第5話

 死ぬ日までもう一週間を切った。今までの土日に起きたことを踏まえると日記帳に書かれたことは全て事実になっていた。そこから考えると本当に死ぬのだろうけど、不思議と焦りとかそういったものがない。今日も僕は学校に行く。夕方まで勉強して、帰って家の事をして、今までと変わりなく残りの時間を過ごす。


 最後の一週間、マンションに戻ってからは今月の初めに買った読みかけの小説をとにかく読みまくった。

 そして金曜日にようやく読み終えた。内容は映画とほぼ一緒だった。ラストシーンだけが違っていた。映画では恋人を含めた多くの他人を救うために主人公が命を落とすのだが、小説では多くの人々を救うために、主人公は恋人との幸せな日常と自らの命を捨てるのだ。

 なんというか後味が悪い。ハリウッド映画で取り扱うくらいの「全人類」規模ならまだしも、たまたまそこに居合わせた人々を守るとか、その程度。この話の「人々」レベルで自らの命を捨てるなんて僕には到底理解できない。それに恋人の事を信頼すれば少しは分かってくれたかもしれないのに。いやむしろ一人で抱え込んだその勇気を称えるべきなのか。だとしたら英雄なんてものは気色悪いなと思わずにいられなかった。

 最後の日のことを書こうとして日記を開いたとき、ページにはこう書かれていた。

『エゴイストだと私は思うね』

 さっきの本の感想? でもなんでエゴイストなんだ。

『救わなかった場合、自分がのうのうと生きることを選択したという事にもなる。その負い目、罪悪感を抱えたくないから死んだようにしか見えなかったんだよ』

 日記帳は僕が考える間を与えずに文字を大量に書き散らし続けた。

『確かに最後は大勢を救ったかもしれない。けど、残された恋人は悲しむだろう。さらにこの犠牲は誰にも気づかれず、世間的には人身事故として処理するだけ。彼の自己犠牲の精神はどこにも残されない』

 人物史を記録するものだからこそそう思ったのだろうか。

 僕のその考えを読み取っているだろう日記帳はそれ以上コメントをしなかった。


 先程の本の感想を日記帳に書き終えると、ページ内で沈黙していた日記帳が再び綴った。

『もうじき、君が死ぬ日になるね。旭川悠斗君』

 時計を見てみると既に十一時を過ぎていた。もう一時間足らずで僕の命日が訪れる。

『そろそろ私の役目が終わりという事でもあるね。君の命があるうちに私を焼却するといい』

 言っている意味が分からないね。

『こんな欠陥品の人物史は焼却しておいた方がいいだろう?』

 よく言うよ。君はもう僕の日記帳だから燃やしたりはしない。

 日記帳は驚きが分かる文章を綴った。

「君は僕が今までに生きてきた証でもあるんだ。だからこの部屋に置いておくよ。あ、でも死ぬ日の事は消しておいた方がいいな」

 死ぬことが書かれているページを黒く塗りつぶし、無理やり破った。破ったページはとりあえず何回か折ってポケットにしまった。

『ひどいことをするね。それも私の一部なのに……。これからどうするんだい』

「適当に外で死ぬことにするよ。死んだことが兄さん達に伝わらなかったら嫌だしね」

『もう一度聞くけど、燃やす気はないのかい』

 三回も言われるとさすがに鬱陶しい。

「ないね。これからは僕が書いた日記帳として、僕の存在がみんなの記憶から消え去るまで存在し続けること。分かった?」

『ふーん。これも何かの縁だ。従うことにしようじゃないか』

 その文を確認した僕は日記帳を机の上に置いた。

「じゃあ、そろそろ行くよ。君との生活も少し不思議で結構楽しかった」

 その言葉を残して僕はマンションの部屋を出た。


 暗い空の下、いつ死ぬのか、どう死ぬのかもわからないまま僕はただぶらついていた。本格的に暑くなってきた夏の時期だけど、夜はジトっとした湿気を含みながら少し涼しい。

 ふとコンビニが目に入った。本を読んでる間は何も飲んでいなかったからか、急にのどが渇いてきた。

 水でも買うかとコンビニに入ってすぐに、目を引くものがあった。僕はこれで時間をつぶそうと瞬間的に思いついた。

 大量に買ったものを手に持ちながら、河原近くの公園に着いた。袋から中身を全部取り出す。チャッカマンで火をつけ、火が消えたら新しく火をつける。ただただそれを繰り返す。手に持った花火が綺麗な光と音を噴き出しているのを見ながら、もう花火セットが売られている時期なんだなとしみじみ思った。大学大変だしなあ。へとへとで帰ってご飯食べたり、友達とどこか行ったりしている内にそんな季節になっていたんだ。花火の光が闇を照らす、そんな季節に。

 手持ち無沙汰になっている左手をズボンのポケットに突っ込んだとき、引っかかるものがあった。さっき破いたページだ。丁度いいからこれも燃やすことにした。

 じわじわと火がページを侵食していく。そして全てを飲み込んだときに水をかけた。こんな感じに一瞬で命は消えるものなのだろう。

 また新たに花火に火をつける。今日までの間、後悔せずに生きることはできなかったけどそれでも楽しかったことはあった。僕なりの、平凡ながら素晴らしき日々。そう思っていた時、明るく見えていたものは既に消えていた。

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命日記 ヨッキ @Pterosauria

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