第一章 引き算
第壱話 代償
────知ってる? あの事件の事?
────ああ、大量に人を轢いて逃げたっていうあの?
────え? 私は巨大な何かに襲われたんじゃないかって聞いたけど。
────宇宙人が襲来してきたっていう説も!
月日が経過すればどんなものでも薄れていくものだ。
偉大なる発見をした人は称賛され続け、非道の事を起こした人物は歴史に傷跡を残し続け、不思議な出来事は一種の娯楽のように勇敢な変人たちの未知として掲げられる。
入学式を終えたとある高校のクラスでは未解決事件としていまだに報道され続けられるニュースについて会話していた。
プライバシーの保護のため被害にあった人たちの詳しい素性を知っている人はその場に居合わせた人、警察、救急隊員────そして被害にあった人たち。
(なんで親父や母さんは死ななきゃいけなかったんだ)
その被害にあった一人である
少年の時代から今に至るまでどこにいても耳に入るこの話題。そのせいでいっとき塞ぎ込んでいたこともある。けど、逃げ続けてもこの先の碌なことにならないと祖母の説得するような説教によって泣く泣く学校に通い続けた。
ある程度は聞き流すことはさほど苦労しなくはなったが、聞きたくないものは聞きたくない。その話をするのをやめてくれないかなぁと横目で様子を伺っていると、視界の端で席から立ちあがる人影の姿があった。
「みんなしてその話題はどうかと思うな~~」
「お、
頭を掻きながら話しをしていたクラスメイトに近づいた水上は、すっとポケットからスマホを取り出して画面を見せた。
「お!? それって!?」
「おうよ」
何だなんだと水上が見せてきた画面を注視したクラスメイトの一人が驚きの声を上げながら水上を見た。
「この学校一と呼ばれる────彼女の写真だ!」
うわっはっはっは! と、胸を反らしながら笑い始める水上。その言葉を聞いたクラスの男たちは彼が逃げ出さないように包囲網を引くと、そのうちの一人が水上の首元に掴みかかる。
「────どこで手に入れた!?」
ゴクリとつばを飲み込み、耳を大きくして待っている男たちを見渡す。彼はニヒルな笑みを浮かべ、すっと口を開いた。
「……………内緒」
「「「「「っく!?」」」」」
途端に崩れ落ちる男ども。俺なんか彼女のクラスメイトに金を渡したのにいまだに……、おれは土下座したのに、女子更衣室に忍び込んでかめ────いだだだだ! 冗談! じょーだんだからぁ! と、そんな風に各々がどうにかして彼女の写真を手に入れようと躍起になっていたのだが、結果はご覧の通り惨敗の模様。
なお、犯罪予備軍の奴は周りから天誅を受けた。
男達にとってその写真は砂漠の中から見つけられたオアシスのようなもの、まるで群がるゾンビの如く水上の足元に掴みかかり始めた。
「放せゾンビども!」
「
「少しだけでいいからよ~~、ほんの先っぽでいいがら~~」
「……いまだ!」
「あ!?」
ゾンビどもを引きはがそうと手で押しのけていると、後ろから近付いてきた
「でかしたぞ!」
「お前は英雄だ!」
「よしみんな!」
「っちょ! 俺のスマホ返せ!」
「「「「「逃げろぉぉぉおおおぉぉぉぉ!!」」」」」
「おいっ! うぐぅ! ギャッ!」
示し合わせたかのような息の合った逃亡を図った男たちは、水上を床に押し倒し踏みつけ、バスケットボールのパスのように巧みにスマートフォンを渡し合い、誰が持ったかわからないようにしながら教室を後にしていった。
「泥棒は犯罪だぞぉぉぉ!」
そしてスマートフォンの
「ほんと男子ってバカよね」
「水上くん、可哀そう……」
「あんな奴気にしなくていいよ、あの写真撮るために木の上に何時間も張り付いてたって話し」
「「「うっわきっしょ」」」
違う、一日だぁ……、と床を叩きながら涙を流している水上の声が探真の耳に微かに聞こえたが、何事もなかったように身支度を整えて立ち上がった。
「じゃあみんな」
「
「さすがこのクラス唯一のまとも系男子────あ」
「グハァ!」
教室から出るときに何かを踏みつけたような感触があったが気にしないようにして、家に向かって歩き始める。
