エピローグ
ピスガの塔。二千年前にヨシュアが建造したとされる場所。
世界の全てを見渡せるほどの高さを誇る、この塔の頂上からヨシュアは永遠の都の場所を探し当てたという。
イアンとスージーは、手を取り合ってピスガの塔の頂上を訪れた。
塔の階段を上る一歩一歩の道のりは、かつてヨシュアとヘレムが歩んだ旅路の再現か。本来の形を取り戻した魂は、イアンとスージーに二千年前の自分たちの気持ちを伝えていた。
ヨシュアは自らの使命に目覚める前、一人の少女と出逢った。それが後に弟子であり恋人となるヘレムだった。
ヨシュアはヘレムを愛し、彼女ために永遠の都を求めた。ヘレムもヨシュアを愛し、彼の長い旅を支えた。
旅の果てにシャト人の王国へと辿り着いた時、ヘレムの心に迷いが生じた。
『このまま永遠の都に辿り着けば、人々はヨシュアを王として迎え入れることとなる。ヨシュアが私だけの師、私だけの人ではなくなってしまう』
ヨシュアが自分から離れていくことを恐れたヘレムは、シャト人にそそのかされるままヨシュアが偽の救世主だと人々に広めた。そうすることで支持を失ったヨシュアを自分の下に留めるために。永遠に二人だけで生きていくために。
しかしヘレムの想いはヨシュアには届かなかった。恋人でもあるヘレムからの仕打ちにヨシュアは彼女への愛を失い、自らの魂を天へと昇らせた。そしてヘレムは自らの行いを悔い、ヨシュアの下へ旅立つために命を絶った。
二人の魂は肉体によって分けられてはいたが、元は同じもの。一つの魂を共有していた存在だ。それが互いの愛を失ったことで一つの魂は二つに分かれてしまった。
形の変わった魂はヨシュアが持っていた力にも変化をもたらした。レトリビューションを打ち消して永遠の都をもたらすヒール・ザ・ワールドは、ペインキラーという歪んだ能力に変わってしまった。
あるいは、それこそがヨシュアに与えられた罰だったのかもしれない。愛する人の痛み、自分を愛するがゆえの苦しみに気が付かなかったヨシュアへの。
ヨシュアとヘレムの時代から二千年の時を経て、イアンとスージーは巡り逢った。同じ痛みを分け合って、同じ人生を歩むことを誓って。その決意が、再び二人の魂を一つに戻す。神との約束を果たす奇跡を実現するために。
二千年ぶりにヨシュアの魂が到達した、このピスガの塔の頂上がその奇跡を発現させる場だ。
二人の側には、かけがえのない仲間たちの姿もある。これから二人が起こす奇跡の証人となるために。
仲間たちに見守られながら、イアンとスージーは塔の中央に立って向かい合う。そして互いの手を重ね合わせる。天井の無い頭上からは、何年かぶりに見た太陽が惜しみない光を二人へ注いでいた。
「さぁ、スージー」
イアンは愛しい人の瞳を見つめ、その名前を呼ぶ。自身の想いが彼女の魂に届くように。
「うんっ、イアンくん」
スージーもまた、大切な人を見上げて笑う。彼の魂が永遠に自分と共にあることを願いながら。
「――ヒール・ザ・ワールド」
愛し合う二人の魂から発動した光は、ピスガの塔から世界中へと広がっていく。もう誰も救うことの出来ない無力なものではない。真に世界を救うリディーマーの力だ。
愛する人と共に作り上げた力が人々の傷を癒し、悩みを取り除き、課せられた罰から救っていく。
その実感にイアンの心も空と同じように晴れていた。イアンが自分の力を誇らしく感じていることに、スージーの心も澄み切っていた。
人類から永遠の都を奪ったヨシュアとヘレムが犯した罪は、二人が流す血の対価によって支払われた。
ヒール・ザ・ワールドの光は世界を覆い、レトリビューションの渦も人々の痛み苦しみも全てを癒す。
こうして人が住む世界は、その全てが永遠の都となった。
◆◆◆◆◆
完結です。読んでいただき、ありがとうございました。
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ヒール・ザ・ワールド 相川巧 @yosemite
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