第3話 ママが守ると誓った日

 町に潜んでいるデーモン崇拝者達を見つけ出し、ルーシー覚醒イベントが始まる前に倒す。

 とはいえ、奴等がどこにいるかわからない。

 こういう時は、国家権力に頼るのがいいのではないだろうか?

 というわけで、


「すみません、衛兵さん。怪しい奴を見ませんでしたか?」

「お前」


 おわり


 終わってたまるか。

 そりゃ確かに女の格好に慣れてないから見た目変かもしれないが、がに股短パンサンダル履きの野球帽にワンカップ片手で話しかけたわけじゃねえんだぞ?

 そこまで怪しくねえだろ?

 ないよな?


「こんな夜中に大荷物詰め込んだバッグ背負って幼女の手を引いてうろついてるなんて、夜逃げか何かか? それとも誘拐? あんた、どこに住んでるの? 名前は?」


 衛兵から逆質問。

 俺の横でルーシーが不安そうに見上げてくる。

 実を言うと、いつでも町から逃げ出せるように荷物をまとめてきたのだ。

 ルーシー覚醒イベントが始まる前にデーモン崇拝者達を狩り出せれば良いが、もし見つけ出せないようならルーシーを連れて即脱出できるように。

 こんな用意周到に衛兵詰め所まで来たというのに、それが仇となるとは……!

 ここは少しでも心証を良くするために、丁寧な対応と口調を心掛けるぜ……!


「俺……わたしはこの近くに住む普通の主婦ですわ。名前はダークローズわよ」

「ダークローズさんね……。ダークが苗字? どんな字かくの?」


 しらねーよ。


「そんなことより大切なお話なのわよ! もうすぐこの町、デーモンの群れに攻め滅ぼされてしまうんですわ! その前に、デーモン達を呼び出す怪しい連中を捕まえないといけませんのことよ」

「何言ってんだあんた」


 ですよね。

 衛兵たちの呆れたような眼差しに、俺は頭を抱える。

 いきなりデーモンが攻めてくるとか言っても信じてもらえないか……。


「……そういや怪しい奴と言えば……」


 衛兵の1人が顎に手を当てて首を捻り出す。

 おお?

 まさか、なんか知っているのか?


「最近、痴女が出るらしいな」

「ああ、なんか夜になると半裸みたいな恰好でくねくね踊って回ってる変態女の話か」

「……若い女で胸が大きいらしい……ダークローズさん、あんた、ちょっと心当たりがあるんじゃないか?」


 衛兵たちは俺の胸をじっと見つめてくる。

 ……これ、セクハラだよな?

 まさか、俺が夜な夜なエッチな服着て町をうろつきまわり、何かを封印して回っているとか、あるわけないじゃないか。

 俺にそんな覚えはない!

 ……俺じゃなくて、過去のダークローズママ本人か……?

 ご先祖……あんた陰で何してたんだよ……。

 もしかして、これ追及されると俺が痴女として捕まる流れじゃ……?


「……おほほほ、なんのことやらさっぱりわかりませんわね。それじゃあ失礼しますですわよ」

「いや、待て。デーモンが攻めてくるってそれは確かな話なのか?」


 衛兵の1人が手をあげて止めてくる。


「え? 話、聞いてくれるんですの?」

「もちろん。何を知っているのか、全部話してもらおう」

「明日の夏祭りの日、この町に潜んでいるデーモンの崇拝者達が決起しますのよ。町は壊滅。このままだと全滅わよ」

「ははは、デーモンの信者? そんなのがこの町にいるってのか?」


 衛兵達が笑う。ただ1人、俺を止めて来た衛兵だけが眉間に皺を寄せている。


「……なんということだ」

「あんただけは俺……わたしの言うことを信じてくれるのかですわ?」


 1人でも味方ができれば、状況は変わるかもしれない。


「まったく、なんということだ。どこから情報が漏れた?」


 その衛兵はそう言うと、懐から護符を取り出した。


「え?」

「こうなれば仕方ない。予定より早いが、出でよ! デーモン!」

「やばい⁉ こいつがデーモンの信者だわよ⁉」


 衛兵詰め所内に突如出現する真っ赤な肌のデーモン。

 ゲームでよく見たデーモン、虐殺(カーネイジ)デーモンとかいうやつだ!

