第15話

恒星暦189年7月18日 共同墓地


「ここに来るのもいつぶりかしらね」

墓石の立ち並ぶ、夕暮れの共同墓地の一角にエリーとアーニャは立っていた。

「何年も来られなかったけど、忘れてた訳じゃないのよ」

エリーが花束を置く。

入港し、報告書類を提出するとさっさと休暇を貰う予定だったのだが、「遺体を回収した」ために軽い聞き取り調査と防疫検査、軍への引渡し手続きが重なり、結局1週間近くずれ込んだのだった。

そして朝から出発し、移動手段を駆使して辿り着いた頃には夕方になっていた。

「あ、あたしは、多分ここに何度か来たことあるんですが、改めまして、貴女の姪のアーニャです!よろしくお願いします!」

アーニャが墓石によく分からない挨拶をする。

「まずは、お帰り。随分な長旅だったわね、アニー」

数年見なかったが、墓石はよく手入れが行き届いており、つい最近も誰かが訪ねた跡があった。

「色々あったし、途中で辞めようと常々思ってたけど、なんだかんだ文句言いながら、結局定年するまで軍に食べさせて貰い続けてたわ」

はあ、とため息とも呼吸ともつかない息をエリーが吐くと、ああそうだと思い出したようにビール瓶を取り出す。

「まだ一本も奢ってもらってないから、そろそろ高いワインでもよろしくね」

ごん、と音を立ててビール瓶を置く。

「後の言いたいことはもうあらかた船で言った通りね」

何かあるかなとアーニャに発言を促すが、当のアーニャはエリーに疑問をぶつける。

「え?エリーさん、船でなんか喋ったんですか?」

「秘密よ」

「えー、なんですかそれ」

「ないなら、そろそろ行くわよ」

「はーい」

「じゃ、アニー、気長に楽しみにしてて」

背中を向け、歩き始める。


「じゃあ、待ってるからね、エリー」

ごう、と風が吹いたように感じた。

驚いてエリーが振り返るが、そこにあったのは共同墓地の一角、立ち並ぶ墓石の群れ。ついさっきまで向かい合っていた墓石もその中にある。しかし人の気配はまるでない。

「エリーさん?」

「まったく」

いつも唐突なのよ、あんたは。後に続いたエリーの言葉は風に飲まれて消えていった。


共同墓地を出たところで、アーニャが口を開く。

「今、母の実家に私の母も居るみたいなんで、寄って行ってくださいよ」

ああ、とエリーが納得する。

「エリーが帰ってきたものね」

半分答えが分かったような状態だが、エリーは疑問を口にする。

「貴女のお母さん、私のこと許してくれるかしらね」

「もうきっと大丈夫ですよ。「会ってほしい人がいる」って伝えてあるんで是非会って下さい」

「・・・・・・その言い方は誤解を与えてない?」

「・・・・・・あっ!」

そんなやりとりを挟みながら、共同墓地からほど近いアニーの実家、ウィルバー家まで、30分とかからない道のりを歩く。


話がどこでどういう風についたのか分からないが、ウィルバー家に行くと、既にエリーの両親が中にいた。

「アニーちゃん、帰って来れたんだって?」

既に泣いて喜んだ跡が伺えたが、そこには触れずにエリーは答える。

「正直、今回の事例は奇跡に近いわ」

アニーの両親と数年ぶりに顔を合わせ、アニーの妹・・・・・・今はアーニャの母という方が適切なのだろうか、からはいろんな記憶が蘇ってきたのか、30年越しの謝罪をエリーは貰ったが、今となっては半ばどうでもよかった。

ようやく全てが精算できた。そんな気がした。

「夕飯にしましょうか」

アニーの母の声で、各々席に着く。


「アニー姉さん、エリー姉さんのこと大好きでしたよね」

夕食の席上、アニーの弟がワイングラスを片手に思い出話を始める。

アニーの弟は、10年ほど前に企業勤めを辞め、近所で日用品から雑貨まで取り扱う個人商店を開いた。大繁盛とまでは行かないにしても、ここ数年で軌道に乗ったようで、常に一定の需要があり続けるために安定した収入を稼ぎ続けられているらしく、生活水準は退職前とそれ程変化はないか、少し上くらいとは本人の弁。

