文披31題【謎】

千石綾子

大家の謎に迫ってみた結果

 秘密主義の人間は一定数いるだろう。だが、大家の四條しじょう程に謎の多い人間は僕の周りにはいない。

 そもそも人間なのかどうかも確認したことはない。

 別に秘密にしている訳ではないだろう。そういう性格ではない。言及すれば「聞かれなかったから答えなかった」と言うに違いない。


 収入に関しても謎が多い。アパートの大家とはいえ、人間以外の色々なたぐいが住民では、家賃収入があるのかどうか怪しいものだ。人間である僕でさえ管理人という立場から家賃は免除。更に僅かだがお小遣い程度の給金を貰っている。

 到底家賃収入で生活しているとは思えないのだ。


 そんなことを考えていたら、急に四條の収入源を知りたくなった。しかし直接聞くのはなんとなくはばかられる。

 四條の事を聞くなら、沢村慎さわむら まことが最適だろう。「腐れ縁だ」という程には長い付き合いらしい。どうやら幼馴染のようだ。この辺りも正確に聞いたことはないのだが。


 しかし、僕はどうもこの沢村という男が苦手だ。言っている事が嘘なのか本気なのか分からないところや、人を小ばかにする態度などが肌に合わない。そんな男に頼むのも癪だが、今回ばかりは気になって仕方がない。

 そもそも四條の懐具合を知っておかないと、僕の今後の収入も保障されるか不安なのだ。




「四條の収入源?」


 面倒くさそうに、沢村は寝転がったまま視線だけをこちらに向けた。


「親が金持ちとかそういうのなのか?」

「いや、四條の両親はとっくの昔事故で死んだし、遺したのもこのアパートくらいのものらしい」


 それだけ言うと、また沢村は見ていたTVに視線を戻した。


 意外だった。苦労知らずのボンボンかと思っていたが、そんなことがあったなんて。

 

「じゃあ、一体どうやって生活しているんだ?」

「何でも屋みたいな事をやってる。いや、実際は気に入った仕事しか受けないから何でも、とはいかないが。ただし気に入ればどんな難しい事でも受ける。だから報酬は高い」


 ビールを飲んで、僕が茹でた枝豆をつまむ。こいつは四條の話をしている時は活き活きとしているな。


「後はまあ、本人に聞けばいいだろ。俺もあいつの全部を知ってるわけじゃない」


 結局そうなるのか。本当に「何でもというわけでもない屋」をやっているだけなんだろうか。でもこのアパートの大所帯を養っているのだ。それだけで本当に足りているんだろうか。


「あーっ、気になる!!!」


 僕は頭をぐしゃぐしゃ掻きながら思わず叫んでいた。


「どうした」


 不機嫌そうな声に僕ははっとして振り向いた。


「四條……」


 そこには四條が眉根を寄せて立っていた。これはもう本人に聞いてみるしかないだろう。


「なあ、四條の収入って足りてるのか? 一体何がメインの収入源なんだ?」


 余計な世話だと叱られるだろうかとどきどきしながら問いかけてみた。


「家庭菜園だ」

「はぁ?」


 僕はさぞかし間抜けな声をあげたに違いない。四條は憐れむような目で僕を見ると、アパートの一室に僕を連れて来た。

 窓一面に粘着テープが貼られ、遮光カーテンもかけられている。怪しげなライトの光の下にはやたらと元気のいい植物が育っている。

 そして、立ち込める独特の匂いは……。


「ちょ、これもしかして大……」

「レタスよりハーブが高く売れるように、独特の野菜は高値で買い取る奴がいる」


 ライトに照らされた満面の笑みは、金の亡者のそれだ。


「ぼ、僕は何も見なかった」


 そう言うと、四條はふん、と鼻を鳴らして「意気地なしめ」と小さく呟いた。

 何と言われようと構わない。今日僕は改めて、謎は謎のままでいいこともあるのだ、と思い知らされたのだった。


                 了

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文披31題【謎】 千石綾子 @sengoku1111

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