走る、君のために。

「こんにちは、ってあれ?」

いつものようにドアを開けると出迎えてくれる沙夜ちゃんはいなくて。

倒れた花瓶とベットからずり落ちた布団が私に嫌でも「只事ではない事」を痛感させた。

「日山さん!」

「斉藤先生?お久しぶりです。」

「ああ、お久しぶりです。あの、沙夜さんのことなんですが。」

「沙夜ちゃんがどうかしたんですか?」


嫌な予感が、どんどん積もる。


「少し、症状が出てしまって、今、動ける職員全員で探しています。」

「探すって…沙夜ちゃんどこかへ行ってしまったんですか!?」

「おそらく外には出ていないでしょうが、万が一も考えて病院周辺も捜索しています。」


鼓動がどんどん速くなる。


「ですので、せっかく来て頂いたのに申し訳ないですが、今日はお引き取りを」

「探します!!私に沙夜ちゃんを探させて下さい!」


ここで、帰ってしまえば、「何か」がきっと終わってしまう。

その「何か」が何なのかなんて、野暮なことは考えない。

今はただ、沙夜ちゃんに会うことだけを、考える。

「えっ、でも、しかし…」

少し間が空いてから先生は答える。

「私より沙夜さんと親密な関係を築いていたあなたなら見つけられるかも知れません。」


「協力、して頂けますか?」

「もちろんです!」


先生の言葉を聞いた瞬間、私は走り出す。

病院って走っちゃ駄目なんだっけ、なんて一瞬よぎった事は考えなかったことにした。



走る、走る。

あの日、初めて会った日、

沙夜ちゃんが話してくれたあの場所へ。


ーー色、ですか?そうですね、ピンク色かな、桜みたいなピンク色!


ーー春になって花が咲くとすっごく綺麗なんです。


ーー来年…そうですね、毎年綺麗に咲くので楽しみです!


あんなに無邪気に笑っていた君の記憶が、こんな形で思い出されるなんて。


それでも、その思い出はどこまでも暖かい。






思い出をくれた君に会うために、走る。

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2人で見た海、1人で見たベッド ヨシノ @yoshino_ohanami

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