第6話 もう遅い
秀は控えめに言っても聖人である。なぜなら極稀に募金を行うからだ。秀自身は募金活動など糞食らえと考えているが、ブレザーを着た学生が藁にもすがるような表情で「募金お願いします……」と頼みに来たのならば、顔には出さないが嫌々募金を行うのだ。
今もまさにその状況である。久しぶりに都心部に出ようと最寄駅まで向かったところを、眼鏡をかけた太めの女子学生が若干涙目になりながら秀に「募金お願いします」と声を掛けてきたのだ。なんとなく演技臭いものを感じた秀は、いつもなら財布から1000円札を取り出すところを、500円玉を取り出した。そしてそれを募金箱に入れようとしたまさにその時、秀は気付いてしまった。
(まあまあ入っとるやんけ……)
これまで秀が募金してきた時と比べて、この太め女子の持つ募金箱にはまあまあな量の金が入っていたのだ。つまりこの太め女子は演技していたのである。
騙されたと気付いた時にはもう遅い。涙目だった筈の太め女子の目元は、この程度の演技に騙された此方を侮るかのように歪んでいるではないか!
こんなことをしでかして、到底許せるものではない。恥を知れ、恥を。俺は聖人だぞ、分かってんのか?
秀は行き場のない怒りを抱いた。
このまま500円募金するか否か。一瞬でその答えは決まった。もちろん否一択。
しかしただ「やっぱり募金やめます」というのも聖人としてのプライドが許さない。決して俺個人のプライドとかそんなんじゃない。
なので一旦入れるふりをするという選択肢を取る。
1.手元の500円玉が相手にも見えるよう指先で摘まむ。
2.募金箱に入れた瞬間に500円玉を財布の中に転移させる。
3.募金箱の中にある1番上の硬貨を指先に転移させて、落とす。
以上。
5年経って精密転移の成功度が下がっているかと若干不安がっていた秀だが、全くそんなことはなかった。寧ろより精密な転移が出来たのではないだろうかと秀は心の内で自画自賛した。
「ありがとうございました〜♪」とにこやかな様子で去っていった太め女子の悪態も、騙し切った故にと思うと少しだけ可愛らしく感じる秀であった。……なお電車に乗っている時に「やっぱクソだわ」と意見を変える秀であった。
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今回出てきた必殺技
【公開硬貨交換】…募金する意味ないと思ってる時に使うのが有効な必殺技。一瞬でも硬貨が見えなくなる隙を作るとより発動が容易になる。秀は一人遊びでそこそこ手先が器用になっている状態なので、上手く決まる確率が高い。
『天職:ヒール』 今日から俺が勇者 @YuusyaOre
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