後編
山上君はいました。
私が手紙を送ってから数日後。再び来た彼からの手紙にはこれだけが書いてあった。
何か背筋にうすら寒いものを感じた私は、彼の住む地域の地方紙を見てみる事にした。
……なんてことだ。手紙の届く一日前の夕刊には数日前、小学生が車に撥ねられて死亡し、現在身元の確認が行われているとの記事が載っていた。翌日の朝刊も見れば小学生の名前まで分かったのだろうが、私にはそれをする勇気は無かった。
それと同時に、私が手紙を受け取った時からわずかに感じていた既視感の正体についても思い当たる。手紙に書いてあった地名に何か聞き覚えがあると思ったが、たしか十数年前、その地域にある霊山について取材に行ったのだった。
当時の資料を引っ張り出して確認してみる。間違いない。手紙の送り主が住んでいた町は、十数年前に私が霊山取材のために宿泊していた場所だった。死者と生者を繋ぐ黄泉に最も近い山―—そんな触れ込みに惹かれ、当時の私はそこを訪れたはずだ。
オカルトに関する話が好きだと語っていた彼が地元の霊山について知らなかったわけがない。おそらくもっと効力を高めるためにと、彼はその霊山に赴いたのだろう。
山の麓についた彼は、私の言ったように目を閉じて手を合わせて山上君に謝罪したに違いない。そうして禊をすませたと思った彼は目を開ける。すると目の前に広がる緑の中、真っ白な顔が彼を覗いている事に気づいた。いかなる表情も読み取れないその顔に向かって、彼は「山上君!」と叫ぶ。しかしそれは何も応えず、ただ踵を返して山の中に入っていく。
少年は動揺するだろう。山上君に自分の気持ちは届いたのではなかったのか。当惑に支配されたまま、少年は山に向かってその一歩を踏み出す……いや、これは全て私の想像にすぎない。本当に山の中に入っていったのか。入っていったとしたら、そこで何を見たのか。それが明らかになる事はもうないだろう。何が起こったのか唯一知る少年は、すでにこの世にいないのだから。
いや、ここには自殺とは書いていない。私が深読みしすぎているだけで、不幸な事故という事も十分あり得るだろう。
……そう思っているのならなぜ、私はこれ以上調べる事をしないのだろう。なぜ、霊山についての資料をシュレッダーにかけたのだろう。
この出来事について反復するたび、喉に刺さった小骨のように繰り返し小さな痛みが走る。
あの時、山に行けといったのはなぜだ。頭の奥底に眠っていた霊山に関する記憶が想起され、無意識のうちに私の筆を動かしたのか?
いや、山岳信仰というものはメジャーだ。少しでも話の信憑性を増すため、古式然とした要素を取り入れるのは不自然でも何でもない。第一私は近くの山と言ったのだ。あの霊山は周辺の町から少し離れたところにあったはず。そこに少年が行ったのは私の責任ではない。
だが、私は疑念を払拭する事ができない。罪悪感を完全に否定する事ができない。何度振り払っても、逃れようとしても、彼らはいつの間にかすぐ後ろでニヤニヤと笑っている。
私の頭を悩ませているのはそれだけではない。人の集まる場所で私は奇妙なものを見るようになった。変な子供がこちらを見ているのだ。顔や服装、背丈は見る度に変わっている気がする。共通しているのは真っ白な肌と手の甲を合わせた妙な姿勢だ。
まったく、馬鹿馬鹿しいと私は大きな声で笑ってみせる。今の仕事が一段落したら、リゾート地にバカンスにでも行こう。一週間も疲れを癒せば、こんな幻覚も消えるはずだ。
……馴染みの霊能者から、久しぶりに食事でもどうかという連絡が来た。果たしてその誘いを受けるべきかどうか、私は非常に悩んでいる。
<了>
ノロイを鳴らす 白木錘角 @subtlemea2
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