 レベルは12程度だが、普通の衛兵達で対処できるデーモンじゃない……!


「ははは! 殺せ! 卑しき化け物よ! この場にいる者全てを殺し、口を封じるのだ!」


 デーモンを呼び出した衛兵が哄笑する。

 デーモンがその言葉に従って、まずはその衛兵の首をコキュッ。

 とてもテンプレな流れ。


「あわわ……に、逃げろー!」

「きゃああ! 助けてママー!」


 衛兵達はパニックを起こし、デーモンの魔の手がルーシーに迫る。


「くっ……! こうなれば、仕方がないわよ……! 換装っ! エッチな服!」


 俺は叫んだ。

 と、俺の姿は一瞬で変わる。

 それまでの質素な服から一転、肌面積の大きい服へ。

 それは、首から2本の紐がおっぱいのピンポイントを通り、股間へと続く服だ。

正面から見ると丁度V字となる形。

 股間で交わった2本の紐は1つになり、まっすぐ尻方向へ抜ける。

 細い紐ですからおしりもぷりっぷり。

 そのままI字に背中を駆け上って、後ろ首筋でまた2本の紐に分かれ、おっぱいへと続くまさに永久機関。

 これなら、いつまでも眺め続けられる親切設計。

 ピンと張った張力でおっぱいのピンポイントを隠しているわけだが、少しでも身をかがめるなどして張力が失われれば、だるん、とだらしなく胸が零れ落ちるは必定……!

 だから常に!

 この服を着るときは前を!

 上を!

 先を見つめ続けろ!

 昂然と胸を張り、決して俯くな!


「げえっ⁉ 痴女⁉」

「やっぱりこの女が痴女だったのか⁉ あんな服着て頭おかしい……恥ずかしくないのか?」

「変態だ……親の顔が見たい」


 ……そんな声にも決して顔を伏せてはならぬ……!

 前を、前だけを見つめ続けるのだ!

 それこそがこのV字タイツを着こなす流儀……!


「ママ……? なに? え……? その格好……」

「ルーシー⁉ しーっ! ダメ! 見ちゃいけませんっ! あっち向いてなさいだわ! お願いだから……!」

「なんで人前で裸……いやあああああ⁉」


 ルーシーは俺を見て、両手で顔を覆う。

 俺は思わず、反射的に身を竦め胸元と股間を手で押さえた。

 途端に、俺のエッチな服は張力を失い、胸のピンポイントがすかさずずれてコンニチワ! 


「おほー♡」

「これはお楽しみボディ!」

「く……っ! こんな奴らに……!」


 衛兵たちが、デーモンに殺されるかもという緊迫した場面なのに、俺のピンポイントをガン見してきた。

 それどころかデーモンすら、おほー♡ みたいな顔してやがる……!

 畜生……!

 なんとかピンポイントを服の中に収めないと……!

 ていうか、なんで俺こんな恥ずかしいんだ?

 おっさんなのに、おっさん共に乳首見られて何が恥ずかしい?

 理性ではそう思うのに、なぜか俺の中にあるメスが反応してしまう……!


「見るな! 見るなああああ!」


 これは、ルーシーママであるダークローズの残滓のようなものか……?

 と、ルーシーががくがく震え出した。


「どうしてママが……あああ、ママー⁉ ママがおかしくなっちゃったの、助けてママー⁉」

「何言ってるわよ、ルーシー⁉ 俺がママさ⁉」

「ママはそんなことしないです! わたしのママは、ママは……ううっ⁉」

「ああ⁉ しっかりするのよルーシー⁉ く……っ! よくもルーシーを……デーモン、絶対に許さない!」


 俺は怒りと恥辱に震えながらデーモンを睨みつける。

 助けようとした娘から変態を見る眼差しを向けられ、もう死にたい……!

 こんな格好になってまで俺は何をやっているのか。

 だが、これで終わりではない。

 本当の封印術はこんなもんじゃねえ……!

 俺は大きく足を開き、片足で立った。

 Y字バランスだ。

 すぐに戻して、今度は腰を振って踊り出す。

 くるくると体を回した。

 ベリーダンスの要領で、小刻みに揺れる尻に合わせ、胸も上下左右に躍る。

 

「ぐへへ、どすけべ女がよぅ……」

「見え」

「ママぁ……しっかりして……もう元に戻ってぇ……変な踊りやめてぇ……」


 デーモンでさえ俺を見る目は完全に蔑んだ目。

 しっかり見てやがる……!