通学路を歩きながら、ふと事件に関して疑問に感じた。
「にしても……こんなに時間が経って見つからないなんてことあるのか?」
事件から数年。その犠牲者の数の多さに年月が経っても捜査の手を緩めない警察にふと疑問に思った。
未解決事件なんて世界でも……、日本でも少なからずあるものだがそれは目撃者の少なさや証拠不十分などいろいろな要因がある。
『あの事件』に関しては、人通りも多い国道のど真ん中で起きた出来事だ、目撃者も多くそして────被害者も多いい。
場所が場所のために警察も救急隊員の到着も早く、現場の保存もしっかり出来ている筈だ。何かしらの痕跡……例えばへしゃげた自動車、倒壊したビルなど爪痕なんて幾らでもあるのだ。もっと言えば監視カメラだってそう。
だが『事』を犯した存在に関して、いまだに何も情報が入っていない。
事件の被害者遺族たちには優先して事件後の捜査状況の話しはあるが、内容としては『誠心誠意、警察官の務めとして、存在意義として捜査を続けています』要するに何も事件に関して発展がないのであろう。
探真はポケットに入れているお守りをギュッと握りしめる。
これは両親が、父が大事に持っていたお守りだ。昔に祖母から父に譲渡された厄除けのお守りらしいが、今となっては親の形見としてのモノでしかない。
何度も、自分で、己自身で犯人の手がかりを探そうとしたことはあった。……けど結果は虚しく何も手に入らなかった。運がないと言えば簡単だが、この事件に関して張られている規制のせいで実情は警察から手に入れることは出来ず、現場にはいまもな
「そうだ」
横断歩道を渡りながら右に顔を向けた。
────たしかこの道をずっと直進していけば現場にたどり着くはずだ。
いてもたってもいられなくなった探真はスマートフォンを取り出して家族に遅れると連絡を入れると、帰り道とは違う事件現場の方向に駆け出した。
思えば、あの日から全部が止まっている気がする。
「はぁはぁ」
月日が経ってなお今さっきの事のように思う。
両親と一緒に横断歩道を渡り今日の晩御飯や、つい最近の出来事はどうだったか。
そんな会話をするいたって普通の日常だった、けどそれが最高に『幸せ』であったことなんてその時まで思いもしなかった。
「クソ」
未来を浮かべながら満面の笑みの自分の姿が頭に浮かぶと無性に殴り飛ばしたくなる。
そこから離れろ! そこにいては駄目だ! 今すぐ逃げろ! そんな
「こうなっ……たら」
……自分で探してやる。もう諦めるなんてしたくない、公開することなんてしたくない。もしかしたら……何時間も、何日も探しても何もわからないかもしれない、そんな不安も過ぎる。
けどれ何もしない方が怖い。天真爛漫でわがままの暴君のような姉が変わってしまったのも、自分に謎の謝罪を続ける祖母も、自分が前に踏み出すことができないのは。
「全部これのせいだ」
視界に広がる
かなりの範囲に規制線が張られ、これ以上前に行くことができなくとも、いまこの場所に足を進めることだけで前に行ける気がする。
────きっとこの先にあそこがある、自分のトラウマとなったあそこが。
「……ははは」
規制線を掴む自分の手が震えていることに気が付くと自然に笑いがこぼれた。
「絶対に『怖い』ってことじゃない」
睨みつけるように崩れた世界の奥に顔を向ける。
「武者震いっていう方があってる」
〉〉〉
「『協力』してくれなかったすね」
国道を走る一台の車。
車を運転するのは、ぼんやりと寝不足気味な眼で白シャツが腰からはみ出た、だらしない格好のスーツの男。
「ったく、本当に面倒だよな。何でこんな事件の捜査の一環……もといほぼすべての調査をせにゃぁあかんって話し。こっちは寝不足っていうのによ」
ぼそぼそと、己の上官を思い浮かべながら呪詛を唱え殺気だった声で文句を言うずぼらな男。
「はっはっは! いやいやー-っ! 先輩、きっちり七時間寝てるでしょ?」
「俺はなぁ、毎日八時間寝ないと集中できん体質なの、いい加減理解しろ」
腹を抱えて助手席で笑う若干やせ型の男、こちらの方はちゃんとスーツを着こなしている様子だ。だが、茶髪に染め上げた髪でチャラチャラっとした雰囲気は、ビッシとした服装とはまるで合わない、どこか残念さが伺える。
