第14話 大司祭の忠告

 大広間で、カールは、主賓の一人、大司祭様に挨拶をした。

「いや、良い芝居でしたな」

大司祭の言葉に、控えていた司祭達も、口口に賛同してくれた。


「ありがとうございます」

「ところで、申し訳ないが、年寄りの忠告に少し耳を傾けていただけますかな」

「はい」

カールは大司祭の言葉に背筋を伸ばした。


「私などは気にしないのですがな。この芝居、ロバート様とローズ様のお話です。聖女様の再来であろうローズ様のお話で、収益を上げておられると、一部の狂信的なものたちが、何やら不埒なことを考えかねません」

カールが意味を分からずにいると、控えていた司祭の一人が口を開いた。


「つまり、聖女ローズ様の御名をかたる芝居で、金儲けをする不届きな輩と、あなた方に危害を加えかねない者もいるということです。狂信者とはそういうもの。実際、聖女アリア様の御長男様は、そういった者達に殺されてしまった。ご存じではありませんか。母の意思を継いだ孝行息子を殺すことが正しいなど、まさに狂信者そのものの行いです。彼らは、己だけが正しいと思っていますから危険です。事実、神の怒りの炎が山々から吹き出し、狂信者達とともに、いくつもの町が焼けた大地に飲み込まれました」


 信者達が子供の頃から、司祭に聞かされる話の一つだ。

「対策を立てておかれた方がよろしいでしょう。大司祭様も、私達も、決してあなた方にそのようなことは思ってはおりません。ただ、狂信者たちは、己の考えに囚われ、他人の意見などに耳を傾けたりはしないものです。それこそ、大司祭様のお言葉などにも耳を傾けることなどないでしょう」


 別の司祭の眉間には皺が寄っていた。

「どうしたらよいものかと、私達も先ほどから考えていたのですが」

「なかなか思いつきませんでな」


 隣の席にいた、アルフレッドも、難しい顔をしていた。

「たしかに、難しいものだな。己の正しさを証明するために手段を選ばない者は少なくない」

主賓たちの一角に、重苦しい空気が垂れ込めた。


「肝に銘じておきます」

カールは深く頷いた。夢中で続けていた芝居の難しさを次々とつきつけられ、カールは胃が痛くなりそうだった。


「まぁ、今日のところは楽しみなさい。これは君たちへの礼を兼ねての宴会だ。ほらご覧。普段、難しい顔ばかりしているロバートが、あんなに優しく微笑んで。こんな日がくるとは思ってもみなかった。神様が、ローズを遣わせて下さったことは、本当に心から感謝せねばならないね」


 アルフレッドの視線の先には、ローズを膝にのせて座るロバートがいた。いろいろな人から、何か言われているらしい。ロバートの口に、ローズが何かを押し込んだのが見えた。周囲が囃し立てている。


「おやおや。ロバートを相手にあんなことができるのは、ローズくらいだよ」

「どうやら、ロバート様は、周りのからの質問攻めで食べる間もないようですな」

「ローズ様も実力行使とは、御可愛らしいのに、なかなか大胆でいらっしゃいますね」


 アルフレッドと大司祭達は、朗らかに笑いあった。

「カール、君も食事を楽しんでくるといい」

アルフレッドに促され、カールはその場を辞した。


 カールは、ロバートとローズの席に向かった。丁度その席には、アレキサンダーがいた。

「あぁ、カール良い芝居だった。丁度、ロバートをとっちめていたところだ。よいところに来たな」

ワインを手にしたアレキサンダーは上機嫌だった。


「カール。よい芝居ではありましたが、この状況を何とかしてください」

ロバートの言葉に、カールは首を振った。


「ロバート、カールさんのせいにしたらいけないわ。あの頃、ちゃんと報告しなかったロバートが悪いのよ」

ローズが抗議しているが、上目遣いで睨んでも可愛らしいだけだ。


「過去のことで、責められても、今の私にはどうしようもないのですが」

「何、もう無茶はしないと、今、私に確約してくれるだけでよいぞ」

「そうしたいのは、山々ですが、私一人の都合ではどうにもなりません」

カールは早々に、騒がしいその場を辞退した。


「カール、あなただけ、ローズ様とお話しするなんてずるいじゃないの」

カールは今度は、一座の女達に取り囲まれてしまった。


「あの御可愛らしい方に私たちを紹介して頂戴」

女性に逆らってはいけないことは、妹達で経験してよくわかっている。カールはもう一度、高貴なる方々の騒がしい席に戻ることにした。


 「あら、まぁ」

女性たちが色めき立った。


 ローズがロバートに、また何か食べさせていた。すっかり気に入ったのか、楽しそうにしている。ロバートは、膝に座っているローズを支えていて、抵抗できないらしい。


「面白いわ」

「ローズ、私で遊ばないでください」

「だって、楽しいもの。大人なのに、小さい子みたい」

「あなたが食べさせるからです。ローズ、私は自分で食べられますから」

「そうね。はい」

ロバートは、ローズが差し出す料理で、口を塞がれてしまった。ロバートは、食べ物を無駄にすることはないし、口に物を入れたまま話すような、はしたない真似はしない。


「美味しいでしょう」

ローズは上機嫌で、ロバートに食べさせては自分も食べている。ロバートは、膝の上で好き勝手に動いているローズが落ちないように支えてやっている。一応は文句を言っているが、ロバートも満更ではなさそうだ。


「お邪魔したら、悪いわね」

女性たちの言葉に、カールも頷いた。

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