 ……これでもう、十分死にたいくらいの恥ずかしさは貯まった。

 封印術を発動するカギは、肉親が死ぬなどで大きく感情が揺れることだ。

 しかし、封印術を使うのに、一々肉親を殺して大きく感情を揺さぶるわけにもいかない。

 だから、恥ずかしい服を着て恥辱に塗れる。

 トラウマになるくらい恥ずかしい思いをする。

 それは肉親が目の前で死ぬのを見るのと同じくらい心を揺らす行為だ。

 同じくらい心は痛み、傷ついて、死ぬ。

 そして、今。

 俺は目の前の全てをこの世から消し去りたいくらい恥ずかしい。


「……うおおおおおっ! この世から消えろ! 消えてしまええええ! 封印術1式!」


 俺は荒ぶる心のままに叫んだ。

 カッ、と青白い光が瞬いたかと思うと、デーモンの足元に暗い穴が開く。

 デーモンはその中に沈んでいった。

 穴から抜け出そうともがくデーモン。

 だが、暗い穴から伸びた闇がデーモンの腕や顔に絡みつき、覆い隠していく。

 そうして最後には、とぷん、と暗い穴の中に引きずり込まれていった。

 その後、暗い穴は絞られるように輪を縮めていき、遂には消える。


「ふう……やったか……」


 俺は息を吐いた。

 と、俺は異変に気付く。

 まだだ!

 まだ異世界へ通じる暗い穴……封印の空間への通り道が閉じていないのを肌で感じた。

 はっとして見れば、俺達の居る衛兵詰め所全体が、うっすらと現れつつある暗い穴の中に含まれていく。

 これが封印術の難しいところ、いや、危険なところと言っていい。

 暴走した心の傷はこの世から消し去りたい対象を敵に限らず、自分の恥ずかしいところを見たすべての者、味方だろうと通りすがりの第三者だろうと、すべてを消し去ろうと働いてしまうことがある。

 このままではニヤニヤしてたりけしからんと激高している衛兵達だけでなく、ルーシーや俺自身まで封印してしまいかねない……!


「く……っ! 鎮まれ、鎮まれ、俺の羞恥心よ……!」


 そう唱えても巨大な封印空間はますます大きく、実体化するかのように色濃くなっていく。

 ダメだ、押さえられない……!

 そう思った俺は、せめてルーシーだけは! と飛びついた。


「ルーシー! ママにしっかり掴まるわよ!」

「……え? きゃああああいやああああ! ママ、いやああああ!」


 半裸の俺に抱き着かれて、ルーシーは絶叫した。

 そうか、そんなに封印術に飲み込まれるのが怖いのか。

 大丈夫……一緒やで……?


「ママと一緒なら……永遠に2人っきりでも寂しくないからね……?」

「ぎゃああああああ⁉」


 俺の腕の中でルーシーががくんと脱力した。

 気を失ったようだ。

 く……っ! こんなか弱くかわいい子をここまで怖がらせてしまうなんて……!

 俺が封印術に慣れていなかったばっかりに……!

 俺は決してルーシーと離れ離れになるまいとしっかり抱きしめる……。


「……あれ?」


 俺は周囲の様子を窺った。

 怪訝そうな衛兵達。

 それまで衛兵詰め所全体を飲み込もうとしていた暗い穴は影も形もない。

 消えていた。


「やった……守れたぞ!」


 俺にもできた!

 ちゃんと封印術を制御して、暴走を止めた!

 俺はしてやったりと握り拳を作る。

 よし!

 これから俺はルーシーに代わって封印術を使い、もう二度とルーシーを悲惨な目に遭わせないようにする!

 そうだ!

 不憫なルーシーをこれからは俺がずっと守るのだ……!

 決してこの子を悲しませまい……。


「えへへ……ママ、いない……この人は、オカアサン……」


 目を覚ましてから、どこか遠いところを見るようになったルーシーを前に、俺は心に誓うのだった。

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助けてママー! 俺がママさ! 女主人公のママに転生したおっさんだけど、彼女があまりにかわいそうなので、ママが守ってやるぜわよ! 浅草文芸堂 @asakusabungeidou

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