第3話 偽りと真実

 革命軍と名乗る者たちによって、暴君フィオナ・ヴィントが捕まったことによって幕を閉じた。

 フィオナは城下の広場で公開処刑が決まった。現在は、城内の地下牢にて捕らえられている。捕まった直後は騒いでいたが、今は別人のように大人しくしている。看守曰く、ずっと牢屋内にある窓から空を見ているのだとか。


 この反乱軍の主謀者モニカ・イーサンは協力者ザークシーズ・ヴァンサを連れフィオナの元へと現れた。フィオナは、二人が来たことに気づいていないのかそれとも無視しているのか空を見上げ続けている。


「フィオナ、君の処刑が明日行われることが決まった。」


 ザークシーズが彼女に死刑宣告する。その声色にはどうしてこんなことをと言う、疑問が混ざっている。しかし、その言葉にフィオナは一切反応しない。


「無様ね。今更、懺悔したって遅いのよ。お父様を殺したその報いは必ず受けさせる。」


 モニカはそう言うと、さっさと出て行った。残ったのは、ザークシーズのみ。


「フィー、どうして。どうしてあんなことしたんだ?大臣たちに唆されたとしても、頭のいいフィーは分かったはずだ。どんなことがあっても戦争なんてしてはいけないと。何で、あんなことする子じゃないはずだろ」


 やはり答えようとしないフィオナに、彼と彼女の間にある鉄格子を掴むザークシーズ。


「何か言ってくれっ」


 そう大声を出したザークシーズと対象的に、フィオナは小さく笑った。


「 ? 」


 何に対して笑った?

 そんな疑問と驚き。だって、ずっと無視を決めていた彼女が反応したから。フィオナは、見上げいていた空から視線を離し、ゆっくりザークシーズを見た。


「貴方は本当に何も見ていなかったのですね」


 久しぶりの聞いた彼女の声は、甘ったるい可愛らしい声ではなく静かで落ち着いた今まで聞いたことのない声色。それに加えて、おおよそ彼女が言うとは思えない言葉。


「ザークシーズ様、貴方にフィオナは役不足よ。どうして、あの子が貴方なんかを好きになったのか理解できない」


 冷たい声。

 彼女は、ザークシーズ様なんて他人みないに言わない。

「フィオナ」と言った目の前の少女。フィオナによく似た、フィオナを知っている、フィオナのふりをしている、ザークシーズを軽蔑の眼差しで見る少女。ようやく、ザークシーズはこの少女がフィオナでないことに気づいた。

 どういうことなのか理解が追い付かず固まるザークシーズに得体のしれない少女が近づく。


「どうして、ずっと一緒にいてくれるって言ったのに、嘘つき。ザスク兄さまなんて大っ嫌い」


 そう言う少女は、フィオナそのもの


「フィオナ、彼女はどこにいる。教えてくれ」


 わんわんと泣く少女に、ザークシーズは問う。しかし、彼の問いかけは届かない。


 本物のフィオナはどこにいるんだ。目の前の少女は一体誰なんだ




    *   *   *




 夜。

 昼間、モニカとザークシーズが訪れていた時とは打って変わり静かな牢屋で、少女は再び夜空を見上げていた。


 コツコツ


 誰かの足音。それは、少女の前で止まる。

 誰だろうか。主謀者もその最大の協力者も昼間来た。また来るとは思えない。もし、どちらかだとしたら来てすぐに何か言って騒いでいるはず。しかし、足音の主は何も言わず立っているだけ。

 少女は気になり、鉄格子の方へと視線を向けた。そして、思いもよらなかった人がいて驚く。

 その人物は、捕まるまで騎士としてフィオナに仕えていた人。金髪金色の瞳でなく、真っ暗の中でも目立つ白銀の髪色に赤眼と変わっているが容姿は見慣れたまま。何より、もう誰も着たがらない近衛の制服を身に着けている。


