愛の形

@Shatori

愛の形

 日が沈み、空が燃えるように赤くなっていく。

 そんな時間帯にもかかわらず、僕は校庭の隅に植えられている桜の木の下にいた。

 大きく息を吸い、深呼吸を繰り返す。

 落ち着け、落ち着けと何度も自分に言い聞かせるが、僕の体は落ち着くどころか時間が経つほどソワソワする。


 ——僕は今から告白するんだ!



 彼の名前は山田幸雄やまださちお

 ありふれた名前。顔も性格もそれほどいいわけではない。

 どこかパッとしない。そんな少年だ。


 そんな彼が通っている高校には一つの伝説があった。

 校庭の隅に植えられたこの一本の桜の木。

『その木の下で告白すれば、死ぬその時まで愛する人の側にいられる』という伝説。


 そんな伝説の木の下で待つ彼に、近づいてくる1つの影があった。


(きた…!)


「なに?山田くん、こんなところに呼び出して…」


 桜の木の下で待つ幸雄の元に、少女が現れた。

 彼女の名前は由奈ゆうな

 ポニーテールがトレードマークで山田の幼馴染であり、想い人だ。


「う…うん……。ちょっと、ね」

「?」

「由奈」

「は、はい」


 真面目なトーンで由奈の顔を見る。

 夕焼けにさらされてか、顔が赤く色づく。


「僕は——」



 ~翌日~


「——なぁおい山田知ってるか? あの最上さん、付き合ったらしいぜ」

「知ってるよ」

「なんだ知ってんのかよ。おまえが知ってるんだったらみんな知ってるってことじゃねえか。つまんねぇの」


 お調子者が朝一番に僕の所に飛んできた。

 最上さん。つまり由奈のことだが、『最上由奈が付き合った』だと?

 知ってるさ。


 クラスのお調子者が「つまんね」と口をこぼしたちょうどその時、


 ガラッ。


「おらおまえら座れ~。出席とるぞ」

「先生! 久司ひさしきてねぇんだけど」

「あいつは今日休むって連絡があったぞ」

「「「「「ええぇ~~~~」」」」」


 僕の後ろの席の久司くん。

 彼はスポーツが出来て、勉強も出来る。いわば文武両道を体現したかのような人だ。おまけに性格も良くてイケメン。クラスの人気者になるべくして生まれたような、そんな人だ。

 みんな彼が休みだと言うことにショックを受けている。



 彼が登校しようが休もうが、僕には関係ないし興味もない。いや、久司くんだけじゃない。クラスメイト全員、登校しようが休もうがどうでもいい。

 ただ、

 それだけだ。



 ~放課後~


 僕たちは一緒の帰路につく。

 由奈はクラスのマドンナ的存在で人気者だから、本当は付き合っていることは内緒にしておきたかった。だから隣に立って一緒に帰りたいのを我慢して、こうして離れて帰っているんだ。

 それなのに、あのお調子者はどこから情報を拾ってきたんだ?


 …まさか、僕と同じように——。



 そんなことを考えていると、前を歩く由奈がチラチラとこちらを確認してきた。


(大丈夫、僕はここにいるよ)


 僕がそう微笑みかけると、慌てて顔をそらし走り出した。

 きっと照れたんだろう。


(仕草がいちいちかわいいなぁ)


 そんな小さな幸せを毎日かみしめていると、あっという間に

 僕が時間の流れに驚いていると、


「山田くん…」

「はぁーい山田ですよっと。由奈ちゃん、どうしたの?」

「今週の日曜日って空いてる?」

「なんかあんの?」

「遊園地のチケットが手に入ったから………一緒に行こ?」

「! …おけ」


(よし日曜日だな…! 予定を空けておこう)



 ~日曜日~


 今日は雲一つ無い快晴!!!

