第三章 アンファンの街の侍従見習い

第81話 富裕層エリア

「それじゃ、お世話になりました」


 アンファンの宿屋の女将さんであるシルクさんと挨拶を交わす。


「さみしくなるわねぇ」


 就職が決まった翌朝。しんみりとしたシルクさんと、宿泊客である他の探索者たちに見送られて、私は街の北にある代官の屋敷へと向かう。

 昨日の夜はキースからいわれなき文句をたくさんいただいた。頭の悪い私に侍従などが務まるのかだとか、そもそもあの代官は信用できるのかなどいろいろだ。


 信用については私はフォレストテイルのみんなを信用している。そのフォレストテイルが信用しているであろう代官は、信じていいんじゃないかと思っているのだ。仮にも街を預かる代官だ。そこに住む人たちをないがしろにするとは思えない。


『ふむ。これも現在の政治がどのように行われているのか見るいい機会と思うことにするか』


 相変わらず姿の見えないキースが偉そうに何か言っているけれど、相手にせずに大通りを歩く。後ろを歩くスノウとトールにも街の人は慣れてきたのか、驚いて逃げる人は減ってきている。

 中央広場から北方面へ折れると、周囲を見回りながら歩いていく。前回通ったときは寄り道する時間なんてなかったけど、今回はじっくりと見物しながら行くのだ。そのために朝から宿を出たので時間はある。


「食べ物屋さんが多いね」


 中央寄りの場所はまだまだ屋台が多い。中には凝ったものも売られているようだ。小麦粉を水で溶いて焼いた皮に、野菜や肉を挟んでソースをかけたものを買ってみる。


『見た目はケバブのようだな』


 キースの独り言をスルーしながらケバブとやらにかぶりついてみる。シャキシャキとした野菜にやわらかいお肉と、この甘い味付けのソースが抜群に合う。


「美味しい」


 一人で食べていると後ろからスノウとトールが顔を寄せて、スンスンと匂いを嗅いでいる。


「あ、ごめん、一人で食べちゃってたね。二人も食べるよね」


 声をかけると短く返事が返ってきたので、売っていた屋台へともう一度向かう。


「おじさん、同じものもう二つください」


「お、なんだ、そんなに美味かったのか。ふたつで1200ゼルだぜ」


 手間暇がかかっているからかお高めのお値段だ。小銀貨一枚と大銅貨二枚を手渡すと、まずは一つを受け取る。私の小さい手だと片手で一つが限界だ。


「ガハハ、一人で三つも持てるのか」


 もう一つにソースをかけているおじさんが大声で笑っているが心配無用だ。

 受け取った食べ物をそのままスノウにあげると、一口で食べてしまう。


「へぇ、従魔もこういうの食べるんだな」


 感心するおじさんからもう一つを受け取ると、今度はトールにあげる。興味深そうに匂いを嗅いでいたけど、やっぱりスノウと同じように一口で食べた。

 食べた後も私が手に持っている食べ物に視線が向けられていて、物欲しそうにしている。


「これはあげないからね」


 トールから遠ざけていると、またおじさんの笑い声が聞こえてきた。


「気に入ってくれたようで何よりだよ。またおいで」


「うん。ありがとう」


 ひとつを食べきるとそこそこお腹がいっぱいだ。気になった食べ物をまた屋台で買うけど、私は一口食べてあとはスノウたちにあげることにする。いろいろなものをつまみ食いするの結構楽しい。


 しばらく進めば屋台も姿を消して、立派な商店が左右に並ぶようになる。ひときわ気になったのは魔道具屋だった。気になったので店の中に入ってみるが、いくつかのサンプルが並べられているのが見える。

 スノウも入ってこようとしたみたいだけど、入り口から顔だけ覗かせるとそのまま入らずに外で待っているみたいだ。そんなに広くないし、動きづらいと思ったのかもしれない。


「いらっしゃい」


 鋭い目つきの店員さんに声をかけられる。数人いた他のお客さんからも注目され、そのうちの一人から舌打ちが聞こえたような気がする。

 大人しくしてるのでお邪魔させてもらいます。


 やっぱりコンロの魔道具が人気のようだが、私が持っているコンロよりもかなり大きなサイズだ。他には火付けの道具や水や風を生み出す原始的な道具といったものが並んでいる。

 比較してみれば、ダレスさんが持っていた二口ふたくちコンロも古代文明産だったのだろうことがわかる。


『おもちゃしか置いてないのか』


 さすがに古代文明のものと比較するのは可愛そうではないだろうか。それにお高い魔道具は陳列されていないのかもしれない。


 さすがに買うものはないので店を出ると、また北へ向かっていく。綺麗な布を扱うお店があり、その隣には服飾店があった。中を覗き込むとさすが富裕層エリアなのか、しっかりした生地の綺麗な服が並んでいる。古着のコーナーもあるが、つぎはぎがされたような服はなくこちらもしっかりした服しか置いていない。


「うわぁ」


 ひときわ目に着いたのが女性用のドレスだ。フリルがたくさん使われているものや、シンプルで細身のドレスなど色々と種類が豊富だ。


『服などは時代ごとの特色が出るようだな』


 キースからは特に文句はないらしい。地域によっても変わるだろうし、そういうものとして認識されているのだろう。


「あらいらっしゃい。お嬢ちゃん一人かしら?」


 物珍しそうにドレスを見ていると女性の店員さんに声をかけられる。


「あ、はい。可愛いドレスがあって、素敵ですね」


「うふふ、ありがとう。でもお嬢ちゃんのサイズの服は置いてなくて、オーダーメイドになっちゃうのよ。だから今度はご両親と一緒に来てちょうだいね」


「はい、わかりました」


 追い出された感じもするが、反発してまで服を見てみたいわけでもない。一通り満足したのでまた大通りへと戻る。


 レストランなどの食事処は従魔が入店禁止のところも多く、今回は外から眺めるだけに留めておく。

 そうこうしているうちにお昼も過ぎ、そろそろいいかなというタイミングで代官の屋敷の前までやってきた。

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