「オズ?」


 驚いて思わず、声が出る。それに驚いたのは彼女自身で、手で口元を被う。


 死んだと思っていた。あの反乱の中で、それか反乱に加担してもう会うことがは無いと。何で、ここに。私を殺しにしたのだろうか


 何でここにと、問う前に口を開いたのは彼だった。


「連れ出しに来た、君を」


 王族として敬う敬語でなく、砕けた口調のオズ。

 連れ出しに?どこに連れ出して、私を殺そうと言うのだろうか


「初めて俺が君にあった時懐いたのは、二つ。一つは王者の風格を持つ活発な少女。もう一つは、物静かで虫も殺せないか弱い少女。正反対な印象に双子なのかと思ったが、リヴァイが俺に紹介したのは一人。だから、どちらかが、偽りで演じてそういう風に見せているんだろうと思った。王族は弱い自分を見せれば付け込まれ操り人形となってしまうからね。五年前俺が騎士となったとき見たときは、なんも疑問なんて懐かなかった。けど、二年前君の近衛に選ばれたとき違うと疑問が生まれた。リヴァイが紹介してくれたフィオナとは違う存在だと仮定して君の側に居た。君は、いったい誰?」


 誰も私に気づかなかった。外の世界で、あの子を見ていた城の者やザークシーズでさえ。それなのに、たった一度会っただけで私とあの子を見分けてしまうなんて。

 でも、私があの子じゃないと彼にバレたところで明日、死ねことには変わりがない。それなら、彼だけには言ってもいいのかな


「私は、フィリスと申します。フィオナ・ヴィントの双子の妹です。」


 そう言うと、オズはやっぱりかというような納得いった表情をした。


「生まれなかったことにされた王女ということか」


 その言葉にフィリスは頷く。


 風の大国、それも王族には双子は災いの種とされ生まれれば後に生まれた子を殺す風習がある。

 十五年前。王宮では新たな産声が上がった。しかも、二人分。王妃が生んだ赤子は、双子の姉妹だった。通常なら、風習通り後に生まれた子を殺されるはずだった。だが、王妃の願いによりその命は失われずこの世に引き留められた。王は、混乱を呼ばないために王妃の出産に関わった者たちを内密に処刑した。王妃は、産後体を崩し姉妹の成長を見届けられず亡くなった。

 双子の姉は、フィオナと名付けられ王女として、妹はフィリスと名付けられ生まれなかったこととされて、王宮内の端に王妃のために造られた離れにひっそりと育てられることとなった。

 フィリスは、離れから外に出ることを禁じられ、彼女の世界は離れの中だけだった。その世界の中に入って来るのは、人目を盗んで来る姉のフィオナと世話係のアレンという青年。

 限られた狭い世界、膨大な時間を埋めるために用意された書物。外へ出れないことを疑問にも思わず、不満も言わなかった。それは、当たり前だから。だって、フィリスという存在は災厄を呼ぶ双子の片割れだから。

 それでも、フィリスは幸せだった。フィオナが外の面白い話をしてくれるし、アレンも居てくれたから。


 初めて外に出たのは、十歳の時。フィオナに「誕生日プレゼント」と言ってアレンに連れられたった一時間だけだが外に出た。その間、同じ顔が二人いたら秘密がバレるからフィオナは離れにいた。初めての外にフィオナがいないのは不安だったが、仕方ないことだった。

 離れの近くにいるだけだったが、フィリスは外を存分に楽しんだ。初めての外は、見るもの全てが新鮮で胸が躍った。

 その後、何度か入れ替わらないかとフィオナに言われたが断った。頻繁に入れ替わればバレるリスクが上がる。フィオナには迷惑はかけられない。それに、今のままでも十分幸せだから。


 その年に、フィオナはザークシーズ・ヴァンサと婚約した。彼のことを話すフィオナは恋する乙女そのものだった。フィオナが奪われる、醜い感情が心の中を支配した。こんな事思ってはいけないと思って、フィオナの束の間の幸福を祝った。この婚約はいつか破棄される、だってフィオナは風の大国、ザークシーズは水の大国の次期国主だから。だから、この婚約は公にならず内々の内で済まされたのだ。それでも、フィオナにはこの幸福にいつまでも包まれていて欲しい。


 それから二年後。フィオナは次期国主になるべく勉学に加えて、国務も手伝うようになっていた。多忙になり、フィリスの元へ訪れる回数は減った。それでも、忙しい合間を縫って来てくれた。

