第24話 お話

「厨二病だった頃の黒歴史ね……必殺技とか、考えていたの?」

「うん、まあ……」

「なんて名前の必殺技?」

「ダークカイザーバレット……」

「キツイわね」

「うわぁぁああ!!」


 僕は頭を抱える。

 中学生だった頃の僕に会えるなら、目を覚まさせてやりたい。


「黒歴史ノートもいずれ、見させてもらうわね」


 黒歴史ノートには、当時僕が考えた必殺技や武器、敵組織の設定が盛り沢山だ。


 誰かに見られることなく、墓場まで持っていく秘密のつもりだった。

 すでに美織に見つかっているんだけど、これで新たにあのノートの存在を知る人が、この世に増える。


 悪夢だ。


「こうやって、私が新世と出会う前のことを知れるのは、いいわね」

「あんまり、知られたくない一面なんだけどね……」

「私は、新世の黒歴史であろうと、知りたいわ。だって、まだまだ新世のこと、私は知らないから」

「……そっか」


 いい話風に纏まったけど、だからといって、僕の黒歴史を知る必要はあるんだろうか?


「さて、次はクレーンゲームをしましょう」

「おっけー」


 怜奈はクレーンゲームがあるコーナーへと、僕の手を引いて連れていく。


「へえ……いろんな景品があるのね」


 ぬいぐるみやフィギュア、お菓子が景品のものまで。

 以前、日用品が景品になっているクレーンゲームを見たことがある。

 柔軟剤とか、主婦以外はやらないと思われるようなクレーンゲームだった。


 怜奈が選んだのは、クマらしき動物のぬいぐるみが景品のクレーンゲームだ。


「この子、かわいいと思わない?」

「……そうかな?」

「あら、こういう時は、空気を読まないのね」

「いや、だって、歯茎が剥き出しになったクマのぬいぐるみは、かわいいというより、怖いでしょ」


 そのぬいぐるみは、今にも他の動物を捕食しそうな勢いの、鬼の形相を浮かべていた。目は白眼で、口元には涎を垂らし、長い舌を出している。


「必死に生きていそうなところがかわいいんじゃない?」

「な、なるほど……」


 その感性はわからん。

 多分、このクマらしき生き物に食べられる小動物の方が可愛いと思う。


「とにかく、私はあれが欲しいの。取ってくれるかしら? 私のかっこいい彼氏さん?」

「うん、任せといて」


 僕はクレーンゲームが得意だ。

 小学生の時、美織にウサギのぬいぐるみをとって欲しいとせがまれて、クレーンゲームに挑戦してからというもの、やる度に腕を上げていった。

 莉愛とデートする際も、僕が景品を取りまくってあげていた。

 ひよりちゃんの誕生日に、クレーンゲームで手に入れた大量のぬいぐるみをプレゼントしたこともある。


 僕は手慣れた手つきで、ボタンを操作し、一発でクマらしき動物のぬいぐるみを手に入れた。


 手のひらサイズのクマの人形を、僕はドヤ顔で怜奈に渡す。

 しかし、怜奈は複雑な表情を浮かべていた。


「……つまらないわ」

「え?」

「少しは苦戦しなさいよ。かっこいいけど、私は試行錯誤する新世が見たかったの」

「そんな理不尽な」


 でも、あっさりクレーンゲームで景品を取られると、興が冷めるというのはわかる。


 惜しい! とか、あとちょっとだったのに! みたいなやり取りを友達とするのが、クレーンゲームなのだ。


 僕は機械的に景品を取るような、悲しきクレーンゲームのモンスターになってしまった。 


「今度は私がやるわ。新世、何か欲しいものはない?」


 怜奈はそう言いながら、肩にかけていたショルダーバッグの中に、ぬいぐるみを仕舞った。


「あえて言うなら……怜奈が欲しい」

「もう私は新世のものよ。バカ言ってないで、真面目に答えなさい」

「うーん……欲しいものか……あ、あのイルカのぬいぐるみが欲しい」

「いいわよ、私に任せて」


 水色カラーのイルカのぬいぐるみ、これはかわいい。

 僕は動物の中で、イルカが一番好きだ。

 子供の頃、イルカショーを観て、感動したからだ。


 利口で、愛らしい、海の妖精だ。


「イルカはね、新陳代謝を繰り返し行なっているから、二時間に一回は皮膚が入れ替わっているのよ」

「えっ、そうなの!? お肌ツルツルじゃん!」

「女としては、羨ましい限りね」

「怜奈の肌も、ツルツルしてて綺麗だよ」

「ふふ、ありがとう」


 怜奈は僕に雑学を披露しながら、クレーンゲームに挑む。

 さて、怜奈のイルカに対する雑学知識が尽きるのが先か、クレーンゲームにかける資金が尽きるのが先か、それとも景品を取るのが先か……


 想像していたカップルのクレーンゲームとは違うけど、これはこれで面白い。


 怜奈は何度か挑戦して、クレーンゲームのコツを掴んだようだった。

 次には、取れそうだ。


「……それで、イルカはね、尾鰭から赤ちゃんが生まれてくるの」

