第4話 アレはナンパで横取りで


「で?で?それからどうしたんですか、里沙りさ先輩!」

 「え、どう、って?法子のりこちゃん、こんな話聞いてて楽しい?」

 「勿論です!本橋さんとの馴れ初めですよね!」

 「……あたしも本橋さんだけど」

 「先輩、天然記念物だったんですね」

 「は?天然記念物?」

 「そうなんだよ。法子ちゃん、コイツ、ナンパされてるのも分からなかったし、俺が横取りしたのにも気付いてなかったんだよ」

 「ちょっと和弥くん、あの時は偶然が重なってねえ……和弥くんもお店の人かと思ったんだもの!」

 「先輩……焼きそばを運んでくれる売り子なんて聞いたことないですよぅ」

 「法子、お前だって似たようなところあるだろう」

 「何よ、ウソつき茂生しげおは黙っててよ」

 「まあまあ、法子ちゃん、俺たちの結婚祝にわざわざ茂生くんと来てくれたんだからケンカしないで。それより、法子ちゃんも来年大学を卒業したら、杉崎の支社に就職するんでしょう。ウチの奴を宜しくお願いしますね。ね、茂生くんも」

 「そんな。宜しくお願いしますとはこちらの方です。法子を宜しくお願いします。ビシビシ鍛えてください」

 「ちょっと茂生っ、私,まだ、茂生の……っ」

 「やだ、法子ちゃん顔が真っ赤じゃない!」

 「だって先輩ぃ……」

 

 あの時、夏祭りの屋台で知り合った二人は、ひと月後に同じバイト先で偶然再会を果たした。

 本橋和弥の実家は父と父の弟とで小さな会社を経営している。いずれは和弥が後継になる。大学生の内に社会勉強として使われる身を覚え、社会に出たならば自社とは異なる場所で学び取れるものは学んで来い、それから他人を雇用する心構えや会社を回していく技量をや度量を磨きなさい、と家訓を言い渡されていた。

 不思議なことに、好きな人が出来て結婚を考えたのならば早く連れて来なさい、早めに身を固めなさい、と、選んだお相手の条件や背景には無条件のようだった。

 そしていざ、彼女里沙を両親に紹介すると、認める代わりに数年でよいので、里沙に他社へ就職して来て欲しいと告げられたのだった。

 未来の社長夫人として専業主婦にでもなるのかと思っていた二人は、出鼻をくじかれたかのようにも思ったが、いきなり共働き夫婦になることは楽しみでもあった。里沙とは同じバイト仲間として働いた経験が何度かあり、価値観や性格が一致することがお互いに分かっていたので、子供を持つ前にがっつり働くことは二人にとって願ったり叶ったりであったのだ。

 二人が婚約した年の翌年、里沙の大学で同じサークル仲間の後輩が、偶然和弥の父方の従兄弟の彼女だったということがアクシデントの後に発覚した。

 そしてその後の和弥と里沙を巻き込んだ大規模な痴話喧嘩の末に、茂生の父が経営している杉崎商事(株)支社へ里沙の就職が決まり、翌年は法子が、またその翌年は茂生が杉崎へ入社することが決定されたのだった。

 その上和弥は自社に就職しておきながら、修行という形で杉崎へ入社する予定になったと言うのだ。

 全ては社長の椅子に座ることに消極的な茂生を危ぶみ、父と父の兄である和弥の父とが考えた企み……試案であった。

 法子もその試案に巻き込まれた。茂生よりひとつ年上の彼女は、茂生からプロポーズを受ける前に茂生の父がしゃしゃり出て来て、将来は息子の右腕として行動して欲しい、と頼みに来たのであった。それまで法子は茂生の実家は「商店」だと聞かされていて、会社を経営していることなど知らなかった。

 四名が巻き込まれた紆余曲折の後に、里沙が大学を卒業と同時に和弥と入籍し旧姓のまま杉崎へ就職、法子は就職活動を行わない代わりにダブルスクールへ通って経営面の触りを学ぶことになった。

 二年後は茂生が大学を卒業して杉崎へ入社する。里沙、法子、時期未定で和弥が修行と言う名の元に茂生のサポートに回るのである。

 現在は法子は茂生の婚約者という立場にある。アクシデントの後に正式に茂生からプロポーズを受けた。

 しかし茂生は既に法子が自分の所有物のような発言をしていることが多々あるので、法子は頭にくるやら嬉しいやらで複雑な心境なのであった。


 「私、茂生のモノじゃないもの……」

 「え、別にそんなこと思ってないよ。言葉のあやで」

 「そんなことより先輩、でひとり暮らしをされるのですか?新婚ホヤホヤなのに?」

 茂生を無視して法子は里沙に尋ねる。茂生は僅かにふて腐れている。

 「あー、うん。今までとそんなに変わらないみたいね。和弥くんは本橋に入社したでしょ、私は杉崎へ入社したからちょっと離れているし通勤は本橋からじゃ無理だからね」

 「なんか申し訳ないですね」

 茂生が気の毒そうな顔をする。

 「大丈夫だよ。おじさんに給料とか色を付けて貰ってるし、このアパートだって社宅扱いだし。通い婚だと思えば新鮮で」

 「ちょっと和弥くん、何言ってるのよ」

 「先輩、まだ『和弥くん』なんですね」

 「えっ?あっ、そうね。だってまだ入籍したばかりだし……」

 「里沙、俺が傍にいないからと言って、ホイホイとナンパなんかされるなよ?」

 里沙を除く三人がぷっと吹いた。

 「ナンパなんかされるわけないでしょーが!」

 「和弥さん、心配されるのは良く分かります。里沙さんは結婚指輪を外してますからね」

 「ああ、でも里沙ならば大丈夫かな。ナンパされても全然気付かないからな」

 「失礼ね!あたしだってナンパくらいされ……あれ?」

 「和弥さん、来年は私が杉崎へ行きますから、私が先輩をお守りします」

 「宜しくお願いしますね、法子ちゃん」

 「里沙さん、法子も宜しくお願いします」

 「あっ、茂生くんも心配よね。一年間は……任せて。法子ちゃんにヘンな虫が付かないように気を付けるから」

 「えっ?私?」

 「そうだね。お互いナンパには気を付けようね。俺みたいにナンパの横取りする奴もいることだし」


 「ナンパの横取り……」

 茂生が心配そうな顔を見せた。

その表情を見て、他の三人が微笑むのだった。大丈夫、心配無いと。





             完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナンパの横取り 永盛愛美 @manami27100594

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る