛は荷造り紐がぐるぐる巻きにされたままのアルミの荷台に跨る。
「あん時みたいだな、バイクはショボいけどな」
「えっ」
曹瑛は思わず声を上げた。
四年前、ハルビン郊外の安ホテルで竜二に助けられた。彼はそのことを覚えていたのだ。曹瑛にとっては忘れられない出来事だったが、竜二にとってはただ仕事現場で面倒に遭遇した、それだけだろうと思っていた。
竜二は曹瑛の反応を気まずく思ったのか、スクーターのアクセルをふかし走り出した。
馬力がない上に二人乗りでスクーターはよたよた走る。その横を大型トラックが容赦なく走り抜けてゆく。風圧で転びそうになりながら竜二はハンドルを切って何とかバランスを保つ。
大型クレーンの立つ港に到着した。厳しい顔の警備員が立っているが、家族に会いにきた、と竜二は適当なことを言って封を切っていないタバコの箱を持たせた。警備員は首を振り、行けと促す。
竜二は倉庫の近くにスクーターを停めた。
「ちょっと休憩しようや」
まだ何もしていない、と怪訝な顔をする曹瑛を尻目に固定式クレーンの台座に座ってタバコに火をつける。海を眺めながら一服し始めた。
大型タンカーの行き交う湾内は油脂が浮いて太陽の光を反射してギラギラと輝いている。
「タバコって美味いのか」
曹瑛は竜二の隣に腰掛ける。竜二の吐き出した煙は煤けた空に立ち昇って消えてゆく。
「美味かねぇな、まあ、手癖みたいなもんだ。タバコを吸ったら血管が収縮する、それで頭がシャキッとするんだよ」
竜二が箱の底をトントンと叩いてタバコを一本出して曹瑛に差し出す。
「おっと、お前はまだ未成年だったな」
そう言って笑いながら手を引っ込めた。
「若いうちから吸ってると背が伸びねえっていうからな」
曹瑛は子供扱いされた気分で唇を突き出す。
「ははは、お前もそんな表情できるだな」
竜二はおかしそうに笑う。
竜二は目の前を通り過ぎるトラックを頬杖をつきながら眺めている。足元にはタバコの吸い殻が五本散らかっている。
休憩と言いながら何かを観察しているのだろう、しかし大きさや色は違えどトラックに特別なものを見つけることはできない。ただのんびりと紫煙をくゆらせる竜二に曹瑛は苛立ちを覚える。
「いつまでこうしている、日が暮れる」
まさに滲んだ赤い夕日が積み上げられたコンテナの向こうに沈もうとしている。
「ああ、今日は成果なしだ…いや待てあのトラックを見ろ」
竜二は顎の動きでモスグリーンの幌付きトラックを示す。曹瑛はトラックを注視するが、これまでに通り過ぎた車体とどう違うのかわからない。
「いいか、よく見ろ。タイヤのところだ。車体の沈み方が浅い」
先を行く別の会社のトラックを見れば車体がタイヤの半分近くまで沈み込んでいる。
「荷台に軽いものを載せているということか」
曹瑛は興奮気味に振り向く。竜二は無精髭の生えた口元を歪めてにんまり笑う。
「ナンバーと会社名を覚えた」
「お前は頭の回転が速い」
竜二は曹瑛の頭をくしゃくしゃと撫でる。
スクーターに乗り、荷下ろしを終えて倉庫から出てきたトラックの後を追う。トラックの荷台に書かれていた企業名は北星有限公司だ。
黒い荷台のトラックは工場の立ち並ぶ産業道路を走り抜け、高速道路へ続く高架を登って行った。
「畜生、あれはただの運送屋か」
竜二は忌々しげに舌打ちをする。あのトラックが覇火の麻薬工場に出入りしてるのかも怪しい。
高速道路から降りてきた大型トラックが二人を嘲笑うように砂埃を立てて走り抜けていく。
「竜二さん、あれを追いかけよう」
曹瑛が興奮気味に竜二の肩を掴む。
「わかった」
竜二は理由も聞かず、すぐにスクーターのアクセルを吹かした。
トラックは有名企業の大工場を通り過ぎ、下請け工場の立ち並ぶエリアへ向かっている。荒々しくハンドルを切り、そのうちのひとつの敷地内の倉庫前で車を停めた。
トラックの周辺に男から集まってきて荷下ろしを始める。黒ずくめの男が一人、荷下ろしの様子に目を光らせている。
間違いない、生産地から運び込んだドラッグの原料だ。木箱の中身は乾燥させた違法植物に違いない。
「曹瑛、何故あのトラックだと分かった」
「タイヤだ」
曹瑛はニッと笑ってみせる。
「タイヤに赤土がついていた。あれはこの辺の土じゃない」
それに、思い出す。幼少の頃、誘拐されて連行された山岳地帯にいたトラックの雰囲気に似ている。
「お前の方が一枚上手というわけか」
竜二は肩をすくめた。褒めてやったのに、可愛げのない奴だ、言いかけてやめた。
曹瑛はまっすぐにトラックを睨みつけている。その眼差しに暗澹たるものを見て、竜二は知らず息を呑んだ。
無垢なる獣は孤独な闇に憂う 神崎あきら @akatuki_kz
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