5-9

「司教様……僕はリディーマーとしての使命に背きます」


「何だと……? 今、何と言ったのだ?」


 オズボーンの表情が険しくなる。それにもひるまず、イアンは自身の覚悟を口にする。


「僕は、この場では死なないと言ったのです。スージーを置いて一人では死なないと」


「馬鹿な……そんなことが許されるとでも思うのか? お前は罪深きヘレムの魂を背負った身。言うなれば生まれてきたこと自体がお前の罪なのだ。レトリビューションの苦しみにあえぐ人類のためにも罪をつぐなって死ななければならない……そのためにお前はスザンナによって遣わされたのだぞ」


「いいえ、スザンナは僕に言いました。僕が守りたい人の願いを考えろと。僕が誰よりも守りたいのはスージーです。僕が死んだ後に一人残されるスージーの気持ちを考えたら、僕は死ぬ訳にはいかない。僕がスージーによって生かされているように、スージーも僕によって生かされている……お互い大切な存在なんです」


「何を言うか……この愚か者めが!」


 オズボーンがイアンに掴みかかる。強引にでもアケルダマの大穴へと突き落すつもりだ。聖堂内に響き渡ったアリッサの銃声が、その動きを制する。


 鉄砲の弾はオズボーンには当たらなかったものの、ひるんだオズボーンはイアンから手を離してアリッサをにらみつける。


「ぐっ……アーチエネミーか。貴様がリディーマーをたぶらかしたのか!」


「教団の教えには詳しい司教様も、人の心は知らないみたいだねぇ。イアンはリディーマーとしてではなく、一人の人間として選択をしたんだよ」


「俺も……そう思います、司教様。俺はイアンの友として、イアンが決めた道を進ませてやりたい」


「黙れ、ジェフェリー・スティアー! それが血の聖水を使って人類を救うバプティストの言葉か? リディーマーに……ペインキラーに人を救う力は無い。全ては血の聖水が重要なのだ。アケルダマから汲んだ血の聖水だけが罰を免れる方法……それこそがヘレムが犯した罪をつぐなう対価なのだ」


 怒りのはらんだ視線をぶつけ、声を荒らげるオズボーン。乱れた呼吸を整えていると、イアンがその前面に立った。


「僕の力は、誰も救えなかった。それでも僕という存在は、誰かを生かすことに役立たせることが出来る。スージーが生きている限り、僕も生きる。生きて……例え無力であってもペインキラーで人々の痛みを背負い続ける。それが僕の使命です」


 毅然としてオズボーンと向き合うイアン。その後ろにはジェフとアリッサも並んでイアンを支持し、オズボーンと相対している。


 さすがのオズボーンもひるんで言葉が出て来ない。彼の負けだ。


 これ以上、この場に留まる必要は無いとイアンはスージーの方を見る。


「スージー、帰ろう。スージーがまたレトリビューションに襲われても、僕が何度でもスージーの痛みを引き受ける。大丈夫……僕はスージーを置いて死んだりしないよ。スージーが側にいてくれる限り、僕はどんな痛みにだって耐えられる。スージーが僕を生かしてくれるから……二人で一緒に生きていこう」


 イアンは自身の覚悟と心からの想いを述べる。それを聞いた愛しい人が、いつもの笑顔を取り戻してくれると信じて。

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