今回持ってきたワインも仕入れの過程で入手したカベルネだと説明していた。

「何というか、エリー姉さん抜きでアニー姉さんが生きていけるイメージが無かったですもん」

一方のエリーは、官舎生活の日々を思い出す。

「・・・・・・まあ、それは知ってる」

半ば介護のような状態だったのは否めないな、という感想は伏せることにした。

「でも「結婚には応じてくれなさそう」って度々ぼやいてましたよ」

「・・・・・・ん?」

脈絡のない単語にエリーは違和感を覚える。

「結婚って、相手いたの?」

しかし、この発言でアーニャを含めた全員の食事の手が止まり、おかしいのはエリーだと空気が伝える。

「何言ってるんですかエリー姉さん。んですよ」

「えー、と?」

エリーがはるか昔の記憶を手繰り寄せると、確かに「結婚しよう」と言われた記憶があったが、そこに日頃のやり取り以上の意味合いは文脈からも見出せなかった記憶も同時にある。

「え、と、もしかしてエリー姉さん、気付いてなかったんですか?」

「エリーさん、もしかして本気で言ってます・・・・・・?」

エリーの主観だらけの思い出話しか知らないはずのアーニャにまで懐疑の目を向けられる。

「あんた、「結婚は来世でします」って言ってたじゃない」

母親の言葉にエリーは少々回答に窮する。

その言葉は、現役の頃に業務が信じられないくらい忙しかったために言った、方便のようなものだった。

事実、エリーには遺伝的クローンの子供がいるが、配偶者はいない。

その結果、どういう訳か方便がアニーに操を立てた言葉だと受け取られていたらしい。

あらゆる誤解が糸のように絡まり、偶然にも長年一つの正解を出し続けていたように見えていただけということに、この場にいた全員が数十年越しに気付く。


沈黙。


誰も何を話題にすればいいか分からない状況に陥る。

逡巡の末、エリーはワイン瓶を手に取ると、グラスに並々注ぎ、一息に飲み干す。

ふうう、と一息ついてエリーは叫ぶ。

「アニィィィィィ!」

全て精算するも何も、一番大きい部分が精算できていない。

「こら、エリー、近所迷惑だからやめなさい」

エリーの父親がたしなめるが、最早聞こえないかの如くエリーは2杯目のワインに手を付け始めている。

「あー、でもなんかエリー姉さんってずっとアニー姉さんに振り回されてる感じだったわ」

「え、そうなの?」

エリーのヤケ酒の裏でアーニャ親子が、片や姉の想い人、片や上司の見たことのない状態を尻目に情報交換を始める。

「はるか昔のことだけど、アニー姉さんがまだ高校生の頃にやった校庭ダービー事件というのがあって・・・・・・」

「こらぁ!あることないこと私の部下に吹き込むな!」

「いやいや、アレはエリー姉さんは不可抗力でしたよ」

そうした一悶着があったものの、ワインが空になったことでエリーの暴走は止まり、和気藹々とした雰囲気のうちに夕食会は幕を閉じた。


ウィルバー家を出ると、エリーたち一向は程なくして帰り着く。ウィルバー家とエリーの実家、シャンプレーン家まではさほど、それこそ目と鼻の距離くらいにしか離れていない。

身辺整理と入浴を終え、何年振りかになる実家のベッドに身体を沈めると、エリーは壁に掛けられた、何十年も前に撮られてそのまま飾りっぱなしになっていた写真を見遣った。

まだ子供だった時分の、いつ撮ったものかはもう覚えていない、だが、何が嬉しいのか分からない笑顔のアニーと、そしてよく分かっていない表情のエリーが写真の中にいた。

起き上がって写真に近付く。

はあ、とエリーはため息をつき、アニーが絡むと昔からため息が止まらなくなるのは何故だろうという、答えの出そうで出ない疑問に頭を巡らせる。

「結婚の回答はちょっと保留するけど」

夕食の席上での諸々を思い出しながら、エリーは何を話そうか考え、そしてそれ以上考えるのをやめた。

「ホント、あんたには振り回されっぱなしだわ」

言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな表情を浮かべると明かりを消し、エリーは再びベッドに沈み込んだ。

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レーダー・コンタクト 野方幸作 @jo3sna

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