第3話


 王都に戻ったケイナを迎えたのは、満面の笑みを浮かべた王太子だった。

 その背後には神官がいる。


「ああ、ケイナ。待っていたよ。ありがとう戻ってくれて!」

「はい。戻りました。聖女に復帰いたしますね」

「ありがとう」

「では、私の頼み通りにお願いします」


 目の前で王太子が首を傾げる。


「私が戻る条件として、いくつかお願いさせていただきました」

「お願い?」

「陛下も殿下も、なんでも聞いてくださると仰ったではないですか」

「それはそうだが……条件というのは……」


 ケイナは声を張り上げた。


「一つ。聖女は教会ではなく街にすむとする」

「え!」

 

 おどろいた声をあげたのは神官だ。


「聖女は教会のものでも王家のものでもなく、民のためにいるのです。教会に篭るなんて、変ですもの。もちろん、生活は今までどおり教会の方からお金をいただきます。私の賃金が全部教会に入れてるんですから、当然ですよね」

 

「そんな……」


「二つ。聖女の選考を私抜きでやろうとしたことを国民に告白すること」

「なに!?」


 今度は王太子が声を上げた。


「実はね、聞いてしまったんです。その計画。だから自主的に出ていかせていただきました」


 うしろでグレオンが半分笑っているのを感じながらケイナは話た。実は道中でグレオンとは色々と話しており、今回の失踪のことも、若干面白おかしく教えていた。最初グレオンは恐縮していたが、やがてケイナがグレオンに一種の同志のような感情を抱いていることを知ると、態度がやわらかくなった。

 現在はもはや笑っている状態なので、なかなかいい度胸である。


「三つ目。その件について、慰謝料を要求します」

「んな!」

「当然のことかと思います。異論は認めません」

「そんな馬鹿な……」


 王太子がかたまっている。だが、まだ終わらせない。


「四つ目」

「まだあるのか!」

「まだです。四つ目。王太子との婚約を破棄する」

「なに!?」

「貴方私のことなんて言ってたか覚えてます?"顔が好みじゃないから嫌だ"ですよ」


 ケイナの言葉に集まっていた皆がギョッとして目を剥いた。それはギョッとするだろう。普通にありえないことである。


「そんな貴方と結婚なんてできません」


 絶対むりだ。


「だ、だが、ケイナ……聖女は王族と結婚するものだ」

「古い因襲です。拒否します」

「だが……」

「ああ、もう一つお願いが」

「まだ、あるのか……」


 もはや脱力した王太子を無視して、ケイナは言った。


「聖女ですが、自由恋愛させてください」

「自由恋愛」


 王太子はただただ繰り返した。


「王太子とは嫌ですし、じゃあ他の貴族となんて無理やり結婚させられるのも御免です」



 以上!

 そう高らかに言って、ケイナは迷わず王城を後にした。

 後ろの方が騒がしいが気にしない。もうどうにでもなれだった。

  

「待ってくれ、ケイナ」


 颯爽と歩くケイナを呼び止める声があった。その声には振り返る価値がある。そう感じて振り返る。


「グレオン」

「ケイナ、街に住まわれるなら、家を紹介させてくれ。せめて」


 馬車で打ち解けた2人であるが、グレオンはケイナを追い出す作戦を王太子に言われていたにもかかわらず、止められなかったという罪悪感があるらしく、それに関しては聖女と貴族という立場を保ちたがった。

 

 その前にケイナが国を出たから気にしなくていいと言ったのだが、ならば先にケイナに忠告するくらいはすべきだったと言って、自分の罪を見定めていた。

 その姿勢には好感が持てた。というか全般的に好感しかない。

 ケイナはしばらくグレオンの顔を見ていたが、やがて破顔する。


「グレオンが部屋を用意してくれるということ?」

「ああ」

「いいの?」

「もちろん」


 優しい人である。

 ケイナは思いきって尋ねた。


「グレオン、婚約者は?」

「はい?」

「婚約者や恋人はいらっしゃる?」

「え、いや? その、武術ばかりでそういうのはからっきしで」

 

 ――ほほう。では。


「では、恋人に立候補してもいいかしら?」

「…………はい!?」


 ケイナはにっこりと笑いかける。


「どうせなら、そのままグレオンの家に住まわせていただいてもいいわよ」


 ケイナの言葉にグレオンは呆気になって口を開けていたが、やがてグレオンも破顔した。


「まさかいきなりプロポーズ?」

「いけない? だって私たち気が合うと思うの」

「奇遇だな。俺もそう思ってた」


 グレオンはとうとう声をあげて笑った。


「とんでもない聖女様だな」

「知らなかったの? 聖女ってすごいのよ」

「ああ、今知ったよ」



 その後聖女は国の騎士と呼ばれた貴族と結婚した。

 そして生涯国を守ったという。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女の顔が好みじゃない?じゃあこっちから捨ててやる! 日向はび @havi_wa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