完璧なる人間鑑定士

ちびまるフォイ

ただしい分析

人間鑑定士になるには合格率の低い試験を突破する必要がある。

あまたのライバルを蹴落とし俺は人間鑑定になれた。


誇らしい気持ちはすっかり薄れた勤続10年目。


いまではすっかり人間鑑定にも慣れていた。

オフィスを開けると、バディがすでにコーヒーを飲んで待っていた。


「おはようございます」


「おはよーー。今日もがんばろうぜ」


「今日の鑑定数は?」


「100人」


「げっ」


「今日も残業コースだな。休みとるから詰め込みすぎたかも」


「先輩、明日からですっけ。休み」


「ああそう。バカンス行ってくる。お前、ひとりでも大丈夫か?」


「何年目だと思ってるんですか。ぶっちゃけ先輩より人間鑑定してますよ」


「いうねぇ」

「仕事はじめましょう」


今日もふたり一組の人間鑑定がはじまった。



スクリーンに1人目の人間が映し出される。

手元にはその人間の経歴や行動歴などがこと細かに載っている。


「うーーん、どう思う?」


「陰キャ属性で、おとなしめ、縁の下の力持ちってところじゃないですか」


「ああ、やっぱり? 俺もそうだと思った」


「先輩。俺に意見あわせてるだけでしょ」


この調子でふたりで意見をかわしながら、一人の人間の"属性"を決めてゆく。

これが人間鑑定士の仕事。


100人目が終わる頃にはくたくたになっていた。


「はぁ……疲れた……」


「おつかれさん。明日からまかせたぞ」


「今日これだけさばいたら、明日は暇ですよ。先輩はバカンス楽しんできてください」


「俺がいないからってらくするんじゃないぞ」


「先輩がいないときくらい楽させてください」


いつも通りの日常を経て、今日が終わった。



翌日。


昨日の追い込みもあって暇な時間が流れていた。


「今日も人間鑑定も終わったし、残り時間ひまだなぁ……」


そんな独り言を聞きつけてか内線電話がかかってきた。


『〇〇さんですか? ちょっと人間鑑定受付まで来てもらっても?』


「え? なんで?」


『あなたを呼び出せって聞かないんですよ!』


電話口のむこうから切羽詰まった空気感がわかる。

人間鑑定士は本来おもてに出ない裏方の仕事。

そんな自分が呼び出されるケースなんてはじめてだった。


「どうしたんですか?」


受付に到着すると、怒りで顔がまっかになったおばさんが待ち構えていた。


「あなたね!! うちのたかしちゃんを鑑定したのは!?」


「え、ええ。そうですよ。どうかしたんですか?」


「うちのたかしが陰キャ属性なんて、どういう鑑定してるのよ!!

 陰キャというだけで名門大学の合格率が下がるのよ!!」


「落ち着いてくださいよ奥さん」


「あんたがおかしな鑑定したせいよ!! 全部あんたのせいよ!!!」


「はぁ……」


この頭の悪そうなおばさんに、人間鑑定士の鑑定項目やその判断基準をいちから説明して、いかに自分がフォーマットにのっとった正しく的確な判断をしたのかを懇切丁寧に伝えても意味は無いだろう。


どうせ俺の下した判断がまちがってるとか正しいとかそういうわけではなく、

このおばさんは"自分の思い通りの結果にならなかった"からキレているんだろう。


いくつもの人間を鑑定してきたから、この手の人間が何を求めて、どういった行動をするかなんてすぐわかる。


「奥さん、たしかに私の下した鑑定は意に沿わないものかもしれません。

 だからといって、息子さんの未来が消えたわけではないんですよ。

 本来の性格にあった場所で活躍も……」


「そんなのないわよ!!!」


「いえ、だから、どんな環境でもがんばればきっと結果が……」


「息子は死んだのよ!! 目指していた学校に合格できなかったから!!」


「……えっ」


「あんたが陰キャ属性なんて決めつけなければ!! 息子は自殺せずにすんだのに!! 志望校にも合格できたのに!!」



その後は頭がまっしろになってよく覚えていなかった。

おばさんが帰ってからも頭には、自分が鑑定した少年の顔が浮かんできた。


「俺は……俺はまちがった鑑定はしてない……よな……」


その日はよく眠れなかった。




翌日、今日も人間鑑定の依頼はやってくる。

先輩はまだいない。


「鑑定……しなくちゃ」


スクリーンに鑑定される人間の情報が映し出された。

手元の資料をみながらいつものように、この人の人となりを鑑定していく。



はずだった。



なぜか鑑定の手が動かない。


「この人は友達が少ないが、本当に陰キャと言えるのか……?

 友達が少ないのはたまたま話題の合う人間が学校にいなかっただけで、

 本当は活発で明るい子なんじゃないか? いやしかし……」


いつもなら手元の情報と自分の鑑定経験からズバっと鑑定するのに、今日はまったく進まない。


「人ひとりの人生を鑑定するんだ……ちゃんと鑑定しないと……!」


過去のデータをさらに分析し、人間鑑定辞書を引っ張り出し、AIの分析サポートを受けてもなお、ひとひとり鑑定できやしない。


データを見てもデータにないところで本来の属性を出しているかもしれない。

学校でおとなしくても家では活発な人かもしれない。


そうかもしれない。

そうでないかもしれない。


この側面があるかもしれない。

ないかもしれない。


かもしれない。


そうでないかもしれない。


そうでないかもしれないかもしれない。



「あ、ああ……わからない……何を基準に鑑定すればいいんだ!?

 どうすれば正しく人間を鑑定できるんだ!!」



俺はあらゆる文献を引っ張り出しては"正解"を探し続けた。




 ・

 ・

 ・



数日後、先輩がバカンスから戻ってくると、オフィスには別のバディが掃除をしていた。


「あ、どうもッス。今日からお世話になるッス」


「え……? あれ……〇〇くんは?」


「前任の人ッスか? 詳しくは聞いてないッスけど、頭おかしくなって急に辞めちゃったらしいッスよ」


「そうなんだ……」


「これからは俺がバディになるッスから、よろしく頼むッス」


「ああ、うん……よろしく。ところでさっきから何やってるの?」


「見てわからないッスか? 机の掃除ッスよ。

 前任の人が鑑定資料のこしたまま辞めちゃったから片付けも大変で」


「あ、でもせっかくの資料だろ? その机にあるものは人間鑑定を助けてくれるデータや辞書で……あーあーあー……もったいない……」


新しい後輩は顔色ひとつ変えずに答えた。



「どんなに資料を見ても完璧な鑑定なんてできないなら、

 時間かけて鑑定するだけムダじゃないッスか。楽していきましょうよ」



そう言うと後輩はすべての資料を捨てさった。

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