 アレンは変わらず側に居てくれた。

 その日は、国王に呼ばれてアレンは来れない日だった。フィオナもアレンも居ない日は時間が過ぎるのが遅く書物を読むのに集中した。窓のない部屋にいると分からないが、日の落ちた頃。書物に集中していると、今日は来れないはずだったフィオナが慌てた様子で訪れた。なぜかどうしようもない不安が襲う。

 フィオナは、突然私の服を脱がせる。そして、着ていたドレスを脱ぐと私に着せた。


「どうしたの、何があったの?」


 ドレスを着せ、身に着けていた装飾品を付け、元々似ていたところに完璧に私をフィオナにした彼女に問いかける。


「王宮が火事になったわ。今、魔法師と魔術師が総出で消火活動している。火は弱まりかけているけど、中々消えないの。でもここにいれば安全よ。」


 じゃあ、どうしてドレスを交換する必要があるの?フィオナもここにいるでしょう


「私は王宮に戻るわ。やらなければいけないことがあるの」


「やらなければいけないことって何?行かなければいけないことなの?ここにいれば安全なんでしょう、ここにいてフィー」


 今にも行ってしまいそうなフィオナの腕を掴んで引き留めるとうに言う。

 それなのに、フィオナは首を横に振る。不安で仕方ない私を払うように優しく笑いかける。


「フィリス、あなたは今日からフィオナ・ヴィントになるの。そして、私の代わりにこの国と民を守って。」


「どうして?どうして、そんなことを言うの?」


 まるで、もう会えないみたいに言わないで。死んでしまわないように言わないで

 ぽたぽたと流れる涙が止まらない。フィオナの顔が見たいのに見れない。

 そんなフィリスを見て、フィオナも泣き出しそうになるのを必死にこらえて笑顔をつくる。そして、震えるフィリスの手を包み込む。


「大丈夫、私たちは双子よ。誰にも、分からないわ。フィリス、生きて。生きるのよ。」


 手を放し行ってしまうフィオナ。掴もうとしても、それは宙を掴むだけで掴めない。


「い、いやだ。嫌だよ。行かないでフィー。お願い、私の側に居て。それだけでいい。後は何もいらない、よくばわないから。一人にしないでフィオナ」


 呼び止めるが聞いてくれない。

 閉まってしまった、ドアは鍵が掛かって開けられない。ドアの前で泣き崩れる。どれくらい泣いただろうか、流しても枯れることのない涙がようやく落ち着き始めたとき重いドアが開いた。

 フィオナが帰ってきてくれた、と思ったのも束の間ドアの前にいたのは全く知らない男性だった。

 フィリスが、「誰」かを問う前に男が口を開いた。


「良かった。無事だったのですね。


 と。


 フィオナ?違うわ、私はフィリスよ

 そう言いたかったけど、声が出なかった。男は、力の入らないフィリスを優しく抱えて、外に出る。

 外には、大勢の大人たちがいてフィリスを見て泣きていた。「生きておられたおられたのですね、フィオナ殿下」と、口を揃えて。

 フィオナの言った通り誰もフィリスには気が付かない。それもそうだ、だってフィリスの存在は誰も知らないのだから。この世に存在していないのだから


 この火事で大勢の人が死んだ。執務室にいた国王リヴァイ・ヴィントもその中にいた。フィオナとアレンを探したが、生存者の中にはいなかった。

 不幸か幸いか火事は、王が執務を行う宮付近のみで被害は少なかった。


 国全体で、国王を弔う葬儀が行われた。フィリスはずっと泣けなかった。リヴァイは知らない人というのもあるが、フィオナとアレンがいないこの状況に頭が付いていけなかったから

 新女王・フィオナの元に沢山の大人たちが、リヴァイのお悔やみの言葉と新王の祝いを言いに押し寄せてきた。誰もが気味の悪い笑顔の仮面をかぶり偽りの言葉を並べる。彼らが幼き王を傀儡にしようと必死になりフィオナに媚びをうるのが、外を知らないフィリスでさえ容易に分かった。