「でも、九時間寝た日の先輩は『まるで二日酔いした後のような頭痛だ、無性にイライラするわ』って、逆切れしてますよね? あれ、ほんとメンドくさいっす」
「その一時間が大切なんだよ、察しろ」
「でたー-っ! 上司にありがちな理不尽! よよ! さす────いった!?」
「静かにしろ、撃つぞ」
「いたたたた……自家用車じゃないのにそれは犯罪っすよ」
手を叩いていい笑顔で煽ってくる仕事仲間の後輩にムカついて思わず拳骨を落とすずぼらな男。寝ぼけた眼で懐から取り出した拳銃を後輩に突き付けると、両手を上にあげて降参のポーズで固まったまま真剣な目で論する後輩。
ため息をしたのち銃口を後輩から外した。
「まぁいい」
「よくな────」
「しらん」
「……男、
一人地元の両親を思い浮かべて涙する後輩の顔面に手帳をぶつける。いたい! となよなよっとした声を出した後輩に「それでも確認しとけ」というずぼらな男。
「まったく、この先輩ときたら……。そういえば次は何処の被害者のお宅に伺うんですか?」
「先に────」
車に取り付けられているカーナビを起動して目的地を入力するずぼらな男。
「例のあの場所だ」
カーナビの地図に映っている、空白地帯となった目的地に目を向けた。
〉〉〉
「………なんだ?」
ふと、何とも言えない違和感を感じぼそりと探真は呟いた。
周囲を見渡しても何か変わったことが起きた様子もない。聞こえてくるのは折れ曲がった信号機から聞こえる不気味な点滅音、崩れ落ちたビルの隙間から流れ出る風の音。人の気配を感じないこの場所はまさしく小さな荒廃した世界ともいえる。
けど、何かが、雰囲気というより空気が重くなったようなそんな感覚が。
「っ!?」
パラパラと空から落ちてきた破片らしき音に反応して慌てて崩れているビルの方向に目を向けたが、特に変わった様子はなかった。
「気のせいなのか?」
ただの自分の勘違いなのかと、後ろを振り返り来た道を戻ろうとすると視界の端に何かの切れ端が映った。
「うん? 規制線の切れ端?」
風に舞って手元に飛んできたのは引き裂かれた跡があるような規制線の切れ端。なぜこんなものが飛んできたんだ? と手元に視線を移す。
その瞬間に、何かが着地した音と共に目の前に何かの影が現れた。探真は誰かが目の前に立っているのか? と、気になって顔を上げると────。
────黒い巨大な眼が自分を見ていることに気が付いてしまった。
「は……」
ピシりと体が硬直し思わず口から声が漏れた。
見た目はまるで蛇が獣の姿を形どったような黒い『何か』だった。
その『何か』は唸り声を出しながら、巨大な一つ目で無機質に探真をジーと見つめていた。
現実離れた状況に探真は思考が止まってしまった。
(なんだこれは、これは生物なのか。見たことも────聞いたこともない)
色々な憶測がグルグルと頭の中で渦巻くが、気持ちを落ち着かせて『どうにか』冷静に判断しようとするが……目の前の『何か』はそんな悠長な時間を探真には与えなかった。
【がぁぁぁ!】
「おわぁ!?」
突然開けられた大きな口が探真を食いちぎろうとするのを見た瞬間、生存本能ともいえる火事場の馬鹿力が、スローモーションとなった世界で探真を反射的に動かし、あわよくば食いちぎられる所を間一髪のところで右に飛び込む形で回避した。
黒い獣は数回咀嚼するような動きを見せると、獲物が口の中にいないことに気が付き苛立ちを覚えたかのように先程より力がこもった唸り声を上げる。
その動きは自然界の頂点に立っている筈の人間をも超えた存在かのような悠々としていた。
蛇が鎌首をもたげるような形に体を動かす黒い獣は動く。探真は獲物を吟味するかの様子でこちらをジーと無機質な瞳で伺う黒い獣を警戒しながら、ゆっくり起き上がった。
たらりと汗が頬を伝いながら落ちる。
「なんだよこれ、……ふざけんじゃねえぞ」
唐突に起きた命の危険という不条理な出来事に、世界を恨むような言葉を虚空にぶつけると、どこかに避難できるところがないか周囲を見渡す。
どこでもいい、この化け物から逃げれるところをっ!
