第11話 幕引きの後

 幕が引けた。


 役者たちが一列に並び、観客たちに礼をした。拍手に包まれ芝居は終わった。

 

「随分と心配してくれていたのですね」

「だって、帰ってこなかったらどうしようって思って」

恋人たちは、周囲をそっちのけで、二人の世界に浸っている。


 後半始まって早々、ローズがロバートの身を案じる場面があるのだ。

「怖い夢を見るの。馬車が帰ってくるの。でも、扉が開いても、誰も乗って無くて、空っぽなの」

「誰も乗っていない馬車が帰ってくるの」

ローズを演じる役者が、舞台中央に立ち、ロバートを案じる気持ちを切々と訴える場面は、後半の見せ場の一つだ。男女問わず多くの観客が涙する名場面だ。


 もう一つの見せ場では、アレキサンダーが満足そうにしていた。


 町で自治を行いながら、税金を懐に収めていた町長たちが、糾弾される場面だ。糾弾される町長たちを、町の者達が黒幕だと訴える場面は、市井で演じるときは、最高に盛り上がる。町長たちを演じる役者めがけて、いろいろなものが飛んでくるため、最近では舞台と観客の間に、目の粗い網を張るほどだ。


 王太子宮では、冷静に事件を振り返ってるようだった。

「記録を確認したいが」

「他の町ではどうだった」

観客たちの一部は、実務の話を始めてしまった。一種独特の雰囲気だった。


 芝居が終わった。役者だけでなく、一座全員が並び、観客たちに礼をした。

「よい芝居だった。礼を言う」

アルフレッドの言葉に、一同はまた、深く頭を下げた。

「なかなか見ることができないものも、見ることができた」


 何やら思わせぶりな言葉に、カールは失礼のない程度に頭を上げ、アルフレッドの視線の先にある光景をみて納得した。


 婚約したと聞いて、一年近く経つはずの二人が、二人きりの世界に浸っていた。


「お前達は知らないだろうが、あれは本当に苦労をしている」

アルフレッドの言葉に、アレキサンダーが頷いた。


「良いものを見れた」

国王陛下直々に言葉を頂けることなど、そうはないことだ。

「もったいないお言葉でございます」

「これからもますます精進し、この芝居をこの国中に広めてまいります」

興行主カールと、座長の言葉に、役者以下、一座の全員が礼をした。


「いや、素晴らしい芝居でした。アルフレッド様、アレキサンダー様、本日は私までお招きいただきありがとうございます」

大司祭の言葉に、一座は、慌てて頭を下げた。


「いやいや、そう堅苦しくなさらずとも、私など、ただの年寄りです。お顔をお上げください」

本当に、ただの年寄りであれば、自分のことをそう言うはずがない。

どうすべきか逡巡したカールの耳に、救いの声が届いた。


「大司祭様のおっしゃる通り、お顔を上げてくださいな。皆様、お疲れでしょうから」

グレースの言葉に、一座は顔を上げた。

「控えの間で休憩なさってくださいな。心ばかりですが、お食事も用意いたしております」


 エドガーに案内され、一座が大広間を出ようとした時だった。

大司祭の声が聞こえた。

「陛下、せっかくの機会ですし、婚約式をなさってはいかがでしょう」


 役者たちの足がピタリと止まり、全員が振り返った。一座の女性たちは、何事もなかったように、素早く大広間の中央に戻り、整列してしまった。

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