第19節 ボケてボケてボケて、ツッコンでツッコンでツッコム~

「……えっと、君はここら辺の子供じゃないよね? 迷子かな?」


 そう言って僕より少しだけ高い身長をかがめ、目線を合わせてきたのは、おそらくは僕とそう変わらない年齢をした青髪の少年だ。


 おそらくは、とつくのはこちらの世界の人間は体格がいいものだから、僕と同じ七歳ぐらいの子供でも、見た目が前世基準で十三歳とかそこらぐらいまで大きな人も珍しくはない。


 実際に目の前の少年も小学校高学年か、中学生ぐらいの体格をしており、本当に同じくらいの歳なのか、そうじゃないのかいまいち判別がつかなかった。


《指摘:そもそもあなたは見た目の年齢こそ七歳ぐらいのそれですが、魂魄の年齢としましては十代後半ほど、肉体の年齢に限っても二歳ほどであるはずでは?》


 うるさい、見た目や精神ではなく戸籍上の年齢を言っているのだよ。


 そんな風にソフィアと脳内でやりあうのに集中して黙っていたのが悪かったのか、少年の方は僕がいきなり話しかけられて驚いている、と受け取ったのだろう。


「大丈夫だよ。僕はカイル。カイル・アーサー。人攫いとかじゃない」


 そう言って柔和に笑いかけてくれる少年に僕はつい感極まってしまった。


「うぅ~、脳内ぃ~」


「うお⁉ これはなかなかまいっているね⁉」


 いかん、見た目の年齢に精神が引っ張られた。


 いや、本当に人間って不思議なもので、見た目が子供になると途端に性格も子供っぽくなってしまうのだ。


 おかげで思考が脳内って単語に埋め尽くされる恐怖に震えていた僕がそんな頓珍漢なことを口にしてしまったおかげで、さらにあたふたするカイル・アーサー少年。


 さすがの僕も元男子高校生としての矜持があるので、少しだけ深呼吸をして精神を落ち着かせると、折り目正しく彼へ挨拶をした。


「どうも、こんにちは。僕の名前はユリウス・フリードと申します。父とこの近くの市場に買い物へと来ていたのですが、そこで父とはぐれてしまい、それでも合流できないかとここで待っていたのですが、なかなか父が現れず途方に暮れていた次第です」


「急に真顔になったね⁉ う、うん。そ、そうなんだ……。この近くの市場というと、大通りのあそこかな。あの市場はほかの街区からも人が来るから、迷子になりやすいんだよね」


 自分も経験があるのか、苦笑しながらカイル少年は言う。


「う~ん。本当なら憲兵さんあたりにでも預けるのがいいのかもしれないけど、いまは巡回の憲兵さんはいないし……とりあえず、ちょっとここから動こうか?」


「……? どうしてですか? 実はあなたは人攫いだったりします?」


 僕が首をかしげてそう問いかけると、カイル少年は人攫い呼ばわりされて若干傷ついた表情をしつつも、しかし彼は健気に笑みを浮かべて、


「ぼ、僕は人攫いじゃないけど……えっとね、ここら辺の治安はまだいい方だけど、それでもよくない大人とかがいるからね。君みたいな子がずっと一人でいたら、それこそ本物の人攫いにさらわれちゃうかもしれないだろう?」


 ああ、それは僕もなんとなく察している。


 実際に、ここへいる間、ジロジロと僕のことを見てくる大人が数人いたので、僕はソフィアに頼んでそう言った僕へ注目する大人を弾く結界を張ってもらったのだ。


【……ねえ。私いま気づいたんだけど、あなたがジーク・フリードに見つけてもらえなかったのって、もしかしてその結界のせいじゃないかしら……?】


 ………………………………………………………………………………………………………あ。


 しまったぁ⁉


 そういえば、そうだよ⁉


 この結界〝一定年齢以上の大人〟を弾く結界だから、ジークさんも十分に弾くじゃねえか⁉


「ぐおおお……⁉ やらかしたあ……‼」


「わ、わっ⁉ いきなりうずくまってどうしたんだい⁉」


 自分のやらかし具合に頭痛すら覚えながら僕が頭を抱えていると、それに驚いたカイル少年が慌てた声を出すので、彼を心配させるのもあれだし、とすぐに冷静さを取り戻して、僕はすくっとその場で立ち上がる。


「いえ。ちょっと自分の盛大なミスに気づいて、まいっていただけです」


「またすぐに真顔となったね⁉」


 おお、お手本のようなツッコミ。


 いや、本当にツッコミって難しいんだよ?


 最近の若者は本職の芸人であっても、とりあえず叫んでおけばツッコミになると思っているが、それは大きな間違いだ。


 正確にはツッコミは観客にとっての常識人でなければならない。


 ボケが展開した奇想天外な世界感に対して、常識人であるツッコミがそれを修正する──この一連の流れこそが真のツッコミである。


 その点で言えばツッコミが叫ぶのも大声を出すことでボケの奇天烈な行動にたいして強烈な掣肘を入れるために過ぎず、畢竟ひっきょうボケを掣肘できるなら叫ぶ必要すらない。


 状況に応じて適切な常識人としての答えを観客に伝わりやすく声に出すことこそツッコミの神髄であり、すなわちボケとのハーモニー。


 そう、笑いとは奇想天外なボケ側の行動をツッコミという常識人が補強することによってはじめて成立するのである!


 その点、目の前の少年は素晴らしい。


 きちんと僕の奇天烈な行動にたいして、常識人としての言葉をぶつけられるあたり彼は見事なツッコミの才能がある! 特にお笑いに詳しいわけでもない僕が保証しよう!


《指摘:あなたはいったいどこから目線でなにを保証しているのでしょうか?》


【脳内弁慶目線じゃない?】


 外野、うるさいよ⁉


 本当に脳内迷惑には困りものだが、とりあえずそれを表情に出すことはなく、その代わりに僕はコテンと小首をかしげてカイル少年を見た。


 この小首をかしげるという動作、アーシャのそれを真似しているが、いまの僕はなまじ幼児なのでこれをするとすごくあざとい。


 だいたいの大人がこの行動一発でやられるそれは、カイル少年にも効いたのか、彼がたじろいだ雰囲気を出すのを逃さず僕は言葉を挟み込んだ。


「どこかに行く、と言ってもいったいどこに行くつもりですか?」


 あ、いまの台詞なんか、い、が付く単語が多いな。


 どことなく早口言葉みたいだ、と僕が思っているとカイル少年はそうだね、と頷いて、


「うーん、僕の家でもいいんだけど……そうすると本当に人攫いみたいになっちゃうか」


 腕を組み、真剣に悩む彼だが、しかし本当にこの少年賢いな、と僕は思う。


 物事を先の先まで考えて行動するというのはツッコミと同じくかなり難しい思考方法だ。


 それをおそらくはそう僕と変わらない年齢の子供がしているのだから、感心しきりで。


 そんな風に想いながら僕が彼を見ていると、唐突に、あっ、と言う声を上げたカイル少年。


「それなら、剣術道場にでも行ってみないかい?」

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