人間の身体能力なんてたかが知れている。
昔の時代であれば力仕事なり、戦いであったり、生きていくための必要最低限の身体能力が現代人より高かったはずである、なので多少野生の獣に対して出来る行動が多かったであろう。ことの現在においての『必要最低限』は学校の運動で体を動かしている程度、武術に心得があるわけもなく、ずぶの素人である探真にこの状況を対処できるほど能力なんて毛ほども存在しないのである。
とはいっても戦闘能力を持った人間でも対処できるかは怪しい存在ではあるが。
────死にたくない。
そんな言葉が頭に過る。
単純明快な言葉だが、この状況では……それすらも危うい。
探真はそっと足元に散らばる小さな砂埃を手で拾い、後ずさりしながら黒い獣の様子を伺う。
ゆっくりと後ろに下がる探真を追い詰めるように、左に回り込むように体をうねり動く黒い獣。……いつくる? 数秒後? それともそのままどっかに行ってくれるのか、楽観的な考えが頭に浮かぶが、探真にとって都合がいい事なんて起きる筈もなく────急に動きを変えて探真に目掛けて大口を開けながら飛びかかってきた。
「くらえ! クソ獣野郎!」
待ってましたと言わんばかりに必死に横に飛び込み避けながら、黒い獣目掛けて手に持った砂埃を投げ払った。
先程から見た感じ、この黒い獣に
「おいおいおいおいおいおい! 微動だにしないって!?」
────だがそんな淡い期待に応える存在ではなかった。
眼に付着した砂埃に対して全く反応はなく、先程と同じように数回咀嚼するような行動をとる黒い獣に対して、生き物ならそこは弱点だろぉ! と心の中で怒りの抗議をした。
【グァァァァァアアアアアア!】
何度も避ける
こうなったら……もう、何が何でもどうにか走って逃げるしかない。
足止め作戦は失敗に負え、ほかにある手と言えば『手持ちにある、小腹が空いたように所持している携帯食で許してもらう作戦』こんな子供じみた作戦が通じる様子もない。
苛立ちをぶつけるかのように足踏みをしながら目を充血させていく黒い獣を見て絶対に無理だとあきらめたいがっ……。
「これでも代わりに食っとけ!」
一滴の願いにかけて鞄から取り出した携帯食を黒い獣目掛けて投げつけた。
携帯食は綺麗な放射線を描いて黒い獣の巨大な眼にぶつかった。
コロコロと足元に落ちたそれに黒い獣は目を向けた。
「………」
【………】
沈黙する黒い獣。
もしかしたら……。
目の前にいる黒い獣はただ単に腹が減っていただけかもしれない。そう、絶賛好評発売中であるウルトラエネルギークッキーに含まれているありとあらゆる栄養素を察知したのかもしれない。それも仕方がないであろう、包み紙を剥がした瞬間に吹き出る恐ろしく濃厚なバターの香り。それは全人類の鼻腔を刺激し脳髄にダイレクトアタック! どんな人でもたちまち涎を止めること出来ず。何日も絶食している僧侶の目の前で包み紙の剥がしを行ったら笑顔でドロップキックを食らうこと間違いなし。香りヨシ! 味ヨシ! 栄養ヨシ! 誰もが欲しがる魅惑の携帯食料それが────。
【グルルルガガガガァァァアアアアアアアア!?】
どうやらこうかがなかった!
