第83話 屋敷をご案内

 ルバートに続いて執務室へと足を踏み入れる。

 手前にソファとテーブルがあり、その奥の執務机に代官であるコヴィル・ステイナーが座っている。部屋の左右の壁には本棚があり、ぎっしりと本や資料が詰まっていた。


「本日からお世話になります、アイリスです。よろしくお願いいたします」


 雇い主には改めてしっかりと挨拶をしておく。


「ははは、相変わらず子どもらしくないしっかりした挨拶だな。アイリスくんには期待している。頼んだよ」


 なんだろう、この高揚してくる気分は。さんざん貶められていた過去からは想像もできないことになっている気がする。無能だったこの私に期待がかけられているということが信じられない。


「恐縮です。微力ながら尽力いたします」


 今だけは子どもの精神に引っ張られずに、大人としての受け答えが100%出たような気がする。今後もこの姿勢でいきたいけどどうだろうか。


「うむ」


「では失礼いたします」


 しっかりと頭を下げると回れ右して退室する。次いでスノウとトールが部屋から出てくるが、ルバートはポカンとした表情でこっちを見ているだけだ。


「どうしたルバート?」


 動かないルバートにコヴィルが声をかけると、ハッとした表情で私とコヴィルを交互に見る。


「あ、いえ、失礼しました」


 慌てて部屋から出てくると、扉を閉めて大きくため息をついている。


「アイリスちゃんは四歳って聞いてたんだけど……、ホントに四歳……?」


 そしてゆっくりと顔を上げると、戸惑ったような表情で見つめられてしまう。

 実は三十過ぎのオッサンですとは口が裂けても言えない。言ったところで信じてくれないだろうし、逆に信じられたらそれはそれで面倒なことになりそうだ。


「四歳ですよ?」


 自身のステータスを見れば四歳なのは間違いないので迷いなく断言できる。ステータスで年齢を見てもらえば納得してくれるだろうが、ステータスを見ることができる魔道具は古代遺跡から発掘するしかなく貴重なのでなかなか機会もない。


「だよね。……まぁ次行こうか」


 ルバートに促されて次は三階へと続く階段を上っていく。ここは大広間とそれに続く控室が二つ、客間が一部屋に応接室が二部屋あった。


「客間を片付けているところみたいだね」


 部屋の一つの扉が開けっ放しになっていて、中から物音が聞こえてくる。


「邪魔しちゃ悪いし――」


 ルバートが客間を素通りしようとしたとき、ちょうど部屋の中から一人のメイドが出てきた。ライトブルーの髪をサイドに三つ編みにした、三十代くらいの女性だ。


「あら?」


 こちらに気が付くと一つ首をかしげるが、すぐに思い至ったように胸の前でパンっと手を合わせると、その顔には人好きのする笑顔が広がる。


「もしかして今日からこっちに来たっていうアイリスちゃんかい?」


「え? あ、はい」


「あらまぁ! こんなに小さいなんてびっくりだわね!」


 勢いに押し切られるように頷くと、興奮したように声を上げてこちらに近づいてくる。後ろにスノウとトールもいるけど、特に物怖じした様子も見せない。


「うふふ、ちょうどいいかもしれないわね。みんなに紹介するわ」


 そのまま私の手を取ると、客間へと連れ込まれてしまう。助けを求めるように振り返るとルバートが頭を抱えていて、なんとなく抵抗するだけ無駄なのかと察してしまった。

 連れ込まれた客間は豪勢な部屋だった。リビングになっているようで、他にも部屋が見える。


「ほらみんな、アイリスちゃんが来たわよ!」


 テンション高く紹介するメイドの声に、部屋の片づけをしていたメンバーがリビングに集まってくる。黄色い短髪の活発そうな少年と、鮮やかな赤い髪を肩口で切りそろえた少女だ。少年はスノウたちを見てギョッとした表情になるが、少女は無表情のままでピクリとも顔色は変わらない。


「あたしはシェイミィ・ルフドリスだよ。よろしくね。ここでのメイド歴も長いから、わからないことがあったらなんでも聞いてちょうだい」


 二人が集まったところで、私を部屋に連れ込んだメイドから自己紹介を受ける。


「あ、えっと、侍従見習いになりましたアイリスです。あと、こっちがスノウで、角のあるほうがトールです。よろしくお願いします」


 後から部屋に入ってきたルバートの諦めのこもった表情を見て、私もぺこりと頭を下げて自己紹介をしておく。


「ほら、あんたたちも」


 シェイミィに促されたからかどうかはわからないけれど、少年がこちらを睨みつけるような表情で口を開いた。


「バレスだ」


 口数少なく告げると不機嫌そうに口をへの字にして黙り込む。


「オルティア・シズミール」


 もう一人のメイド服を着た少女は、直立不動で無表情のまま名前を告げるだけだ。


「あはは、ごめんなさいねアイリスちゃん。そういえばあとで自己紹介の時間を取ってあるんだったわ。みんなも仕事の手を止めちゃってごめんなさいね」


 なんとなく歓迎されてない雰囲気なのかと思ったけど、シェイミィの先走りだったのかな。それにしても代官屋敷内で働いている人たちは全員貴族かと思ったけど、そうでもないみたいだ。バレスは家名を名乗らなかったし恐らく平民なんだろう。私も今では平民だし、なんとなく同じ境遇の人がいてちょっとだけ安心した。

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無才王子は国を離れてスローライフを満喫したい m-kawa @m-kawa

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