 デートにはうってつけの天気となった。


 双眼鏡、カメラ、タオル、服。このためにいろいろ準備してきたのだ。中止にならなくて良かったと胸をなで下ろす。

 さっそく待ち合わせ場所の駅前に向かうとしよう。


 駅前に着いたときにはすでに由奈の姿があった。まだ集合時間の30分前なのに到着している。なんて真面目なんだ。

 待っている間、そわそわと落ち着きがなく、髪の毛を繰り返し整えている。


(かわいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!)


 声を出して叫びたい気持ちをぐっとこらえ、心の中でそう吠える。


 おっと。彼女を見て楽しんでいるうちに、集合時間の10分前になっていた。


「おまた~」

「あっ…山田くん。おはよう」

「おっ! …おはよう……」

「? どうしたの?」

「あぁ…いや…すごく似合ってるなって…」


 ボッと音が聞こえてきそうなほどの速度で、由奈の顔が赤く染まる。


 ハーフアップでまとめられた濡羽色ぬればいろの髪と、純白のワンピースが輝きを放つ。正直「似合っている」では到底言い表せないほどの美しさだった。


「そ、そそんなことより! はやく行こうよ!」


 ごまかすように話をはぐらかす。そういった所も愛らしい。そういう所をもっと見たいところだが、今日は楽しいデート。機嫌を損ねてしまっては大変だ。


「うん。行こっか」



 今日はとても楽しい一日になった。

 はしゃぐ彼女。チュロスを頬張る彼女。

 いろんな彼女を写真に収めることが出来、。今日はぐっすりと眠れそうだ。



 遊園地に行った日を境に自然公園、ショッピングモール、水族館などなど、いろんな所に出かけるようになった。新しい場所にも、前に来たことがある場所にも何度も足を運んだ。僕たちはたくさんデートを重ねたのだ。



 初めて遊園地に行った日から数ヶ月が経過したある日…


「ねぇ、山田くん」

「はぁーい山田ですよっと。でなんじゃらほい」

明日土曜日、家に誰もいないんだよね」

「⁉」


(まてまてまて。急展開が過ぎるぞ?)


 慌てふためく様子を見て、首をかしげていた由奈は、ようやくその意味を理解したようだ。


「ちっちが…‼︎ そういう意味じゃないよ!!!」

「違うのか…」

「当たり前でしょ⁉」


 安心したような、がっかりしたような………。


「えっとね…。親に言いにくいことがあって……。相談に乗って欲しいの」

「どんなこと?」

「言えない! …言えないの…。学校ここじゃ言えない」


 そう消え入るように言う彼女はカタカタ震えていた。かなり怖い目に遭ったようだ。


「うんわかった。明日、由奈ちゃんの家に行くよ」

「ありがとう‼︎ 本当に…ありがとう…」


 まだ目に涙を浮かべていたが、曇っていた顔が少し明るくなった。どうやら恐怖が少しばかり紛れたようだ。



(よし…!)


 由奈………。

 ——君が安心できるように


 ——君が安心できるように


 ——君が安心できるように




 ――待  っ  て  て  ね  。




 ~土曜日~


(今日はお父さんも、お母さんもいない。誰も家にいない…)


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 視線を感じる。

 あいつの。いつも、私がどこにいても必ずいるあいつの視線を今でも感じる。

 どんなルートで帰ろうと、どれだけ走って帰ろうとも私の後をついてくる。

 彼氏と2人きりで行った遊園地にもあいつはいた。双眼鏡を使って私を探していた。


 (もう安心できる場所なんてない。でも耐えるのよ、最上由奈。もう少ししたらが来てくれる…!)