成功したか!? と笑みを浮かべていた探真をどん底に落とすかのような、怒り狂った叫び声を上げる。
「やべ……」
もしかして最悪の選択をしたかもと思った探真。
その選択をしてしまったのであろう。何度も何度も苛立たせる獲物に腹の足しにもならない物体をぶつけられ、黒い獣は馬鹿にされたと勘違いした。
地響きを起こしながら
「うわぁ!?」
勢いが余り過ぎたのか、己でも制御が不可能な速さで飛んだ黒い獣は探真を食いちぎることができず、そのまま探真の背後にあった瓦礫の山をものすごい音と土煙を立てながら粉砕した。
「は、外したのか……?」
外れてくれ助かったと安堵していると、ふと自分の右腕から妙な熱さ、それはとても我慢できるようなものでもなく、ちらりと目を向けると。
「あああぁぁぁ!?」
わずかながらに皮膚が食いちぎられた右腕が目に映った。
熱いということが痛みであることを体が認識すると同時に襲ってきた激痛にその場で暴れるようにのたうち回った。
痛い痛いたいっ!?
「うぐぐぅ、でも、いま、のうちに」
脂汗を流し荒い呼吸で歯を食いしばりながら情けなく流す涙も気にせず生きるためにふらふらと立ち上がる。だらだらと傷口から流れる血を抑えようと左手で右腕を抑えながら、涙で滲む視界の中どうにかその場を去ろうとする。
ふらふらと俯きながら歩いていると何かに体がぶつかった、まとまらない思考の中、間違って壁に向かって歩いてしまったのかと顔を上げる。
「嘘だろ……」
そこには黒い獣に似たような、まるで対比の存在の如く真っ白でアンバランスな一足歩行で器用に立ってこちらを伺う眼がない獣の姿があった。
逃げる……………いいや。もう、無理だ。
「ははははは……」
無様で情けない笑いがこぼれた。
どうしても死にたくない、両親が、もしかしたらその元凶とも思える獣を二体発見できたのだ、ここで終わったらもう誰も『あの事件』の真相にたどり着くことは不可能じゃないのか、おれが死んだら、父さんは母さんは祖母は────「お帰り」って言ってくれる存在がいなくなった姉はどうなってしまうんだ。
「まだぁ、死なねぇ……」
動きそうにもない右腕から左手を離し、その左手で力いっぱい握りしめた。
「俺はまだ、ここで死んでたまるかぁぁぁぁぁっ!」
己の全力を込めて突き出した拳。
それはどう考えても目の前の白い獣に対して有効打にもならず、なったとしても後ろにいるであろう黒い獣に後ほど食い殺される運命だ。
走馬灯のように思い浮かぶ幼き頃の記憶の中、
ポタリポタリと零れ落ちる血が探真の体を伝いポケットに入っているお守りの中の『モノ』に染み込んだ。
────【嫌いじゃねぇな、吐き気がするようなこの血の匂いに声は】
脈動を打つお守りの中にある存在。それに反応してか物凄い勢いで後ろに後ずさりした白い獣。それは、探真の拳が丁度白い獣にぶつかった瞬間であった。
「……へぁ?」
まさに窮鼠猫を噛む。思いがけぬ白い獣の行動に己の拳で殴り飛ばしたと勘違いした探真は、その場で自分の左手を掲げて見つめた。
「お、俺にこんな化け物じみた力がっ!?」
それは、少年少女が焦がれ憧れるファンタジー的な不思議パワー、この日を境に探真は全てを殴り飛ばす超人類としての軌跡を描くことに────っ!?