「尾鰭から……へぇ〜……」

「私たちも、欲しいわね、赤ちゃん」

「えっ!?」 

「冗談よ。さすがに、この歳で妊娠するわけにはいかないわ」


 怜奈は苦笑しながら、かぶりを振った。


「ほら、取れたわよ。未来のお父さん?」


 怜奈はそう言って、僕にイルカのぬいぐるみを手渡してきた。


「あ、ありがとう……」


 顔が熱い。怜奈を見ると、ドキドキする。

 怜奈は、顔を真っ赤にしている僕を見て、くすくすと笑っている。

 大人の余裕だな。


「次は、どうしようかしら?」

「れ、レースゲームをしようよ。ほら、あのマリコカートってやつ」

「いいわよ」


 世界的大人気レースゲーム、マリコカート。

 レーシングカーのようなコックピットでゲーム内の車を操縦し、順位を争う。


 僕はサッカー部の友達と何度もこれで対戦しているけど、負けた試しがない。

 怜奈はマリコカートをやるのは初めてだろうし、この勝負、もらったな。


「今回も、負けた方に罰ゲームを課そうかしら?」

「いや、僕は経験者でハンデがあるから、いいよ」

「……私を舐めないで欲しいわね。こんなの、ただの車の運転でしょ? 簡単よ」

「簡単って……怜奈はまだ17なんだから、車の運転なんてしたことないでしょ」

「未来の私は、きっと車の免許を手に入れて、新世をいろんなところへ連れ回しているわ。そして、未来の私ができることを、今の私ができない道理はないのよ」

「すごい自信だな……」

「だから、負けたら罰ゲームよ」

「わかったよ。でも、後悔しないでね?」


 そんなこんなで始まった、マリコカート。

 怜奈には事前に教えておいたが、このゲームには、様々なギミックがある。

 

 通過すると加速する床や、対戦相手を妨害するアイテム。

 車の運転技術が高くても、ある程度の運要素が絡んでくるのだ。


 僕らは席につき、お金を入れて、ゲームスタートした。

 ファンファーレと共に、レースがはじまる。


 怜奈のハンドル捌きは、見事だった。

 本当に、はじめてマリコカートをするのか疑う程だった。


 しかし、怜奈は他のレースゲームにはない妨害要素に苦戦させられ、結果は僕の圧勝。


「やったー! 勝ったぁ!」

「くっ……屈辱だわ」

「そういえば、罰ゲームの内容を考えていなかったな……どうしよう?」

「罰ゲームを受ける私に聞かないでくれるかしら?」

「それもそっか……うーん……じゃあ、怜奈の黒歴史を聞かせてくれる?」


 僕の漆黒に染まった黒歴史を怜奈は知ったんだ。

 逆に、怜奈の黒歴史を知りたい。


 案外、僕と似たような黒歴史かもしれない。

 

「黒歴史? そんなもの、私にはないわよ。いつも後悔しない選択をしているから」

「えっ、それなら……さっきのエアホッケーに怜奈が負けた場合って……」

「勝つ自信しかなかったから、勝負を持ちかけたに決まってるじゃない?」


 怜奈は平然と言って退けた。

 この自信満々な姿は、見ていて清々しいし、かっこいい。


「でもそうね、あえて黒歴史があるとするなら……小中学校と、一人も友達がいなかったことかしら」

「そ、そうだったの?」

「休み時間は、ずっと、ひとりで本を読んでいたわ。他人に興味が持てなかったから、友達なんてできなかった。高校に上がってからも、一年の夏休みが終わるまでは、同じだったんだけど……どこかの誰かさんのお陰で、人に興味が持てるようになったわ」


 怜奈は照れ臭そうに笑った。


「話の流れ的に、怜奈にも友達ができたの? 合コンに一緒に参加した田中さんとか」

「田中さんは友達じゃないわよ。合コンにどうしても参加して欲しいと、田中さんに土下座されたから、渋々承諾しただけで……」


 田中さん、翔の為に、土下座までしてたんだ。


「私、友達は一人もできなかったわよ」

「できなかったんかい!」

「だって、私が興味を持ったのは新世だけで、新世は友達じゃなくて恋人なのだから」

「そういうこと……」


 怜奈に沢山の友達ができることを願おう。


 その後も、怜奈といろいろなゲームで遊びながら、いろんなことを話した。

 怜奈との距離が、ますます縮まった気がした。

 

「最後に、プリクラでも撮ろうか」


 僕と怜奈はプリ機に入る。


『好きなポーズを取ってね!』


「ポーズって……どんなポーズを取ればいいのかしら?」

「ピースとか? 自分がこれだって思うポーズを取ればいいんだよ」

「……わかったわ。早速撮りましょう」


 僕は無難にピースした。

 怜奈と肩を寄せ合い、シャッターが降りるのを待つ。


『はい、チーズ!』


 ちゅっ、という音が、シャッター音が鳴るのと同時に、僕の頬っぺたでした。

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