第12話


 …カチャッ


 桜が静かに刀をしまう。あれだけ強力な技を放っていながら、桜に疲れた様子は見られない。

 かと言って戦闘中は終始余裕そうな素振りは見せず、まるで他の者とは別の領域に入っていたかのように集中していた。

 まさに歴戦の武士といった雰囲気を感じる。


「今のは桜の得意技『桜金おうごん旋刃せんじん』よ。通称『レーヴァテイン』」


 桜をぼうっと見つめている晴空に舞冬は話

しかける。しかし舞冬の目線は桜に向けられていた。


「さっきの蟲のような敵、死霊スペクターはどれだけ切ろうが砕こうがその傷を一瞬で再生されてしまうのよ。つまり『桜金旋刃レーヴァテイン』のような一瞬で全身を粉々に出来るような技か、超高温で溶かす他ないの。桜はこの技を完璧にするために毎日あの祭壇の前に座って鍛錬しているわ。実際、他の霊獣ファントムの助けはあれど、『この300年間』桜は1度たりとも『桜金旋刃レーヴァテイン』を外したことは無いのよ」


 祭壇の前、それと『桜金旋刃レーヴァテイン』を放つ前。桜はどちらも正座していた。

 『桜金旋刃』という名前からして、あの金色の旋風は小さな粒一つ一つが刃ということになる。その大量の鋭い刃を操るのに相当な集中力がいる事は想像が付くだろう。

 そしてその技を放つ適任者こそ桜であり、他の2人は攻撃をせず桜のサポートをしていたというわけだ。


(…待って?『300年間』?もしかして、霊獣ファントムって不老不死?)


 既に死んでいる者に不死という言葉は不適切な上、過言なのかもしれない。

 しかし舞冬の言い方からするに、300年という数字は霊獣ファントムにとってそこまで特別な年月では無いように聞こえる。不老、もしくは寿命が伸びる事は確かなようだ。

 それに桜の金色の髪や格好はともかく、あのただならぬ雰囲気は300年前の人だと言われれば納得がいく。


死霊スペクターって言うのは、簡単に言うと私たちを喰らう敵ね。もし食べられてしまえば、肉体は愚か天淵の種ソウルシードまで消化されてしまうわ。そうなれば不老である霊獣ファントムも意識が消失する。つまり本当の死が訪れるの」

 

 さらっと言われたが、やはり霊獣ファントムは不老のようだ。

 しかし死霊スペクターに喰われてしまえば不死ではない。何でもありのように思えた霊獣ファントムにようやく弱点が見えた。

 そしてただ生きるだけなら過剰に思えた霊獣ファントムの力。あれは死霊スペクターという敵から対抗するための力だったという訳だ。

 

死霊スペクターは昔からこの枯れた場所であの裂け目からやって来るんだけど、私たちはまだ彼らについてほとんど分かってないのよ…かえで!種は見つかった?」


 舞冬は先程の死霊スペクターがいた方へ叫ぶ。

 晴空もその方へ見ると、かえでが屈んで何か作業をしていた。


「丁度回収できたところだよ!舞冬ちゃん!」


 かえでは立ち上がり、何かが入った円柱型のケースを持ってこちらへ歩いてきた。

 あれだけ動きがうるさかったかえでさえ、ケースを両手で支え落とさないよう慎重に持っている。余程重要な物らしい。

 近くまで来ると、ケースの中に赤黒く光る小さな物体が入っている事が確認できた。あの死霊スペクターが空間の裂け目から出てきた時のエネルギーと同じ色だ。


死霊スペクターの肉体が機能しなくなると、ああいう種を落とすのよ。実は霊獣ファントムも同じ状況になると情報空間から自分の天淵の種ソウルシードを落とすの。しかも外見こそ違えど、天淵の種ソウルシードと同じくその個体の情報が入ってて、その中には霊獣ファントムが人の意識と他動物の情報を掛け合わせているように、人と似た意識と節足動物の情報が入っていることがわかったの。そう、死霊スペクター霊獣ファントムと限りなく似てるのよ」


(疑問が消えたと思ったらまた謎が増えた…まだ分からないことが沢山あるのに)


