雨過天晴の輝き

第13話


(…こんな感じで大丈夫かな?)


 時刻は午前5時過ぎ

 まだ施設の子供たちが寝ている早朝、晴空は施設の洗面所の鏡の前に立っていた。

 あの後、現実への帰り方を教えてもらい、難無く帰ってこれた。

 あんなに危惧していた髪と目の色も、あの奇抜な色ではなくなっている。舞冬曰く──


霊獣ファントムの体を含めたこの天淵の物質は、全て『霊幻粒子ファンタズマ』という素粒子からできてるの。霊獣ファントムの力というのは、まさにこの霊幻粒子ファンタズマ及びそれによって構成された物質を操る力なのよ。複雑な化学理論は省くとして、霊獣ファントムの力を使うと体を構成する霊幻粒子ファンタズマに影響して変質することがあるのよ。特に毛や爪に関しては神経が通ってないから調整が難しくて、変質しやすいくせに自力で戻すには相当な力がいるの。目の色に関してはあえて説明を省かせて貰うけれど、貴方のその髪と目を戻す方法はちゃんとあるから安心してちょうだい」


 という事らしいので、舞冬に液体の入った2本の小さなボトルを貰ったのだ。

 それぞれ『ヘアカラー(ブラック)』『アイカラー(ダークブラウン)』とラベルに書かれており、ボトルの先は液体を垂らせる形状になっている。

 対象に1滴垂らすだけで、まるで白紙に水彩を垂らしたかのように一瞬で色が変わり、今に至るという訳だ。


(凄い効き目だったけど、きっとこれも霊獣ファントムの力の一環なんだろう)


 一々驚いて原理を探っていても仕方がない。とにかくこれで校則を破る心配はなくなった。

 とはいえ、これは元の近い色に戻してもらっただけ。普段あまり鏡を見ない晴空でも、記憶違いによる違和感を感じている。


(流石にこれくらいは気付かないよな…よし、後は…)


 晴空は洗面所の外の廊下へ出る。まだ電気の付いていないこの時間帯でも、この時期なら窓から刺す朝日が照らしてくれる。

 しかし、どうしても晴空は昨夜この廊下で起きた出来事が頭をチラつく。

 真っ暗な深夜。永遠と続く廊下。激しい腹痛。大きな獣。

 今回、あの出来事が何だったのかは結局分からないままだったが、あの政時という男が何か知っていそうな事はわかった。

 引き続き天淵について案内してもらう必要がありそうだ。


(なあ、腹が減った。朝食はまだなのか!?)


(……)


(おい、聞こえてない振りはやめろ。お前が喋る気がなくても俺は一生しゃべり続けるからな!?)


(…はぁ、結局君もさ、何者なの。僕の声にそっくりだし…)


(んな事は知らん!腹が減った!お前はあんな事があったのに腹は減らないのか!?)


(ますます謎だね。白銀さんの話によれば霊獣ファントムはそもそも代謝は必要なくて、霊幻粒子ファンタズマを操ってエネルギーを自分で作り出せる。なのに君は代謝があるというの?まるで生物だ)


(話が通じねぇ奴だなぁ?自分が生物じゃないと受け入れるのも早すぎる。すぅ…俺は!飯が!食いたいんだ!代謝とか関係ねぇよ)


(……)


 脳内で喧嘩をしている内に、晴空は自分の部屋へとたどり着いた。

 自室のクローゼットを開け、自分の服が目の前に広がる。

 高校で指定された制服に体操服、ジャージ。しまうのが億劫でまだ中学の頃の物も同じく掛かっている。

 そして休日用の私服が2組。「さすがに私服はあった方がいいだろう」と施設員に言われ、仕方なく買ったものである。

 少ないかもしれないが、あまり外に出かけない晴空にとっては充分だ。

 晴空はそれらを1着ずつ、下着や靴下などの着衣全てにPデバイスから放つ光に当てていく。

 全て照らし終わると、Pデバイスのホログラム画面をポチポチと弄り始めた。

 すると晴空の全身が青白く光ったかと思えば、着ていたパジャマが一瞬にして高校の制服へと入れ替わった。

これも、舞冬に教わったことである。舞冬曰く──


「体と一緒に変化できるように霊幻粒子ファンタズマで出来た服を着ることをオススメするわ。例えば、何かの拍子に腕の筋肉を膨張させてしまった。しかし纏っている服は現実の物質で出来ていて、ビリビリに破けてしまった。そうなった場合、バトル漫画みたいに一々買い替える訳にもいかないでしょ?」


 という事らしい。

 そのために今、Pデバイスに形状を記憶させ、霊幻粒子ファンタズマを使ってその服を複製したという訳だ。

 先程まで着ていたパジャマはと言うと、あの夜着ていたパジャマはあの獣に引き裂かれ使い物にならなくなったため、既に霊幻粒子ファンタズマで作り替えられていたらしい。


(というか、こんな簡単に物が作れちゃって大丈夫なのかな…)


 複製がこれだけ簡単に出来るとなると、犯罪にも繋がりかねない。

 そもそも霊獣ファントム同士の経済はどうやって成立しているのだろうか。

 もし経済が無いのであれば、英霊隊エインヘリヤル以外の者はどう生活しているのだろうか。

 また謎が増えてしまった。しかし謎が増える度に、晴空はちょっとした高揚感を覚えていた。

 昨夜だけで様々な非現実的な体験してきたが、対して晴空が今まで過ごしてきた日常がどれだけつまらないものだったのだろうか。

 こうした感覚は、晴空が毎日のように見ているアニメでも、本来なら感じられるはずだ。

 しかし、晴空にとってアニメは暇つぶし程度にしか思っておらず、身をもって初めて認識することができた。


 『楽しみ』


 その気持ちを成就させるには夜を迎える、つまり今日の学校を乗り越えなければならない。

 晴空は落ち着かない様子で、普段は朝食前にしないはずの登校の準備を始めた。踊るような手際で今日使う教材をリュックに詰めていく。


「そうだ。木村さんと会えるんだ」


 そう、今の晴空には『楽しみ』が沢山ある。

 その『楽しみ』は、いくら支度を早めても向こうからはやって来ない。にも関わらず、晴空は一心不乱に手を動かした。

 あっという間に支度を終わらせた晴空は、居ても立ってもいられず部屋を飛び出した。

 その扉を開ければ、新世界へ行けると信じて。


「うおっ!?」


 しかし、そんな幻想は扉の向こうの見知った顔と声によって打ち消された。


(…明生)


 先程までの体の軽さがすっと無くなった。まるで夢から覚めるように。

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カラス鳴く暁の空に 蛇蜘蛛 @Aran_Serpent

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