第15話 カールの決断

 王太子宮での公演の後、イサカの町に戻り、 カールは考えた。これでもかと言うくらい考えた。


 死にたくはない。貴族は恐ろしい。アレキサンダー様やレオン様のような気さくな方のほうが珍しいのだ。芝居で用意した貴賓席で、勝手気ままに振舞う貴族達のおかげで、それは身に染みてわかっている。


 貴族出身のオリバーのおかげで、上手く貴族の機嫌を取ることができるようになり、本当に助かっている。

 

 芝居はカールの夢だった。演じてくれる一座をみつけ、台本をつくり、稽古をし、文字通り心血を注いだ芝居だ。途中色々あったが、妻にも支えられ、興行的にも成功してきた。王太子宮で演じられるほどの評判を得たのだ。


 きっとこれから、王太子宮で上演したと聞きつけた貴族達の館で演じる機会も増えるだろう。成功したと思う。大成功が目の前に迫っていたはずだった。

 

 芝居は、人ではない。だが、カールにとっては、もう一人の子供のようなものだ。その子が、芝居がようやっと育った今、手放すのは惜しいと思えた。何より、カールの芝居は、ロバートとローズ、その二人の主であるアレキサンダーという恩人達の役に立つと言われたのだ。誇らしかった。


 役に立つからこそ、貴族から命を狙われる危険があると言われた。ローズを聖女と信仰する者達の反感を買う可能性まで指摘された。命は惜しい。カールは死ぬのも怖い。


 悩みに悩んで妻に相談したら、妻は思いがけない方法を提案してくれた。相談した商人達も皆、賛同してくれた。町の恩人に報いることができると言うと、反対する者はいなかった。王太子様に反対する貴族に嫌がらせをされるかもしれないと言うと、躊躇する者もいた。だが、イサカの町すべてを敵に回したい貴族などいないはずだと言う意見が出て、結局はみな賛同に回った。


 芝居の興行主の名前は、堂々と芝居の幕に描かれるようになった。

「イサカ商業連合会」


 イサカの商人全員が興行主となり、個人が同定されないようにしたのだ。芝居に関しての権限はカールにあるが、他の商人もかかわるようになったことで、芝居の利益の分け前は減る。だが、カールの身の安全には代えられない。商売仲間たちが喜んでくれるのだ。良いと思うことにした。


 旅芸人の一座は移動する。芝居の収益の一部は、孤児であるローズに敬意を表し、町の孤児院や救護院や教会に寄付することにした。毎度、芝居の衣裳を着た役者たちが、寄付を届けた。その場で人気のある場面を再現した。多くの見物人を集めることで、寄付の噂が広まることを期待しての見世物だ。


 聖女様の再来と言われるローズの芝居で下手に儲けたら、狂信者たちの反感を買い危険だという大司祭様の御意見に従ってのことだ。 

 

 対策を立てたうえで、これからも興行主として続けていくと、カールは謁見の場で上奏した。


 謁見の後、エドガーがカールを外まで案内してくれた。

「考えたな。確かにこれならば、誰かが危険にさらされる可能性は下がる」

エドガーの言葉に、カールは頭をかいた。


「妻の発案なんです」

「いい奥さんをもらったじゃないか」

「えぇ。ロバート様のおかげです」

「はぁ?あの朴念仁がどうやって。そんな面白そうな話、俺は何も聞いてないぞ」

「いや、俺と妻の話なんて、聞いても面白くないですよ」

「面白いか面白くないかは、俺が決める」

「もう今日の謁見は終わったんです。俺を帰してください」

「嫌だね。お前、俺から逃げられるわけがないんだから、観念しろ。さっさと吐け。下手な通路に入り込んだら、二度と出られないってお前も知ってるだろ」


 王太子宮に勤める面々は、本当に個性的だ。

カールは溜息を吐いた。


<一世一代の芝居 完>

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一世一代の夢 海堂 岬 @KaidoMisaki

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