鮮血の矛

縁側

序章

「────!」


人々の怒号、耳に聞こえる救急車のサイレン音、ひどく不快感を感じる雨粒、体に付着した肉親であった者の破片。


「………なに」


全てが、五感に響くすべてが煩わしく思えた。


否定する────何ともまぁ簡単なことだ。ただ目の前のことに対して現実逃避すればいい、ほんの数十分前にしていた日常に意識を記憶を向けて、この現場から、風景から逃げ出せばいい。とても簡単なことだ。


「さ────ま!」


何かが体を揺らしている、それと声も聞こえる。ノイズが記憶のかけらがそれらを遮ろうとする。


「っ!」


その瞬間、顔を平手で叩かれた。


「あ、あぁぁ」


唐突な痛みに意識が向けられ、逃避していた現実が暗くよどんでいた瞳に映った。


本来の色を失ったアスファルトに広がるおびただしい血の色、交通事故が起こった後のようなへしゃげた複数の車、家族と思わしき人物の傍らで泣き叫ぶ男性に女性、体中を真っ赤に染め上げ呆然と立ち尽くす少女、気を失った様子でうつぶせに倒れている青年、崩れた建物の瓦礫の下から聞こえる助けを求める声と隙間から伸ばされた腕、頭から血を流しながらふらふらとおぼつかない足取りで歩き続ける少年、無様に泣きわめき周囲にいる助けに来てくれた人につかみかかる女性────そして実母親と父親の肉片を体に付着させたまま祖母に抱きしめられている自分。


「ごめん、すまない……」


「ばぁ」


「っ、ごめんね」


何で祖母は泣いているのか、何に対して謝罪しているか分からなかった。一つだけわかるのは────。


────自分は今日、両親を失ったという事実のみであった。

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