 フィオナの元に来たのは、汚い大人たちだけでなく彼女が愛した人もいた。それもそうだ、だって彼は彼女の秘密の婚約者なのだから。それを取り決めたリヴァイが死んでも破棄されていないということは水の女王の意向ということだ。女王がどんな思惑で破棄しないのか分からないが、フィリスにとってはどうでもいいことだった。彼なら気づくだろうと思っていたから。彼はフィリスの知らない、フィオナを知っているからすぐに気づいてくれる。が、その思いは容易く消えていった。

 彼は、フィリスを抱きしめると、


「ずっと一緒にいる。は一人じゃない、僕がいるから」


 と、言ったのだ。

 そして、に海のように蒼い宝石の入った羽の形をしたペンダントと使たのだ。

 その瞬間、視界が真っ白になった。


 気づいてくれない

 彼も、

 誰もかも、

 私が、フィオナであると疑いもしない


 王に祭り上げられた、フィリスはフィオナと偽りの生活が始まった。

 何度も死のうとした。しかし、できなかった。フィオナが最期に願ったから。「生きて」と。それが、頭の中にこびり付いて離れないのだ。


 フィオナに会いたい


 でも、自分では死ねない。そこで愚かな考えに至った。自分では死ねないのなら、殺してもらえばいい、と。

 それからは、簡単だった。まずは、我儘を言ったり。暗殺されやすいように、適当な理由を付けて夜の護衛を止めさせた。それから、すぐに臣下を処刑した。誰もが眉を顰める暴君を演じた。フィオナの評判を下げる行為だったが、彼女に会えるのならどんなことでもする。民の限界が来て、暴動が始まればすぐに殺してくれる。そう信じて。

 だから、長い戦争が終わった後、反乱が起きたと聞いてほっとした。

 これで、やっとフィオナに会えると。例え地獄に行くことになっても一目だけでも会いたいのだ


「私の存在は災いを呼ぶ。実際私の愚かな行いのせいで大勢の人が亡くなり悲しみました。ただ死にたいがために暴君でいた私は死ねべきなんです。だから、連れ出すなんて言わないでください。ようやく私の願いが叶うんですから」


 それを聞いてオズは考え込むように黙った。そして、嘘も見抜くような赤い瞳をフィリスに向けた。


「 君の願いはなに? 」


 フィオナに、彼に会いたい


 そう言いたいのに言葉が出ない。真っ直ぐ見つめるオズの目から視線を逸らせない。


 会いたい、逢いたくて仕方がないの

 お願いそれ以外の願いを暴こうとしないで




「……見てみたい。あの子が見せようとしてくれた世界が見たい。死に、たくない」



 苦しい。

 フィオナとアレンが消えてしまった時でさえ出なかった涙が今になって溢れだして止まらない

 止めようと手で拭っても止まらない。その中でも、せき止めていた言葉が溢れる。


「醜くい世界を美しと思たい。生きたい。死にたくない。死ぬのは怖い。怖いの」


 オズは何も言わず黙って聞いていた。


「私は生きていていいですか?大勢の人の命を自分のために奪ってきた私なんかが生きるなんて許されない」


「そうだね。死んで償うべきだ、けどそれはであって、君じゃない。フィリスは、生きてその罪を背負っていくんだ

 フィオナの分も生きて、君の見た世界を伝えられるほど世界を見て。俺が世界を見せてあげる」


「いきて、いていいんですか?ほんとに?私は、世界に出ていいですか?」


 矢継ぎ早に懇願するように問う。不安で仕方がない

 そんなフィリスを安心させるように、優しく微笑みゆっくり頷いた。


「うあああああああん」


 声を上げて泣き出す。


 もう、フィオナでいなくていいの?


 死と隣合わせだった日常は怖かった。いつ死ねるかなと思いながら、心の奥底では生きたいとずっと思っていた。生きるために、死ねために自分を正当化させて様々な理由を並べてきた。


 ごめんね、フィオナ。私まだそっちに行けない

 怒る?