 ピンポーン


(来た! …でも冷静になるのよ。あいつかもしれない…)


 恐る恐る誰が来たか、カメラで確認する。

 玄関にはがたっていた。


「よかった~~~~」


 つい安心のあまりその場に座り込んでしまう。


(いけないいけない。玄関を開けなくっちゃ)


 急いで玄関に向かい、ガチャッとドアを開ける。

 私は満面の笑みを浮かべながら、私が呼んだ彼氏を出迎えた。


「いらっしゃい。


 安心しきったせいでつい下の名前で呼んじゃった。

 すぐに訂正しようと彼の顔を見ると、優しく微笑んでいた。

 その笑顔は『訂正しなくていいよ』と言っているように感じた。

 私は訂正する事なく、彼をリビングまで案内する。


 くん。

 スポーツができて、勉強もできる。いわば文武両道を体現したかのような人。かっこよくて、優しい。

久司下の名前はあまり見ないのに、苗字はありふれた名前で嫌だ〜』と愚痴るお茶目な一面も持ち合わせてる、私自慢の彼氏。


 そんな彼を呼んだのは理由がある。

 1人だとあいつの恐怖に潰されてしまうから。


「ごめんね…、わざわざ休日に呼び出して…」

「問題ないよ」


 ………? 何か違和感を感じる……。


 (気のせいだよね……)


「今日呼んだのはね…、ストーカーについてなんだ」

「ストーカー⁉︎」


 彼は勢いよく私の肩を掴む。


「ストーカーがいるのか? に…? あぁ、なんてことだ……」


 彼はとても動揺したようで、頭を抱えてぐるぐると回りだした。

 不自然に見えるかもしれないけれど、私は自分が彼にとって、大事な存在であることを認識できて嬉しかった。


「急がないと…」


 彼はいそいそとカバンをあさりだした。


 やっぱり違和感がある。顔は彼そのものなんだけど、声が彼の声じゃない。


「ねぇ、ちょっと——」

「はじめからこうした方が良かったんだ! 安心してね、由奈。僕が君を守るから」


 そう言いながら振り返った彼は銃を手に持っていた。


「えっ——」


 パァァ——…ン


 響く発砲音。心臓を打ち抜かれ倒れ込む少女。

 その目から光が消え、白い絨毯が紅に染まっていく――。


 あの日——告白し、拒絶されたあの日から触れることすら許されなかったその手に触れる。


「あぁ…由奈。やっぱり君は最高だ。今まで君をずっと、ずっっっっっっっっっっと見てきた。けど君には醜い部分なんてない。今こうして死にゆく君も! 君から流れ出る血も! 全てが美しい! 芸術のようだ!」


 指と指を絡ませる。


「僕を拒絶した次の日に、廊下で久司くんから告白されたところを目撃したときは絶望したよ。僕より彼をとるんだねって。

 でも安心して! ちゃんと意味は伝わってるから。僕にあぁなって欲しかったんだよね。由奈の好みを教えてくれたんだよね。だから今の僕を家に上げてくれたんだろ⁉︎ 前までは入れてくれなかったのに——」


 言いたいことはたくさんあったが、由奈の顔を見ていると馬鹿らしくなった。

 自分がやるべき事を思い出したから——。


 「あぁ、安心して由奈。君を1人にはさせない。僕が、君を、守るから」



 幸雄は自身の頭部に銃口を押し当て、引き金を引いた。


















 …


 ………


 ……………………あれ?


(ここどこ? なんでこんなところにいるんだっけ?)


 気がつくと幸雄は真っ黒な空間にぽつんと1人立っていた。

 見回しても誰もいないし、何もない。"無"が広がっていた。


(…! そうだ、由奈は⁉︎)


 目的を思い出し、探しに行こうと思ったちょうどその時、幸雄は背後に人の気配を感じた。


「そこにいたんだね」


 見覚えのある顔をした少女を走って追いかける。その途中でが剥がれ、平々凡々へいへいぼんぼんな元の顔に戻っていることに幸雄は気づかない。ただ、目の前にいる愛する人を追うことに夢中になっていた。


「僕は今まで君に寄り添ってきた! これからもずっっっと一緒だよ」



 を追っていつまでも、いつまでも"無"を彷徨い続けるのだった。

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