第23話 デート日和

 怜奈とのデート日、天気は快晴だった。

 まさしく、デート日和といったところか。


 普段はボサボサのままで放っておいている髪型を整え、いい匂いのする香水をそれとなく香る程度に体にかけ、万全の準備で家を出た。


 デートの待ち合わせ場所は、犬の石像が置かれてある、地元の有名スポット。

 同じ高校のカップルたちは、ここでよく待ち合わせするらしい。


 莉愛と付き合っていた頃は、なにぶん家が近かったので、どちらかの家で合流していたから、二人で決めた場所で待ち合わせをするというのは新鮮だ。


「お待たせ、新世」

「おお……綺麗だ……」


 はにかんだような笑顔を見せながら、待ち合わせ場所に姿を表した怜奈は、黒のワンピース姿だった。

 ほっそりとした白い肩が剥き出しになっており、開けた胸元から大きな柔肉が顔を覗かせている。

 今日の怜奈は、いつにも増して、落ち着いた大人の女性に見えた。


「本当に、あり得ないほど綺麗だな……」


 思わず漏れ出た、素直な感想だった。

 

「女優さんみたいというか、なんというか……」

「も、もう、それぐらいでいいわよ。それより、行きましょう」

 

 怜奈は照れ臭そうに笑いながら、僕の手を握った。



⭐︎



 僕がデート場所に選んだのは、市内にある繁華街だった。

 ここには、ゲームセンターや映画館、お洒落なカフェや洋服店など、まあとにかくいろいろある。


 お互いの気分に合わせて、行き先を選択できるから、はじめてのデートで失敗しにくい。

 と、莉愛と人生初デートをするときに、翔からアドバイスを貰ったことがある。


 今回のデート、メインは映画鑑賞だ。

 怜奈が見たい映画があるとのことだったので、二人で見ることにした。

 映画が始まるのは昼過ぎなので、それまでいろんなお店を回る予定だ。


「最近、また胸が大きくなってきたのよね。肩が凝って、仕方ないわ」


 今でも十分に大きいのに、まだ大きくなるのか。

 そういえば、怜奈の胸って、何カップぐらいあるのかな?

 Fは余裕でありそうだけど……


「マッサージ店にでも行く?」

「いいえ。新世以外の人間に、私の体を触らせはしないわ」


 僕が勧めようと思ったマッサージ店は、マッサージ師が女性のお店なんだけど、それでも怜奈は嫌がりそうだ。


「それより私は、新しい下着が買いたいのよ」

「……へ? し、下着? それは……」

「何よ、私の下着を選んでくれないの?」


 怜奈の下着を選びたい気持ちはある。

 下着に限らず、自分が選んだ服などを彼女が着てくれると、それだけで幸せな気持ちになれるからだ。


「い、いや、自分好みの下着を着てくれるなら、これ以上に嬉しいことはないんだけど……」

 

 しかし、しかしだ。

 彼女の下着を選ぶということは、僕はランジェリーショップに足を踏み入れなければいけない。


 ランジェリーショップに行くのは、莉愛の付き添いで何度かあるけど、未だに慣れない。

 むしろ、慣れたら終わりだと思っている。

 彼女連れとはいえ、男の僕に取って、あそこはかなり居心地が悪いのだ。


 他の女性客とすれ違う度に、謎の汗をかいてしまう。


 とはいえ、自分が恥ずかしいからといって、断るわけにはいかない。


「だったら、改めてお願いしようかしら。新世好みの下着というのが、どんなものか気になるわ」

「う、うん……任せて」


 ということで、やって来ました、ランジェリーショップ。

 ここでもし、知り合いの女子にでも会えば、僕の心臓は止まることだろう。


 僕は挙動不審になりながらも、店内に入っていく。

 僕以外には、女性客しかいない。

 店員さんも女性。

 完全にアウェーで、肩身が狭い。


 すぐに選んでしまいたいけど、莉愛にベビードールを選んだ時に、若干失望された経験があるので、じっくりと選ぼう。


 女性用下着というのは、本当にたくさん種類がある。

 どんな名称がついているのか、僕にはさっぱりわからない。


「……」

「……頼んでおいて、こんなことを言うのもなんだけれど、彼氏が女性用下着を真剣に見つめているというのは、なかなか複雑な気持ちになるものね」

「だったら、頼まないでよ!」

「ふふ、顔が真っ赤よ、新世」

「そりゃ、恥ずかしくて、顔が真っ赤にもなるよ……」


 僕は文句を言いながらも、続けて真剣に探した。

 そんな時、ひとつの商品が目に止まった。


「僕って、やっぱりこれが好きなのかな……」

「決まったの? だったら、試着してみようかしら」


 僕が決めた下着を手に、怜奈は試着室に入っていく。

 やがて、するすると服を脱ぐ音が聞こえてきた。

 