 ごめん、でも私世界を見るよ。フィオナの見せようとしていた醜く美しい世界をフィ―の分も

 私が、あなたの所に行ったときには私の話を聞いてね


 暗闇の中に朝日が差し込む。フィオナ女王の公開処刑となった。

 漸く泣き止んだフィリスにオズが手を差し伸べる。彼女と彼の間にあった鉄格子はもう無い。


「行こう」


「はい」


 フィリスは何の縛りも無い笑みを浮かべて手を取った。


 オズはフィオナフィリスにそっくりな人形を魔法で作り牢屋に置いていた。牢屋の門番も、モニカも、ザークシーズでさえも誰も気が付かない。彼女でない偽物であることに。


 午前九時。

 王都の大広場。そこに看守に連れられて現れたのは暴君女王フィオナ。

 みすぼらしい囚人服であるにも関わらず、王者としての風格は全く失われていない。処刑台、ギロチンの前に立ったフィオナに向けられるのは、汚い罵倒の数々。そんなのは聞こえないと言うように彼女は凛と立っている。


「 呪ってやる。私をこんな目に合わせた奴、この場にいる者全員呪ってやる 」


 フィオナの透き通る声が広場に響きわたる。それまで、罵声でざわついていた場が一気に静まり返る。


 ドスッ


 鈍い音とともにフィオナの首が飛んだ。

 民は歓喜の声を上げた。数年にも続いたフォイナ女王の悪政からようやく解放された瞬間だった。





    *   *   *




 こっそりとフィオナ女王の処刑を見届けて、フィリスとオズは王都から去った。


「これからどこに行くのですか?」


 見慣れない外でオズの手に引かれて歩くフィリスが珍しいものばかりの街に興味深々に辺りを見わたしながら聞いた。オズはそんなフィリスに呆れる呆れるわけでもなく笑いかけて取れそうになった外套を深く被り直せる。


「この国の端にある小さな町に行こうかなと思ってる。俺の妹がいるらしいからそこに行こう」


「妹様、ですか?」


「敬語じゃなくていいよ。これからずっといるわけだし。そう、会ったこと無いんだけど。丁度いい機会だしどうかな」


「いいです、…いいよ。オズは、ずっと私といてくれますか」


 急に立ち止まり、不安そうにオズを見上げる。フィオナのことがあるから余計不安になるのだろう。


「フィリスが、望む限り」


 そう言うと、フィリスは嬉しそうにオズの腕に抱き着いた。


「本当に、私離れませんからね。そういえば、オズは父とどういう関係なの?」


 フィリスはオズの手を離すことなく再び歩き出す。


「友達だよ」


 その言葉に、フィリスの謎は深まった。オズは見た目からしておおよそ二十歳前後。父は当時三十過ぎ。年齢が離れ過ぎている。それに、初めて外に出たのは七年前。そうなると、オズは十三歳ほど。まだ子供だ。


 考えるフィリスを見て、オズはそれが可愛らしくてクスリと笑った。


「ホムンクルスって、知っている?」


「はい。世紀の大罪人パレケルススが創った人造人間のことよね。でも、それは架空のものでは?」


「いるじゃん。君の目の前に」


 得意げに言ってのけるオズの言葉に、フィリスは驚く。オズは魔法でフィリスと繋いでいない方の手を傷つけた。手から少量の血が流れるもそれは見る見る内に止まった。


「どういうことなの?」


「知っているだろう、ホムンクルスは不老不死。この程度の傷ならすぐに治る。俺はパラケルススが創った第一子。昨日見た姿が本当の俺」


 昨日のことを思い出す。オズは、昨日白銀の髪に赤い目だった。銀は光属性、赤は火属性だが、白は魔力のないもののこと。だがオズはいとも簡単に魔法を使っている。だんだんと彼が、ホムンクルスであることに納得していく。


「俺の名前はオズワルドっていうんだ。今まで通りオズでいいけど。俺、こう見えても何百年も生きてるんだよ」


 それを聞くと少し拗ねたような表情をつくる。もっと早く話してほしかったのだろう。

 昨夜、フィリスを知ってから経った数刻だけど彼女の色んな表情を見せてくれた。

 彼女は知らない。知らなくていい。俺が、あの火事の日いたこと。そこにいてただ傍観者でいたことを。


 五年前。風の大国にて、大事件が起こった。王の住まう宮殿が燃えた。

 被害は、少なかったが大勢の者が亡くなった。その中には、国王・リヴァイもいた。幸いだったのは、リヴァイの一人娘が離れに建てられた宮殿と呼ぶには小さい宮にいたことで助かったことだろう。汚い大人たちは、彼女を傀儡の王に仕立て上げた。

