スターゲイザー

高黄森哉

ある大学生

 窓を開けると蚊が侵入してくる。線の細い茶色の昆虫。こうなるならば、照明を落としておくべきだったと後悔。開け放された窓から身を乗り出す。二階の窓、もし落ちても屋根がある。だから、めいっぱいに乗り出せる。それでも天の川は見えなかった。角度の問題ではかったようだ。

 

 今日は曇天だった。今回の七夕も雲に邪魔されて見えなかった。そんなものか、と自分は席に戻る。最後に天の川を見たのはいつだっただろう。小学生の前半期の記憶が最古だろうか。


 毎回、曇っていたわけではないに決まっている。そんな意地悪なことはないはずだ。こんなに天の川銀河を見ていないのは、自分のせいだ。見えなかったのではなく、今まで、みようとしなかっただけだった。


 誰かに気づかされるということもなかった。そう言った交友関係は長い間、ご無沙汰なのだ。そもそも論として、七夕を気に掛ける素敵な人は同学年にいない。いつか会えるのだろうか。


 幸せ、ささやかな幸せ。例えばアンドロメダ銀河を眺めるような幸せ。やってこないのだろうか。自分の世界には、七夕の空みたいな雲がかかり続けていて、幸せは己の元に届かないのだろうか。幸福など、まるで雲の上の存在だ。


 ああ、頭上で幸福がぐるぐると渦巻いている。光輪のようだ。回る光輪だ。いや、鳴門か。もしくはメイルストローム。海ほたるを殺して青く輝く大渦だ。でも、もっといい例えがある。ほら、それは天の川銀河。


 呟くように思い出す、最初の創作物の最後。


『トンネルを抜けると、そこは雪国であった。ライトに照らされた範囲。その空中にボタン雪が、海に漂うゴミのよう。並走するのは深海魚、夜空に輝く提灯アンコウ。さらに浮上で尾を引く気泡、巨大なウミガメ嘴ひらけ。甲羅の縁から天の川で、それはそれは、絶景だった』


 そんなわけあるか現実を見ろ自分。繰り返しの日々でおかしくなるな。正気を保て自分。物語なんて狂気の産物。な、そうだろ、くそ。出来る限りメタフィクションで否定しろ、物語の意味を。いや、そんなものはサタイアだろうな。結局、堂々巡り。結局、超虚構論とて、虚構を脱しないのだろ。ならどうすればいいんだ。人生は無意味なのか。ならナンセンスか、それともシュールレアリスムか。人生の名を借りたダダか。いかんいかん、筋だってない思考は夢のようだ。まだ寝ていないぞ。


 いま、十時半とちょっと。これから粘ってみようと思う。幸せの方角は、今日も分からないまま。でも何となく、机の上にある窓を開ければ見える気がする。風が吹き雲が退き夜空が見える、すなわち全ては風向き次第。見えない星を眺め続ける。





 道を歩く親子がぽつり、


「ねえパパ見て見て、あの人、今日も星を見てるね」

「ああ、首をつってるんじゃないかな。なんてね」


 彼等は虚構の住人。役目を終えてふと消える。




 ああなんと、シニカルで荒涼とした自傷行為。ストーリーの氾濫が、我を狂気に呼び戻す。内側に逃げ込んでいく。真っ黒で引き返せない。これは、目に見えない若者の叫び。人生桜花、破戒旋律、即物宣言、魯鈍哲学。そして見える見えるぞ。曇天に浮かぶ、星達の叫びスターズ・スクリーム

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スターゲイザー 高黄森哉 @kamikawa2001

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