 この裏で、怜奈が着替えていると考えると、やはりドキドキする。

 見えるより、見えない方が想像を掻き立てるので、余計に緊張するのだ。

 

 仕切りのカーテンが開き、僕が選んだ下着を身につけた怜奈がそこには立っていた。


 僕が選んだのは、黒のベビードールだ。


 お腹を覆う部分の生地が透けていて、前開きになっているデザイン。

 ひらひらとした裾が、女の子っぽくて可愛らしい。


「……似合うかしら?」

「……めっちゃ似合ってるよ……その、なんていうか……」

「エロい?」

「うん、エロい」


 透けた生地の下に見える白い肌、可愛らしいおへそ。

 Tバックショーツからはみ出た小ぶりなお尻と、蠱惑的な太もも。


 何をとっても、エロい。

 

「でも、ベビードールって、普段使いできるものじゃないのよね」

「……そうなの?」

「当たり前でしょ。こんなエロい下着を着て、学校に行けるわけないじゃない。これを選ぶ男は、童貞と呼ばれてもおかしくないわよ。欲望丸出しだもの」

「……マジっすか……」


 過去に、莉愛に童貞と煽られた理由が今わかった。

 それにしたって、あの時説明してくれてもよかったのに。

 

「まあ、気に入ったのなら、勝負着はこれにしてあげるわよ」

「……ぜひ、お願いします……」


 会計を済ませ、僕らは店を出た。

 結局、怜奈は白のベビードールも買った。

 

『どうせ、椎名さんには白のベビードールを選んだんでしょ?』と言いながら、手に取っていたので、謎の対抗心を燃やしたのかもしれない。


「次は、新世が行きたい場所を選んでいいわよ」

「じゃあ……お昼まで時間があるし、高校生らしく、ゲーセンに行かない?」

「ゲームセンター……いいわね」


 怜奈はゲームセンターに行ったことがないとのことだった。

 つまり、僕のゲームテクニックを披露することができる。

 ここで、彼氏として、かっこいいところを怜奈に見せるんだ。


 怜奈が興味を示したのは、エアホッケーだった。

 

 ゲーセンといっても、こういった体を動かす、スポーツ系の物もある。

 ゲームに不慣れな人でも、手軽にできるだろう。


「負けた方が、罰ゲームね」

「いいよ、何にする?」

「そうね、負けた方は、誰にも知られたくない黒歴史を披露するというのはどうかしら?」

「……勘弁してくれませんか?」


 僕には、中学時代に、漆黒の闇に染まっていた黒歴史がある。

 当時僕が思い描いた、黒歴史を詰め込んだノート──厨二病ノートは、妹の美織が家宝のように大事に、僕の許可なく保管している。


 あれを見られるぐらいなら、知られるぐらいなら、死んだ方がマシだ。


「そう言われると、ますます気になるわね」

 

 怜奈の光り輝いた目を見ると、この勝負から逃げることはできなさそうだ。

 僕はこれでも、サッカー部に所属している。

 運動ができる方の人間だ。

 

 でも、怜奈も運動神経は抜群だ。

 去年の体育祭で、怜奈が出場した女子リレー。

 アンカーだった怜奈は最下位だったのに、ごぼう抜きして、一位でゴールした。


 あの走りは、なかなかに見事なものだった。

 体育祭終了後、陸上部の部長と顧問が揃って、怜奈をスカウトしに行った話は有名だ。


 怜奈は首を縦には降らなかったみたいだが。


 マレットという、パックを打つ道具を手に持ち、試合がはじまった。

 

「それっ!」


 僕は壁に当てパックを跳ね返させ、変化球を放つ。


「ふん、小賢しい真似を」


 どこぞの悪役みたいなセリフを吐きながら、怜奈は冷静にパックを受け止めた。

 結構勢いよく、打ったつもりなんだけどな……簡単に止められた。


「食らいなさい、新世」

「かかって──はっ!?」


 怜奈が放ったパックは、目にも止まらぬ速さで、僕のゴールに入っていった。


「早すぎる……」

「私、エアホッケーというのははじめてだけれど、案外簡単なのね。それとも、新世が下手なだけかしら?」

「くっ! 言わせておけば……!」


 ムキになった僕は、全力で怜奈に立ち向かう。

 数分後──


「はあ……はあ……つ、強すぎる……!」


 結果は、僕の惨敗だった。

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