 オズワルドは、その火災を少し離れた宮殿で見ていた。

 友のいる王宮で火事が起きたと聞き、急いで駆け付けた。王都にいたのですぐに駆け付けたが、遅かった。火はすでに宮殿を包み込んで、大勢の死人を出していた。術者が火を消そうと躍起になっているがなかなか消えない。恐らくこの火災は、魔術で付けられた炎だから、簡単には消せない。

 あの中にいるであろう、友は恐らくもう助からないだろう。人間を真似て弔いの祈りを捧げる。

 一人轟轟と燃える王宮を見ながら弔っていると、背後から気配を感じ振り向く。そこに居たのは、青年二人。

 一人は、炎のように燃える赤髪に銀色の瞳。もう一人は、深淵のように深い黒髪に何も映していない赤眼。前者は俺を仇のように憎しみの籠った視線を向け、後者はただ無表情でいる。この二人からは、人間でない何かの気配がする。

 彼らとは初対面のはず。


「パラケルススが、創った第一のホムンクルス。オズワルド」


 赤髪の男が言った。


 何で、目の前の男は俺のことを知っている?

 男たちに対して警戒を強める。

 赤髪の男が魔法で作り出した剣で襲ってきた。それを、容易く躱して男の背後から拘束術をかけてとらえる。


「お前たち何者だ?」


 もがく赤髪の男を人質にして問いかける。彼らは答えない。赤髪は拘束から逃れようともがき、もう一人の黒髪の男は静かに見ているだけ。

 すると、黒髪の男がおもむろに指を鳴らしたかと思えば、その瞬間赤髪の男が意識を失くしたかのように突然倒れた。

 仲間割れか?

 油断したすきに黒髪の男によって赤髪の男を奪われた。

 赤髪の男を担ぐ、彼はオズを見る。


「貴方は残酷だな。友である男も平気で見捨てる。これは、あなたが引き起こしたことだ。ホムンクルス」


 静かな声。感情が無くただ台本をそのまま読んだかのようなセリフ。次の男たちは消えた。

 瞬間移動か。

 二人は、俺を知っていた。けど、俺は知らない。未だに会ったことが無い兄弟かと思ったが違う。


 おおよそ千年ほど前。一人の男がある禁忌を犯した。魔法でも、魔術でもない禁術である錬金術を用い九体のホムンクルスを創った。その男の名前は、パラケルスス。彼は錬金術を使用した滞在で処刑された。ホムンクルス完成前に処刑されたとなっているが、違う。誰も知らないが、彼が捕まる前に、誕生していた。

 彼の生み出した九体のホムンクルスは人間を構想する魂・肉体・精神の三つ。そして喜怒哀楽悪好の感情六つがそれぞれ宿って作り出された。

 第一子であるオズワルドは、魂を宿して生まれた。魔法、魔術そのもの。史上最強の術師。

 最初に生まれたがオズワルドは、他のホムンクルスのことを何ひとつ知らない。フラスコから出た後はすぐに、パラケルススを捕まえに来た兵士から逃げるように外の世界へと出た。外の世界に出ると同時にパラケルススは、捕まり処刑された。パラケルススのことは世間が知っているような、大罪を犯した大罪人であると言うことくらいしか知らない。

 喜の子とは一度旅の途中であったがすぐに分かれた。だから、何も聞いていない。


 人でもホムンクルスでもない彼ら。もしかしたら彼らは、       。

 もしそうなら、あの黒髪の男が言った言葉は当たっている。王宮が炎に包まれる中、俺は傍観者でいた。友も助けず、殺した。俺の無関心が引き起こした出来事。人が引き起こしたことは、当人たちで解決すべきだと言う怠惰。

 もし、あの時助け出していれば彼女は今もあの離れで外を知らなかった。優しい彼女を非道にした。

 これは俺の罪。


 だから、俺の全てをかけて君の願いを叶える。

 この事実は絶対に知られてはいけない。







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トリニティ クロレ @kurore

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