第82話 引っ越しと挨拶

「やあ、待っていたよ。君がアイリスちゃんだね」


 以前来た時にも見た門衛に声をかけられる。

 当たり前ではあるけれど、ちゃんと私が来ることが伝わっていてホッとする。


「はい。本日からお世話になります」


 頭を下げてしっかりと挨拶をする。見習いではあるけれど、この人も同じ屋敷で働くいわば同僚になるのかと思うと感慨深い。

 よく見れば門衛二人のうちもう一人は頭の上に耳が生えていた。獣人族は初めて見たかもしれない。じっと見つめていると怪訝な顔をされたので慌てて目をそらす。


「ああ。よろしく。俺はシュートだ。でこっちの犬人族がバンブ。案内するから付いてきてくれ。……といってもすぐそこまでだけどな」


 獣人は犬人族らしい。ということは頭に生えているのは犬耳なのか。第一印象はとっつきにくそうな感じを受けたけど、犬耳が生えていると考えるとちょっと可愛く思えるから不思議だ。

 シュートに連れられて門の中へと入っていく。綺麗に整えられた前庭を通り抜けると玄関を開けて中に入る。


「アイリスちゃんが来たよ」


 奥に向かってシュートが叫ぶように呼ぶと、奥から返事が返ってきた。


「じゃ、俺は仕事に戻るね」


「ありがとうございました」


 手をひらひらとさせるシュートを見送ると、屋敷の奥から燕尾服をきっちりと着込んだ男が余裕のある足取りでやってきた。白髪交じりのグレーの髪をかっちりと固めた真面目そうな人だ。


「初めまして。本日からお世話になるアイリスと言います。よろしくお願いします」


 挨拶は大事だと思い、声をかけられる前にこちらから先に挨拶をする。

 顔を上げると相手は驚いた顔をしており、うんうんと頷くと笑顔に変わる。


「うむ。その歳でしっかりと挨拶ができるのはいいことだ。私は侍従長をしているレイニー・スコルピスだ。……しかし、侍従見習いと聞いていたが、女の子だったのか?」


「侍従見習いで合ってます。それでこっちがスノウで、こっちがトールです」


 最後の言葉は聞き取れなかったが、間違っていないことは伝えておく。後ろの二人の紹介もすると、まずは私の部屋に案内してくれるというのでついていく。

 屋敷の玄関を入って左へ折れるとしばらくまっすぐに進む。突き当りに扉があって外に出られるようだけど、私の部屋はその手前の角部屋のようだった。


「ここがあなたの部屋です」


 中に入ると青年が一人、窓際に置かれているテーブルで何やら作業をしていた。入ってきた私たちに気が付くと振り返る。一瞬だけ顔を顰めたがすぐ笑顔になり、さらに後から入ってきたスノウたちを見て笑顔が引きつるといった百面相を見せてくれた。


『面白い顔芸だな』


 私にしか聞こえないキースの一言で思わず笑いそうになるがなんとか耐える。咳ばらいを一つ挟んで心を落ち着けて、こちらから自己紹介する。


「ふーん、キミがアイリスちゃんね。僕はルバート・デイドリス。レイニーさんの元で侍従をやってる。よろしくね」


「よろしくお願いします」


 ルバートはすらりとした長身の青年だ。青い髪を短く切りそろえていて知的な印象を受けるが、キースの顔芸という言葉のせいでコミカルな印象が入ってしまった。


「さて、では私は仕事に戻りますのであとはよろしくお願いします」


「わかりました」


 レイニーを見送ったところでルバートがこちらに向き直る。


「じゃあさっそくだけど、荷物を置いたらこの屋敷を案内するよ」


「あ、はい。わかりました」


 背負っている鞄を置くべく一通り部屋を見回してみる。ベッドがひとつと窓際にテーブルとイスが置いてある。その隣には棚とクローゼットがあって、広さも昨日まで泊まっていた部屋の三倍ほどある。


 なんかすごくいい部屋な気がするんだけどいいんだろうか。


 とりあえず鞄をクローゼットの中に置いて、準備は完了だ。


「これがこの部屋の鍵ね。無くさないように気を付けて。あとは部屋の掃除は自分ですること。それと――」


 さっそくこの屋敷でのいろいろなルールを教わる。部屋の掃除は自分でするのが基本だけど、私の場合は屋敷にいるメイドにいろいろと手伝ってもらえるらしい。四歳児だと届かないところもあるのでありがたい。


 部屋を出ると鍵をかけ、来た道を戻って玄関前のメインホールへと出る。もちろん私の後ろをスノウとトールも大人しくついてくる。

 私の部屋の反対側に厨房と食堂があり、メインホール奥にある侍従長、侍従、メイド長、メイドたちの部屋と順番に回っていく。

 案内してもらったけどまだ二階より上があるんだよね……。ちょっと多いけど、徐々に覚えていくしかないね。


「食事は食堂で摂れるようになってるし、従魔の食事も出してくれることになってる」


「そうなんですね」


「足りる量が出てくるかはわからないけど」


 スノウたちに視線を向けながら肩をすくめるルバートだったが、まったく出ないよりはいいだろう。足りなければ自由時間にでも狩りに出かければ済むので問題はなさそうだ。

 次は階段を上がって二階だ。

 ここには代官の執務室と寝室、応接間、客間に小広間がある。執務室の前まで来るとルバートが扉をノックした。今までは扉の前に来るだけで中には入らなかったんだけどね。


「ルバートです。アイリスが到着したので連れてまいりました」


「来たか。入ってくれ」

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