第20節 子供はいつでも戦うことに憧れるものです
そうして僕がカイルに連れてこられたのは、元居た場所から少し行った先にある小路。
周辺を建物に囲まれる形でそびえたつ、体育館の用に大きな建物であった。
「ここは……?」
「剣術道場。ウィレム流剣術を教えている道場で、なんとここではあの〈剣聖〉アルフレッド・フォーマルハイト師が師範を務めているんだよ‼」
そのウィレム流とか、フォーマル何某とか言われても困る。
僕が連想するフォーマルと言えば、あれだ、礼服を指すあれだ。
すなわちスーツとかの格式高い服装。
だとすると、まいったな。
「ねえ、カイル。僕はこんなカジュアルな服装をしているけど、大丈夫かな? やっぱりスーツとか着てきた方がいい?」
「うん。えっと、なに言っているのかわからないけど、服装は大丈夫だよ。別に剣を振るわけじゃないし、ユリウスの恰好でいいんじゃないかな」
困り顔でそう告げてくるカイルはやっぱりいい奴だ。
僕の奇天烈な言動にも避けずに反応してくれるのは本当にありがたい。
前世は友達がいなかったから、是非とも彼とは友人になりたいと僕は思った。
《指摘:そもそも相手にたいして奇天烈な言動をとるからこそ、友人がいなかったのでは?》
【そうよね。時々、本当に信じられないぐらい言動が不規則になる癖はどうにか治した方がいいわよ。いや、真面目に】
脳内迷惑どもがなにか言っているが僕はそれを無視。
すると、カイルが僕の背後に回り、その背中を強引に押してきた。
「ほら入って入って!」
「ちょっ、カイル。勝手に入っていのか?」
戸惑う僕に、しかしカイルは大丈夫、と口にして、
「問題ないよ。ここは見学自由だから!」
そうカイルが言う通り、誰に止められることもなく僕達は道場の中へと入っていき、
「セイヤアアアア‼」
扉をくぐると同時に響き渡る裂帛の気勢。
やはりどことなく体育館を連想させる広い室内。
そこでどうやら四人の人物が剣を打ち合わせているらしい。
白い道着? だろうか、なんとなくそんな雰囲気の服装に身を包んだ男性達が三人、その手に木剣をもって、そして挑みかかっているのは青色の服装に身を包んだ老人。
お、なんだおやじ狩りか? 老人いじめはいかんなあ、ご老体には優しくしないと。
なあんて、僕が思っている目の前で、しかし三人一斉にかかられた老人は、その老体に見合わぬ軽やかな動作でひらりひらり、と避けていく。
まるで蝶々のようだ、と僕は思った。
いや、こんな風に想うと、なんだよその例えって、ネットで笑われるかもしれないけど、老人の動きを表するのならばそんな感じなのだ。
まるで風に巻かれた木の葉のように白い道着の男性三人を避けていくご老人。
それが三回ほど続いた後に、らちが明かないと見たのか、三人は一度老人から距離を取ると、そのまま大きく息を吸い込む。
「………?」
瞬間、僕は違和感を覚えた。
なにか、空気に混じって別の者が三人の胎内に飲まれたような、そんな錯覚を覚えたのだ。
そんな僕の違和感に答えたのはソフィアである。
《観測:どうやら、あの三人組は呼吸によって周囲の魔素を取り込んでいるようですね》
「魔素……?」
《回答:はい。魔素とは、この世界の大気中に存在する事象干渉性物質の総称です。どうやらあの男性は、呼吸によってその魔素を体内に取り込み、さらに深く呼吸したことによって起こる血流の促進を利用する形で全身へと魔素をいきわたらせたのだと観測しました》
おおっと、ソフィア! ここでやたらと詳しい説明をするのは減点だぞ。
それでは読者の目が滑ってしまう。
そうじゃなくても僕にはちんぷんかんぷんで何言っているかわからないけどな‼
《回答:イラァ》
【まあまあ、落ち着きなさい、人工物。こいつの不規則言動はいまに始まったことじゃないでしょう。それと、あれは呼吸術と呼ばれる技術ね。その名の通り特殊な呼吸で魔素を吸収し、さらに全身に巡らせることで身体能力を向上させる人類の技法よ】
「へえ、なるほど」
アーシャの言葉に僕が納得を浮かべていると、目の前で全身に魔素? とやらを巡らせた白道着マン三人組が大きく剣を振り上げ、
「イヤアアアアア!」
三人のうち一人が空気を振動させるほどの雄叫びをあげて、踏み込みを発した。
呼吸術とやらの効果か、たったの一歩でとんでもない速さを得た男性はそのまま目の前で待ち構える男性へと肉薄。
さらに続く形で、残りの二人も白道着マン一号と同じくすさまじい踏み込みをもって左右に分かれて走り出す。
一人がやられたり避けられたりしても、残り二人が仕留めるという戦法なのだろう。
それによって老人へと迫る白道着マン三人組に果たして老人は、
「───」
スッ、と老人が息を吸う。
同時に僕はまた大気中の魔素が動く感覚を知覚した。
いまいち言い表しにくいが、例えるならば空気にかぶさるようにして存在するもう一つの物質が呼吸によってその体内へと吸い込まれている、とでもいうところか。
それを知覚した上で僕は、あれ? と首を傾げる。
「……他三人の呼吸とは違う……?」
そう僕が呟くのと、三人の男性が老人に激突するのは同時だ。
「───」
老人が前に出た。
あろうことか、ご老人は突撃してくる白道着マン一号にたいして避けるでも迎撃するでもなく真っ向から、接近したのだ。
さながら自らの体を相手が振るう木剣にぶつけに行くような動作に、僕がギョッとする中、しかし老人はある間合いに入った瞬間、その手に持つ剣を振り上げ、コンッとそんな軽い音がするような勢いで白道着マン一号の木剣を横から叩く。
それだけで劇的なことが起こった。
「───⁉」
白道着マン一号の剣が体ごとかしぎ、まるで見えない巨人の張り手を食らったようにして、横へと──老人から見て左側へと倒れたのだ。
「………⁉」
「───‼」
ちょうど白道着マン二号の動きを遮るような形で倒れこんだがために、一号と二号は共にぶつかってもつれあうような形で動きを止める。
たいして三号は二号とは反対側から突撃していたから無事だったが、それはつまりあの老人と一対一で戦わねばならないということで、
「フッ──」
鋭い呼気と共に振るう剣は、しかしいっそ緩やかにすら見えるほど力が入っていないのに、それは精確に白道着マン三号の木剣を捕らえ、そして弾き飛ばす。
宙を舞う木剣。
続く二刀目で白道着マン三号の首筋に刃を突き付けた瞬間、体から力を抜く三人。
「まいりました」
降参を唱和する三人に、老人は余裕の表情で呵々大笑するのだった。
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