へそはどこへいった

百舌すえひろ

へそはどこへいった

 むかし、讃岐さぬきくに志度浦しどうら現在げんざい香川県かがわけんさぬき)に、四万吉よもきちというがおりました。

四万吉の父親ちちおやいえは、もと足軽あしがるで、武士ぶしとしては裕福ゆうふくとはえない生活せいかつつづいていたため、軍記物ぐんきもの写本しゃほんなどを内職ないしょくとして、四万吉たち兄弟きょうだい貸本屋かしほんやおろしにくのが日課にっかでした。


 あるのこと。

四万吉とおとうとが貸本屋からかえ途中とちゅう城下じょうかもんはしすわおとこが、道行みちゆひとたちにこえをかけているのをかけました。


「でうすさまたたえよ。でうす様はすべてをおつくりになったのだ」


 その男は放題ほうだいかみげることもせず、あなみだらけでぼろぼろになった着物きもの羽織はおり、裸足はだしで、浮浪者ふろうしゃそのものでした。

はなしかけられる人はみな迷惑めいわくそうにこえないふりをしていました。


 というのも、この男の言う“でうす様”とは、異国いこく神様かみさまのことでして、その神様のおしえをひろめようとしている信徒しんとたちは、この国ではきびしい処罰しょばつがなされるため、みんなおそれてかかわらないようにしていたのです。


 兄弟は日頃ひごろから母親ははおやに「らない大人おとなくちいてはいけない。ついて行ってはいけない」とかたわれていましたが、四万吉はれない“でうす様”という言葉ことば興味きょうみかれ、口をひらいてしまいました。


「でうす様はなにをしたのだ」

四万吉があやしい浮浪者に口を利いたことで、うしろにかくれていた弟はおどろいてあにたもとをぎゅっときました。


 浮浪者はいっぱしの物言ものいいをする四万吉にまるくしながら

「でうす様はこののすべてをおつくりになったぬしさまだ」と鷹揚おうようこたえました。


「わしはかかさまにんでもらった。母さまもばばさまに産んでもらった。でうす様から創られたおぼえはない」と四万吉は口をとがらせて反論はんろんしました。


浮浪者はおごそかに「おまえちちと母も、そのまた父と母も、ずっとずっと前の先祖せんぞめれば、でうす様がつちかたまりからお創りになった“あだむ”と“ゑぶ”という、最初さいしょ男女だんじょに行きくのだ」ときました。


莫迦ばかを言うな。土からできた人がられてながすものか。土がいつからにくほねになるのだ。大人のくせに怪我けがをしたこともないのか」


 四万吉は子供こどものわりに理屈りくつさきつ子で、普段ふだんから人の関節かんせつむしさかなのつくりを観察かんさつし、おおきな関心かんしんがありました。


 おもわぬ反論に、浮浪者は口をへのげ、すこくと

物事ものごとにははじまりがなければ、続かないものだ。お前もわしも、母があるからいるのだ。それならば最初の人が必要ひつようだろう。最初に親になる男と女をでうす様がお創りになったのだから、この世はすべてでうす様がお創りになったと言っている」と答えました。


 何事なにごとにも順序じゅんじょがある。万物ばんぶつ原因げんいんがあるから結果けっかがつくもの。莫迦な子供め。

この世の真理しんりにそれ以上いじょうくす言葉はないだろう、と浮浪者は内心ないしん得意とくいになりました。


 四万吉の双眸そうぼうは大きくなり、ひとみは何もない空間くうかんを見つめたようになりましたが、大きくいきって口を開きました。


「お前は子供が母親からまれることをっているのに、人のからだ無頓着むとんちゃくだ。最初の人が土から創られたと言うのなら、そいつらにへそがないことを証明しょうめいしてくれ」


四万吉にそうめられると、浮浪者はだまみ、そのを立ちりました。


 周囲しゅういにはいつの間にか人だかりができていて、息をんで見ていた大人たちが「たいした小童こわっぱだ」と喝采かっさいしました。


 その問答もんどう様子ようす家臣かしんからつたえ聞いたお殿様とのさまから、四万吉と父親はおしろばれることになりました。



 お殿様と直接ちょくせつ相識そうしきがない父親はたいそうおどろき、口が達者たっしゃ生意気なまいきな四万吉が城下で何をしでかしたのかと、あおくなりました。

恐怖きょうふちぢみあがった父親と、緊張きんちょうで固まっている四万吉を前にして、お殿様は


「お前のせがれはへそで異教いきょうおしえを退しりぞけた。大したわっぱだ」とおめになり、藩医はんいもと本草学ほんぞうがくまなぶことをすすめてくださいました。


 この四万吉、あふれんばかりの好奇心こうきしんは大人になってもとどまることなく、多彩たさい方面ほうめん博識はくしきぶりを発揮はっきしました。


平賀源内ひらがげんないというで、後世こうせいまで知られております。

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