第12話 婚約式をめぐる攻防
「大司祭様、婚約式などそのような大仰なことは」
寸前までローズと睦まじい時を過ごしていたはずのロバートが、平時に戻ってしまっていた。
「いえいえ、貴族の方々が行うような大仰な婚約式ではありません。今ではすっかり減ってしまいましたが、かつては婚約も、婚姻のように神の御前で祈りをささげていたのです。今では、貴族の方は結婚の披露宴もかくやというような宴を主体に考えておられます。本来は、二人が、神の御前で将来を誓い合う儀式があったのです。私も若い頃に数回経験したのみです。このままではすっかり、儀式の次第が忘れられてしまいます。聖アリア教の大切な伝統の一つが途絶えてしまいかねません。今日は、私の供に若い司祭も同行しております。せっかくです。お二人の御婚約と言う目出度いことを、今更ながらではありますが、神の御前で誓われると言うのはいかがでしょう。神と共に天の国におられるロバート様のお母上も、さぞや喜ばれるのではないでしょうか」
カールは心の中で大司祭の言葉を反芻した。隣の座長が、不味い芝居だと囁いた声が聞こえた。
大司祭は、一息に語った。まるで用意していた台詞を語ったかのようだった。
これは絶対に謀ったとしか思えない。ロバートが亡き母をとても大切にしていることは、カールも知っている。ローズは、困っているから助けてくれと言われると、断れない性格だ。大司祭は、二人をよく知っているらしい。
「それはいいな。大司祭様、今のあなたの言葉から察すると、今すぐにでも、婚約式を執り行えるようだが」
間髪を入れずに答えるアルフレッドも、大司祭の下手な芝居に一枚かんでいるとしか思えない。
「もちろんでございます。儀式ですから、その次第はこの頭の中にございます。できれば、礼拝堂で行わせていただきましたら」
付き添っていた司祭達が、さりげなく大司祭の装束を整え、何か着せかけている。やはり、準備してきたのだ。
「あぁ、礼拝堂であれば、王太子宮にある。丁度良いな。二人はそこで結婚式を挙げたいといっているから、婚約式も、あの礼拝堂で挙げればよいだろう。丁度良い、今ならばみな揃っている」
アルフレッドが立ち上がり、その前に道ができた。礼拝堂に行こうと言うのだろう。周囲の近習や小姓達の様子からすると、どうやら、当の二人だけが知らなかったらしい。
「アルフレッド様!」
当人たち抜きで物事を決めようとしたアルフレッドに、ロバートが声を上げた。
「おそれながら、お客人である大司祭様に」
「ロバート、今日はお前も客人だ」
アレキサンダーの言葉に、ロバートが口をつぐんだ。
「貴重な儀式が失われないように、是非とも機会をいただきたいのです。ローズ様」
大司祭の言葉に、ローズが、ロバートを見た。
「ロバート、お祈りだけだそうだから、大司祭様も、儀式が忘れられてしまったらと困っておられるし」
「ローズ、私は嵌められたような気がするのですが、気のせいでしょうか」
ローズに語りかけたロバートの一言に、アルフレッドとアレキサンダーの顔がこわばった。やはり、王家の父子の企みらしい。
「いや、大したものだな」
座長の言葉に、カールは頷いた。ロバートはやはり頭がいい。
「でもね、ロバート、こういう時は、それでもいいと思うの。だって、誰も不幸にならないわ。それに」
ローズは、ロバートに突然抱き着き、首元に顔をうずめた。何か囁いたらしいが、残念ながらカールの耳には届かなかった。ただ、ロバートが優しく微笑み、ローズをだきしめた。
一座の女性たちが色めき立つ。
「大司祭様、お願いしてもご迷惑になりませんか」
確認するようなロバートの言葉に、大司祭が深く頷いた。
「もちろんです。久しぶりの婚約式ですから、私自ら行わせていただきます」
「そうと決まれば礼拝堂へ行くぞ」
アレキサンダーの言葉に、先ほどまで芝居を楽しんでいた観客たちが立ち上がった。
やれやれとため息をついたカールは、観客たちの後ろに一座の者達が当然のように続くのを見て、腰を抜かした。
「えぇ、座長、あれいいんですか、止めないと」
「何を言っている。カール。教会での結婚式の時は、通りすがりの者であっても、祝福するのが常だ」
座長は何ら迷いなく、先ほどまで観客だった王太子宮の関係者達の後ろに続こうとした。
「ちょっと待て、庭からの方が近い。先回りできる。このままだと、後ろになって、何も見えないぞ」
エドガーの言葉に、一座の者達が嬉々としてついていった。
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