第21節 振り返りの鑑賞戦をしてみましょう!

「すごいでしょ! すごいでしょ! すごいでしょッ‼」


 剣術の立ち合いが終わると同時に、興奮気味にそう叫ぶカイル。


 僕も全く同意見だ、と心の中で思った。


 なぜ、心の中で思うかって? カイルがすさまじい勢いで僕の肩を揺らすからだよ⁉


 それまでの大人っぽい雰囲気が嘘のようにカイルは年相応に興奮していて。


 いや、まあそれ自体はいいんだけど、カイルが興奮のあまりがっしりと僕の肩を掴み上げて、そのまま激しく揺さぶってくるから……うぷっ。


「……まずい、吐く……」


「わああッ、ごめん‼」


 顔を青ざめさせ、口を押えてうずくまった僕に慌ててカイルが謝罪する中、そんな僕達の横から呵々大笑が響いてきた。


「わははは。どうじゃ、小僧ら。吾の絶技を見たか!」


 大声で笑いながら近づいてきたのは、あの白道着マン三人組に勝利したご老人だ。


 改めて見てみると、なかなかに引き締まった体躯の持ち主である。


 顔立ちは髪を真っ白に染めた、皺だらけのお爺ちゃんという感じなのに、体つきはまるで巌のように鍛え上げられており、その歩みの一つ一つからずっしりとした重みが感じられた。


 にもかかわらず先ほどの立ち合いでは軽やかに動き回って見せたのだから、彼がいわゆる達人と呼ばれる存在なのだろう、と僕はなんとなく察する。


 そんな達人である老人は、しかし口を押えてうずくまる僕とその前であわあわするカイルを見て、おや? と眉を顰め、


「なんじゃ、その白色をした坊主。そんな顔を青ざめさせて……まさか、吾の絶技がすさまじすぎて、歓喜のあまり呼吸を忘れたな! わははは! 無理もあるまい! 吾の剣技は森羅万象! 老若男女のすべてを魅了してしまうからな‼」


 すっごい、ポジティブシンキングだな⁉


 っていうか、いまの言葉はなんだよ⁉ まるで世界は自分を中心に回っているみたいな言い方だったぞ⁉


「世界は吾を中心に回っておる!」


 マジで言ったぞ⁉


 そう驚いている僕の目の前で、しかしご老人──アルフレッド・フォーマルハイトさんは、膝をつくと、僕の肩にその大きな手を置いて、


「ゆえに吾も気遣いができる男よ。ディアナ! この白色小僧に吐き袋を渡してやれ」


「ええ。承りましたわ、師範」


 唐突な言葉と同時にどこからともなく現れたのは、長身をした女性だ。


 いきなり現れた女性の姿に僕とカイルがギョッとしていると、女性はやはりどこからともなく吐き袋──エチケット袋を取り出して僕へと差し出してくる。


「はい、どうぞ。気持ち悪くなったらここに吐いていいですからね」


「あ、はい。ありがとうございま、……?」


 驚きすぎてもう吐き気は収まっていたのだが、それでも差し出してもらったものを返すのもあれだから、と反射的にエチケット袋を受け取ってお礼を告げた僕は、しかしそれを受け取ったうえで、違和感を覚えて女性を見る。


 それに女性も気づいたのだろう、彼女も首をかしげてきて。


「……? どうかされましたか?」


 女性から問いかけられたので、僕はしばし迷った後、正直に答えた。


「えっと、その。あなたの〝呼吸〟が、さっきフォーマルハイトさんがやっていた〝呼吸〟と同じだなって思って……」


「あら」


「ほう?」


 目を細めてこちらを見やる女性とフォーマルハイトさん。


 それに僕は目を白黒させながらも隣にいるカイルへ、なあ、と声をかけた。


「カイルもそう思うよな?」


「え、えっと。ごめん、僕にはユリウスがなにを言っているのかわからない……」


 ええ~。


「いや、だって。さっきの稽古? で、フォーマルハイトさんが使ってた〝呼吸〟じゃん。あの剣を受け流して弾き飛ばした時の。あの白道着マン三人組の使ってた荒々しい〝呼吸〟じゃなくて、ゆっくりと体になじませて同化させるみたいなやつ」


「え、それって。えっとフォーマルハイト様とお弟子さんのことを言っているの? もしかしてユリウス。さっきの戦いが見えていたのか?」


「……? 当たり前だろ。まあ途中からだけど、こう白道着マン一号が、剣を振り上げて、フォーマルハイトさんにかかっていって、それをフォーマルハイトさんが、こうひらりとした動きで避けて、そこから……」


 立ち上がり、僕はさきほど見た動きをなぞるように剣を振り上げるような動作をし、続いてそれに対するフォーマルハイトさんの動きを。


「で、それでもらちが明かないからって、一度距離をとった白道着マン達が剣をこう、体の前? で構えて、それで大きく息を吸って」


 確か、こんな感じだ。


「コォ──」


 そうそう周囲の魔素を吸い込む感じ。


 白道着マンのそれはすごく荒々しかった印象がある。


 こんな感じで息を吸って、それで──


「勢いよく踏み込んで、一人がフォーマルハイトさんへ接近。残り二人は遅れて駆け出して、もしフォーマルハイトさんが左右に避けたり、一人を倒したりしても、その隙をつく感じで接近するっていう作戦で近づいていって」


 いま考えるとかなり雑な作戦だな。


 どう考えてもあの白道着マン三人組とフォーマルハイトさんでは実力差がありすぎる。


 フォーマルハイトさんの動きを考えても、あの作戦では各個撃破されるだけだ。


 僕が同じ状況になるとしたら……


「僕なら、一度引いてフォーマルハイトさんに攻撃を誘発させるかな? そうして一瞬で足止めしている間に左右から二人が同時に攻撃を加える」


「うむ。そうするならば吾は、誘いに乗らずあえて距離を取るぞ? いくら吾が勇猛で知られる〈剣聖〉と言えど、無暗に死地へ飛び込むのは愚か者のすることだからな!」


 む。だとすると、選択肢は別のものになる。


「だったら、二人が同時に突撃するってのはどうですか? そうするとどちらか片方を倒さないといけないから、その隙をついてあとの二人がフォーマルハイトさんを襲うとか」


「ふむ。いい手だが、それをするには前に出る二人の呼吸を完全に合わせねばならぬな。あの弟子達はなかなかいい腕を持っておるが、まだまだ連携という点では足らん」


「なるほど。確かに、その点を考慮しなければならないのか……だったら、いっそのこと一人で挑んだ方が、まだしもフォーマルハイトさんに勝てそうですね」


「うむ。そうだな、というわけで白色小僧。ちょっとやってみせよ」


 はい? と僕が顔を上げた先で、ニンマリとした表情を浮かべてこちらを見るフォーマルハイトさんの顔があったので、僕は意味が分からず目をぱちくりとさせる。


「やってみせよって、なにを?」


「なに、白色小僧。お主が言って見せたように、吾へ一人で挑みかかってみせよ!」


 いやいやいや! なに言ってんのこのジジイ⁉


「僕は剣を習ったこともない、素人ですよ⁉」


「安心せよ。その点は吾もわかっておる。本気は出さん。こちらからは攻撃せんから、好きに打ち込んできてみよ!」


 満面の笑みでそう告げて、そしてフォーマルハイトさんは、視線を女性のほうへ。


「ディアナ。この白色小僧に似合う剣を持ってこい」


「はい。かしこまりました、師範」


 だから、僕は了承していないって⁉

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魔導書転生~転生したら古代超人類の魔導書でした~ 結芽之綴喜 @alvans312

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