 死霊スペクターの謎なんて、そんな事知る由もない。と言ってしまいたいところだが、晴空も霊獣ファントムになってしまった以上、この問題は無関係とは言えない。


「私たちは死霊スペクターからこの世界を守ると共に、この謎多き存在の研究を進めてるのよ。『英霊隊えいれいたい』、通称『エインヘリヤル』って呼ばれてるの。この天淵で暮らす霊獣ファントムは数多くいて能力差には個人差があるのだけれど、その中でも優秀な個体は『淵華アールヴ級』と言われて、『英霊隊エインヘリヤル』に加わる資格が手に入るのよ。ちなみにさっき会った詩紀も英霊隊エインヘリヤルの一員ね」


 これで舞冬たちの立ち位置がぼんやりとわかってきた。

 死霊スペクターの出現を知らせるアラートが鳴った後に見せた行動力は、死霊スペクターを倒すことが彼女らの役目故なのだろう。

 それにあの詩紀という男。彼も英霊隊エインヘリヤルだと舞冬は言ったが、先程の戦闘中はどこにいたのだろうか。

 初対面の時も晴空が作り出した空間の裂け目から出てきた。彼もまだ謎が多そうだ。


「まあ新しい単語をごちゃごちゃ言ったけれど、いちばん肝心なのはここからよ。いい?『英霊隊エインヘリヤル』に入るには詩紀に称号コードを貰わなければならないの。でもさっき詩紀に会った時、許可制であるその工程をあんたの意思無しに称号コードを渡すことで、強制的に『英霊隊エインヘリヤル』に入隊させてしまったの。詩紀の奴が何を考えてるのか分からないけど、そこは重要じゃない。そのまま隊に居てくれたら私達は大歓迎だけど、さっき見た通り危険が伴うから隊を抜けてくれてもいいわ。素直なあんたの気持ちが聞きたいの」


 舞冬が真剣な面持ちで晴空に詰め寄る。勢いに負け、晴空は思わず後退した。


(い、いきなりそんなこと言われてもなぁ…)


 物事に取り組む意欲に乏しい晴空にとって、どこかに所属することに関して決め兼ねる。

 委員会、部活、進路。今まで晴空は幾度となく悩んできたが、結局他人に任せるか残り物で誤魔化してきた。

 もちろんそんなやり方で得をした覚えは無い。かと言って自分に利が無くとも晴空にとってはどうでもいい事だった。


(入っとけよ。どうせ居場所はねぇんだろ?)


 又も脳内に謎の声が響く。


(確かに居場所は無い。けど探すつもりもない)


(ならなぜここまで話を聞いてきた?こんな在り方やめて死んでしまえばいい)


(そんなの…)


 記憶の中にあるあの旭光が目の前をぎる。


 『生きたいから』


 ただそれだけの言葉が脳内を満たす。


(生きたいなら1人は無理だ。あの旭光を見失うことになるぞ)


(木村さんを…見失う…)


 晴空の表情がだんだんと険しくなる。

 それを見たかえでは顎に手を当てて何かを考えている。

 そして何かを思いついたかのように胸の前で手を叩いた。


「…まあまあ舞冬ちゃん!まだこの子は『天蕾ドヴェルグ』たちの生活を見せてないし、結論を早めなくてもいいんじゃないかな!」


「…っ!確かにそうね…ごめんなさい。そろそろ夜が開ける時間だから少し焦ってたみたい。この話はまた今度にしましょう。結論を出すより先に、彼を現世に送らなきゃね」


 今まで周りが明るかったため気に止めていなかったが、どうやら今まで夜中だったようだ。

 空を見渡してもどこにも月や太陽が見当たらない。それならこの場所に昼夜が無いのは当然のことである。


(えっ、てか、返す?返してもらえるの?)


 確かに現世に返してもらえるなど一言も聞いていなかった。

 舞冬の言い方から察するに、あちら側にとっては既知の情報らしい。

 情報の聞き漏らしがあったのか、はたまた伝え忘れたのか。どちらにせよ、晴空は最初からここに留まる気などなかった。


「あっ!」


 舞冬がはっとした顔したかと思えば、目線がゆっくりと晴空の頭の方へ向けられる。強いて言えば髪の方へ──


「戻る前に、その髪色をどうにかしなきゃね」


(髪色…?一体なんの事だ…)


 困惑し始める晴空に、舞冬は情報空間から手鏡を取り出し晴空に渡した。


(…確かに変わってる)


 確かに晴空の髪は元の黒色ではなく、澄んだ藍色に染まっていた。まるで最初から地毛だったかのように艶やかな色を放っている。

 それどころでは無い。瞳の色も淡い空色に変わっていた。

 こんな姿を周りに見られれば、髪を染めて、カラーコンタクトをつけたと思われるだろう。


(あれ?これってもしかして…校則違反?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る