5-10

 異変はその時、起こった。


 スージーの全身を光が包み込む。あまりの眩さにイアンも、他の全員も目をつぶる。


 やがて光が収まりスージーがいた場所に目を向けると、そこには輝く天使の姿があった。


「あなたは……スザンナ!?」


 豊かなブロンドの髪、純白のガウン、純潔を示す白百合。全てが絵画に描かれた通り、イアンの夢に現れたのと同じ童貞大天使スザンナの姿であった。


 そのスザンナがイアンだけでなく、アケルダマの聖堂にいる全員の前に姿を見せた。


「イアン、よく決断しました。私は、あなたのその決意を待っていました」


「僕の……決意?」


「かつて私が地上に遣わしたリディーマーたちは皆、アケルダマを満たす選択をして命を終えてきました。新たなるリディーマーを遣わす時に、神はいつも願ってきました。今度のリディーマーは、これまでと同じ選択をすることなくヘレムの魂と生きる道を選んでくれるようにと」


「ヘレムの魂……それは、僕が……」


「イアン……あなたは間違いなくヨシュアの魂を受け継ぐ者。かつてのリディーマーたちも同じく、私がヨシュアの魂を地上に遣わしたことで生まれた存在です」


「それでは、ヘレムの魂とは……まさか!」


「そう……歴代のリディーマーが自らの力に目覚めた時、私はリディーマーの側にヘレムの魂を遣わしてきました。ヘレムの姿に似せた肉体を与え、ヘレムと同じ色の衣を授けて」


 イアンは一年前のことを思い出す。


 バーリンダムの街を見回っている最中、診療所の裏に建てられたハルフォードに気が付いた。


 何故かその建物が気になって中を調べたところ、スージーはそこにいた。黄色いワンピースに身を包んだ状態で。


「スージーが……ヘレムの魂を持つ者!」


「二千年前、人は神との約束を違えて永遠の都を放棄しました。そして地上には神罰が下された。永遠の都はレトリビューションに飲み込まれ、人の手には届かなくなりました。人がもう一度永遠の都を求めるには、もう一度ヨシュアが救世主として目覚める必要があったのです。自らが愛するヘレムに裏切られたヨシュアは、ヘレムへの……人類への愛を失って自ら天へと昇っていった。人類を導く救世主としての使命を拒んで」


 スザンナの言葉に、その場にいる一同は声も出さずに聞き入っていた。教団の教えを信じてきた者も、背いてきた者も。皆、一様に真実を聞かされていると実感していた。


 自らを生み落とした母の言葉として、その中でもイアンはひとしおであった。


「これまでのリディーマーたちはヨシュアと同じくヘレムを見捨て、一人で犠牲となる道を選んできました。それが自分が愛する者のためだと信じながら。けれども、ヘレムの望みは違う。ヘレムはヨシュアの死を嘆く以上にヨシュアからの愛を失ったことを悲しみ、ヨシュアの下へ旅立つために命を捨てたのです。そのヘレムの罪を赦し、再び愛することを誓い、共に生きていくことを決める……それが救世主としての力を取り戻す唯一の方法だったのです」


「救世主としての力……?」


「ヨシュアは神から約束された永遠の都を見つけることの出来る唯一人の存在。レトリビューションに埋もれた永遠の都を浮上させる力を持つ者。それこそが人の罪をつぐなうための血の対価。あなたと、そして彼女にだけ支払うことの出来る対価なのです」


「そのために、僕がスージーと生きていく決意が必要だったと? それなら、どうして夢の中で教えてくれなかったのですか? どうして、もっと早くに姿を現してくれなかったのですか?」


「私が言葉で伝え、その通りに行動するだけではヨシュアの魂は何も変わらない。あなたが自分で決め、心からヘレムと生きたいと願わなければ血の対価を支払うことは出来ないのです。さぁ、イアン……あなたが取り戻したヨシュアの愛を世界に示すのです。あなたが愛する彼女と共に」


 スザンナが背中の翼で自身を包み込む。再び翼が開かれると、スザンナの胸からスージーが現れた。いつもの黄色いワンピースを着た姿で。


「スージー!」


 イアンは駆け寄ってスージーの身体を抱きとめる。それと同時にスザンナの姿は消えてなくなる。


 スージーはゆっくりと両目を開けると、最愛の人の姿を見てニッコリと笑みを浮かべる。


 イアンがいつでも見ていたいと願う笑顔だ。その笑顔につられて、イアンも笑顔を見せる。大切な人と笑い合いたいという二人の願い、そのままに。


「スージー、僕らの魂に宿った力……分かるね?」


「うんっ。イアンくんとスーが一緒なら、みーんな助けられるよ」


 互いの手を取り、重ねられた温もりに想いを込める。


 ペインキラーに代わる新たなる力。ヨシュアの魂に閉じ込められていたリディーマーの真なる力。


 愛を取り戻した二つの魂に呼応して、周囲の空気が清浄な光を帯びていく。


「――ヒール・ザ・ワールド」


 ペインキラーのように冷やされた空気が水に変わるのではない。空気中に含まれる水分を通してリディーマーの力が広まり、伝わっていく。


 その効果は痛みを消すだけに留まらない。二人の身体から発せられた光はジェフの手から流れる血を止め傷を治し、アリッサの顔に刻まれたタトゥーも消し去っていく。


 更に光は聖堂の外へと流れていき、南の空を渡っていく。外に出た一同は、バーリンダムを覆う黒い渦までもリディーマーの光によって消えていくのを目の当たりにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る