第22話 新たな修羅場
テスト結果の発表日は、いつも緊張する。
テスト勉強なんてしていなかった頃は、ほとんど緊張していなかったのに、勉強に真面目に取り組むようになった今ほど、結果が気になるのだ。
それに今回は、怜奈からのご褒美の有無もかかっている。
僕はすでに、勝った時にどんなご褒美をもらうか決めている。
あとは、学年一位の怜奈に勝てるかどうかだ。
答案用紙はすでに配られており、自分の合計点数はわかっている。
あとは、学年順位が何位か、それだけだ。
僕は、二年生期末テストの順位表が貼られる掲示板まで、怜奈と共にやって来た。
「学年一位は……」
僕は下から視線を這わせていき、ゆっくりと上位に向けて目線を上げていく。
十位までに自分の名前も、怜奈の名前もない。
僕は一気に、一位と二位の名前を見た。
「あ、旭岡新世……一位……」
「おめでとう、新世」
「や、やったー!!」
一位、僕。二位、怜奈という結果だった。
僕はこれまで、一位を取ったことが当然ない。
最下位の一位なら何度取ったかわからないけど。
「でも、悔しいわね。私が負けるなんて」
「怜奈が僕に付きっきりで教えてくれたお陰だよ」
「……というより、私は今回、恋人ができたことで浮かれていて、勉強に身が入っていなかったのかもしれないわね。ああ、これはもちろん、負け惜しみよ」
「怜奈も負け惜しみなんて言うんだね」
「新世が椎名さんの彼氏だった時は、心の中では、椎名さんに対する負け惜しみだらけだったわよ」
怜奈は苦笑いを浮かべる。
僕があずかり知らないところで、怜奈は悶々とした日々を送っていたようだ。
「旭岡先輩、学年一位、おめでとうございます!」
そらが、笑顔で手を振りながらやって来た。
「お、ありがとう。そらは、今回のテストどうだった?」
「私も一位でしたよ〜。一緒ですね!」
兄の翔の名前はかなり下の方にあったけど、妹は優秀なんだな。
翔は赤点二つとってるみたいだから、夏休みは補修と部活で忙しいだろうな。
サッカー部は合宿もあるけど、まともな休みはあるんだろうか?
「旭岡先輩、私、何かご褒美が欲しいんですけど?」
「ご褒美? 翔に頼めばいいじゃん」
「お兄ちゃんには、ゲーム機を買ってもらうことになってるので!」
翔のバイト代が、そらのご褒美で吹き飛びそうだな。
でも、翔はシスコンなので、喜んでお金を出しそう。
「……僕は、そんな高価なもの、買ってあげられないぞ」
「私はそこまで現金な女じゃないですよ。私が欲しいのは、先輩ですから!」
「……は?」と言ったのは、隣に立っていた怜奈だ。
一方、僕は絶句していた。
彼女がいる前で、何を言ってるんだ、この小悪魔は?
「旭岡先輩、私と付き合ってくれませんか?」
そんな僕の心情などお構いなく、そらは確信的なことを言ってくる。
もはや取り繕うことのできない、直球の告白だった。
「小鳥遊さん、彼女の私がいる前で、よくも堂々とそんなことが言えたわね?」
「だって、旭岡先輩は、双葉先輩のことが好きじゃないのに、付き合い始めたんですよね? それって、付き合ってるって言えるんですか?」
「言えるわよ。そもそも、今の新世が私のことをどう思っているかなんて、どうしてあなたにわかるの? 新世の口から、私のことを好きじゃないとでも聞いたのかしら?」
「聞かなくてもわかりますよ。だって、椎名先輩と付き合ってる時の旭岡先輩の方が、イキイキしてましたから」
そらの反論を聞いた怜奈は、不安げに僕の顔を見てきた。
今となっては、莉愛と付き合っていたのが遠い昔のように感じられる。
あの頃は、毎日が楽しかった。
莉愛と一緒に過ごした時間は、輝いていた。
でも、それとは違う輝きと楽しさが、怜奈と過ごす時間にも確かにある。
「僕は、怜奈と付き合っている今も楽しいよ」
「昔と今だと、今の方が楽しいですか?」
「……うん」
「らしいですよ? 椎名先輩?」
「え……?」
僕と怜奈が振り返ると、後ろに莉愛が立っていた。
場の空気が凍りつく。
莉愛は僕の顔を見ると、少し悲しそうな表情をしたが、すぐに真顔になった。
「……」
「さて、椎名先輩がいると旭岡先輩が理解した上で、もう一度聞きます。さっきの話は、本当ですか?」
そらは、意地の悪い顔をした。
小悪魔なんかじゃない、悪魔の顔だ。
そんなことを聞いて、何になる?
莉愛が余計に傷つくだけだ。
でも、僕は引き下がるわけにはいかない。
「……本当だよ」
「……ふーん……そうですか……」
そらは、途端に興味を失ったような声を出すと、「じゃあ、もういいです」と言って、立ち去って行った。
僕は唖然として、そらの後ろ姿を見送った。
「……なんなのよ、あの子」
いつも冷静な怜奈が珍しく苛立った声を出し、僕は少し驚いたが、それよりも……
「ごめん、莉愛。いくらなんでも、比べるようなことじゃないとは思ったんだけど……」
あんな理由で別れたとはいえ、莉愛と過ごした時間の中に、楽しかった思い出がないわけじゃない。
心の底から、人生で最高の気分だと思ったことは何度もある。
莉愛だって、僕に幸せをもたらせてくれた存在には違いないのだ。
「いいよ、別に。あんなこと言われたら、誰だって、新世みたいに答えるだろうし……」
「本当のことだろうしね」と、莉愛は覇気のない声で言った。
「……莉愛……」
「そんなことより新世、だから言ったでしょ? そらちゃんには、気をつけなさいって」
気をつけろも何も、突然防御不可能な攻撃を食らった気分だ。
まさか、あんな大胆な行動に出るとは思わなかった。
「どうして莉愛は、そらに気をつけた方がいいと思ったの?」
「私は前から、そらちゃんが新世のことを好きなのは知ってたからね」
「そうだったんだ……」
「そらちゃんが新世を図書室に連れて来たのも、どうせ私に見せつけたかったんだと思うよ。この前までは、私は新世を独占してたのに、今では不用意に近づくこともできなくなった私を憐れむように」
「……そういうものなの?」
「女って、そういうものだから」
同じ女性にしかわからない感覚なんだろう。
僕には、さっぱりその感情がわからない。
女って、怖いな。
「そろそろ、私も行くね。あ、新世、学年一位おめでとう」
「うん……ありがとう」
「じゃあ、またね」
莉愛も立ち去り、僕と怜奈の二人っきりになった。
「……ご褒美、どうするつもりなの?」
「え?」
「だから、私に勝ったご褒美よ。もしかして、私のご褒美は、いらないのかしら?」
怜奈は拗ねたように、顔を背ける。
「いりますいります! すごく欲しいです!」
「あら、そう? それなら、何が欲しいか、言ってみなさい」
「怜奈と、デートがしたいです」
「……そんなことでいいの? デートなんて、恋人なのだから、いつだってしてあげるわよ」
「いや、二人にとっての特別なデートにしたいから」
「わかったわ。そこまで言うなら、デートの日を楽しみにしているわ」
怜奈は嬉しそうに微笑んだ。
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