【いやちげえだろ、クソ餓鬼。現実を見ろ現実を……馬鹿か?】
────なるわけもなく、突っ込まれた声に思わず顔を赤面させた探真は声の出所を探そうとあたふたと周囲を見渡す。
「だ、誰だ!?」
【マジかよ……、こんなアホが使い手? また冬眠させてくんねえかな】
なんだかよくわからないが、このままではこの声に見捨てられそうな予感がした探真は必死になって声をかける。
「だ、誰だかわからんけど助けてくれ! このままじゃあ……」
チラリと周囲を伺う。
何ともない様子で此方を警戒している白い獣、その様子にやはりさっきのはたまたま何かがあっただけの雰囲気だ。それにさっきから黒い獣がぶつかった瓦礫の山から鬱陶しげなうなり声と共に徐々に瓦礫が周囲に吹き飛んでいく姿が見える、もう黒い獣が襲い掛かってくるまでの時間がない。
情けなくとも構わず助けを求める探真にため息をつく謎の声が仕方がねえかと喋り。
【鮮血の矛】
「え?」
【いいから言え!】
まさか、仮〇ライダーまたはプ〇キュアみたいな変身するときの声を出さないといけないのかと、羞恥心にもじもじっとする探真にたいして、さっき気持ち悪いこと言ってただろ! とバッサリと切り捨てる。
探真はもうやけくそだと左手を掲げカッコつけた決めポーズをとって叫んだ。
「鮮血の矛ぉ!」
その叫びに呼応したお守りの中の『モノ』は赤く輝き、瞬時に探真の目の前に現れた。
「赤い────槍?」
目の前に浮かぶ深紅の槍を手に持ってぼそりと呟く。
【俺様は鮮血の矛、番外、名はリード。短い付き合いで終わりそうだが、今回は手を貸してやる】
頭に響く声が、自然と手に持っている槍から伝わってくるのが理解できた。
「リード? あれ、腕が」
そういえばと自然と利き腕である右腕で槍を掴んでいることにあれ? と疑問に感じて傷口を見てみると、もともと傷すらないかのような綺麗な腕が視界に入った。
【グルルルルゥゥゥ】
ガラガラと音を聞き、後ろを振り返ると。
下等生物めと言わんばかりで充血した巨大な一つ目で此方を睨みつける黒い獣が、瓦礫から抜け出すのを目にした。
【最初っから物語の幕引きのようだが、まぁ俺様はどっちでも構わねぇ】
「はぁ!? ふざけんな!?」
探真の生死なぞ眼中にない反応に探真は槍に向かって抗議の声を上げる。
【生きたかったらせいぜいガンバレ、それと治癒に関しては力が足りねえ。怪我を負っても治せねえからな?『怪我をしても治せるから大丈夫』とかくだらねぇことは考えないことだ】
「一回きりってことかよっ!?」
少なからずそのような考えがあった探真は落胆するが、どっちにしろあんな激痛なんて好んで味わいたくない。ゾンビアタックなんて攻撃も出来たら無敵だが、痛みの耐性もない探真がそんなことをしても、この獣達は治癒能力がなくなるまでのたうち回る探真をおもちゃにするだけであろう。
【そろそろ来るぞ】
「……っ」
前方後方にいる獣が同時に体に力を入れ始めるのを見てリードが呟く。
もうやるしかないと、槍を握りしめ不格好な構えを取り、白い獣と黒い獣両方の姿が見えるように後ろに下がりながら、二匹と探真が三角の形で向かい合うようにゆっくりと動いた。
【………戦う前に言っておく】
「────っなんだよ!?」
いつ襲い掛かるかわからない緊迫した状況に、固唾を呑んで様子を伺っている探真に大して気の抜けたリードの声が聞こえた。人の気を知らないでと苛立ちながら声を出した。
【さっきのくだらねぇ無駄なクソださポーズ。アホ程面白かったぞ】
「………っ」
リードの声とほぼ同時に白い獣と黒い獣が飛んだ。
両方の動きを伺っていた探真はリードの場違いの言葉にブチリと血管が切れた音と共に槍を力いっぱい握りしめると、ワンテンポ遅れながらも口を大きく開き叫びながら前に飛び出した。
「────このくそ槍がぁぁぁぁぁ!」
鮮血の矛 縁側 @SIKAISYA
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