第13話 エドガーの忠告

 礼拝堂の庭には、先客がいた。


「遅かったな」

男の言葉にエドガーが答えた。

「あれ、ジェームズ、芝居を見てただろ」


「終わってすぐにここに来たからな。見ろ、朝から完璧にしておいた」

窓越しに中を覗くと、礼拝堂には沢山の花が飾られていた。

「ジェームズ、これじゃあ、今日は最初からここまで企んでいたって、ロバートにわかるだろうが」

エドガーの言葉を、ジェームズは鼻で笑った。

「どうせ、ばれとるに決まっとる。お前さんたち、近習の筆頭を舐めちゃぁいかん」


 ジェームズと呼ばれた男の言葉に、エドガーは苦笑した。

「まぁ、さっき、嵌められている気がすると、言っていたしな。ジェームズ、俺の後ろにいるのが今日の芝居の一座の人達だ。この男はジェームズ、王太子宮の庭師だ」

「よろしくな。芝居なんざ初めて見たが、なかなかよかった」

「ありがとうございます」

紹介された者達は互いに、挨拶をした。


 ようやくやってきた一行に、ジェームズが目を細めた。

「あぁ、嬢ちゃんもすっかり成長したなぁ。最初来た頃は、子猫みたいで、いや、実際子猫にまみれて俺のところに来たこともあったが、いい女になりそうじゃないか」

「ジェームズ、お前、褒めてるつもりだろうが、褒めてるようには聞こえんぞ」

突然、もう一人の声がして、カールは驚いた。


「あぁすまん。さっきからいたんだが、どうにも気づいてもらえていないようだったから、黙っていた。儂はデヴィッド。アーライル家の使用人だが、最近は王太子宮のやっかいになっている」


 到着した時よりも豪奢な衣装に身を包んだ大司祭が、祈りを捧げ、ロバートとローズがそれに答えた。言葉の詳細までは聞こえない。ただ、幸せそうな二人の笑顔が見えるだけだ。

「あの子が、あんな顔で笑える日が来るなんてなぁ」

感涙にむせんでいるジェームズが少々煩い。

「何度、死んじまうと思ったことか」

 

 どうやら、ジェームズの言うあの子とは、ロバートのことらしい。確かに、老齢に近いジェームズにすれば、ロバートもまだ子ども扱いなのだろう。


「あぁ。あまり付き合いの長くない俺ですら、危ないと思ったのは、一度や二度でないものな。これでロバートが無茶を止められたら、アルフレッド様もアレキサンダー様もご安心されるだろう」

「えぇっと、何のお話ですか」

窓の向こうで二人が口づけたのが見えた。


「あぁ、アリア嬢ちゃんに、これを見せたかった」

カールの言葉など、ジェームズの耳に入っていないらしい。


 カールの言葉に、事情を知る男達がそれぞれ口を開いた。


「危ないってやつか?ロバートはアレキサンダー様の御側に仕えて一番長い。もちろん乳兄弟だってのもある。他の連中が皆、殺されたってくらいだ」

「エリックと俺は途中からだが、生き残った。アレキサンダー様が王太子に任ぜられる前後はいろいろあったんだ。反対する貴族がいた」

「そいつらの雇った刺客のせいで、この庭が何度も血に染まった」

「マシューが死んだのもそのせいだって言うしな」

カールには全くわからない話を三人は始めてしまった。


 一座の連中は神妙な顔をして、物音一切立てずにいる。あまりの気配の無さに、カールは思わず振り返って、まだいることを確認した。


 もう一度、礼拝堂の方を見ようとしたカールの真正面には、いつのまにかエドガーが立っていた。


「カール。お前が毎日当たり前のように享受しているこの国の安定を保つために、ロバートは文字通り心身を削って、アレキサンダー様をお守りしてきたんだ。今の均衡がいつ、何がきっかけで崩れるかなんて、誰にもわからない。カール、この国には今も、ロバートの死を願っている連中がいる。アレキサンダー様のお命を狙う連中からしたら、最大の障壁はロバートだ。ローズを目障りに思っている連中もいる。あの年齢で、アレキサンダー様のイサカの町とその周辺での業績を支えた逸材だ。アレキサンダー様の失敗を願う連中からしたら、目の上の瘤だ。孤児の女と言うだけで、毛嫌いしている貴族もいる。ロバートは使用人で、ローズは孤児だ。わかるか。功績と身分が釣り合ってないにもほどがある。爵位があれば貴族の権威が身を守ってくれる。こんな俺でも伯爵家の一員だからな。ロバートもローズも守ってくれる貴族の権威などないんだ」

 

 カールが今まで一度も見たことのないくらい、真剣なエドガーがいた。


「カール。あの芝居はよかったと俺は思う。俺は、あの芝居を国中に広めてほしい。貴族にもだ。王太子様の配下にロバートとローズあり。二人は国王陛下、王太子様、王太子妃様の御寵愛を得ている。ロバートは王太子様の腹心だ。ローズは、大司祭様が聖女の再来とあがめていると言う噂が広まれば、おそらく手が出しにくくなるはずだ。逆に、それでも手を出しに来る奴は相当な狙いを持ってくるだろうが。それは俺達の問題だ」


 恐ろしいくらいの静けさが庭を支配していた。

「わかるか、カール。これからこの芝居にお前が関わり続ける限り、お前はこの国の貴族達の勢力争いから無縁ではいられない。巻き込まれたくなければ、芝居から手をひけ。それはそれで仕方ない。お前の決断だ。俺はお前を責めない。だが、出来れば芝居を広めて欲しいと思う。だが、芝居に関わり続けるならば、覚悟が必要だ。お前の芝居は、アレキサンダー王太子様を礼賛するものだ。反対派にとってお前は邪魔な存在になる。その覚悟がないなら、お前は手をひけ。何も今すぐ決めろとは言わない。あの芝居はよかった。だからこそ、アレキサンダー様に賛成する俺達は感動した。反対派は歯噛みするだろう。お前がどちらに決めても、俺はお前を責めない。きっとロバートもローズも、アレキサンダー様もそうだ。ただ、生半可な覚悟で、今の芝居に関わるのは止めておけ」


 エドガーの言葉に、カールは答えられなかった。自分の夢であった芝居が、そんな大層なものだとは思っていなかった。


「カール様。私達一座は、このまま今の芝居を続け、全国を旅する予定でございます。カール様。あなた様は興行主です。私は座長です。芝居の世界に生きる身として、この芝居を続けたい。カール様、興行主であるあなた様を蔑ろにするつもりはございません。ただ、あなた様のご決断が何であれ、私達はこの芝居を続けます」

普段と違って余所余所しい座長の言葉に続けて、一座の者達がそろって一礼した。


「考えさせてください」

カールはそういうのが精一杯だった。

「あぁ、奥さんもいるんだろ。何なら相談してから決めたっていい」


 エドガーの言葉に、妻の言葉が耳によみがえってきた。

「あなたは私の騎士様よ」


 子供の時、憧れた騎士であれば、こういう時どういう返事をするのだろうか。考えなくてもわかっている。恩義のある方に報いるべきなのだ。だが、その道は危険だとはっきり言われた。


「まぁ、カール、今決めなくてもいいんだ。広間に戻ろう。広間と続きの部屋に食事が用意してある。クジ運の悪いやつらがしっかり見張っているから、毒が混ぜられる心配もないよ。一座の皆さんもどうぞ。さぁ、早くしないと、いくら遠回りでも、他の連中が先に着いちまう」

エドガーの言葉に、歓声が上がった。

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