『闇』と『光』と両性類と

『あの子だれだ?』

『なぜ男ものの制服?』

『見ろ! 水晶が虹色に輝いてるぞ!』


俺から視線が外れてすぐ、クラスメイト達が再び騒ぎ始める。


皆が注目している先にいたのは先程俺から逃げていったロリ少女だった。

どうやら俺が覚えていなかったわけではなく、クラスのだれもわからないらしい。


「この魔力は特殊魔力の『変身』ですね。召喚の拍子に無意識に魔力を使ってしまったのでは?」


騎士のその発言を聞いて、すぐ、少女の体が光に包まれる。

だんだんと光が人の形を模し、光が治まった時には制服にピッタリのサイズの男子が現れた。


アレは確か、オタクメンバーの一人、『大鳥明』だったか?

それを見て男子オタクメンバーから声が上がる。


「思い出した…… おい大鳥。さっきのお前がアルガフィアでふざけて作ってたネカマキャラじゃねえの?」

「お前、そのキャラ消したって言ってなかったか? まさか俺らに隠れてまだネカマプレイしてたのか?」


オタクメンバーが若干半笑いで、馬鹿にしたように声を掛ける。


「もうだから嫌だったんだよぉ!」

その発言を聞いた大鳥は目に涙を溜めて、クラスメイトの波を掻き分け、走り去っていく。


勢いのまま、最後尾の俺を通り過ぎて、両扉に手を掛けて部屋を出て行く。


が、行くあてもなかったのか、すぐに部屋に戻ってきて、部屋の隅っこに体育座りでうずくまった。


そうしていると余計に小動物のように見えるが……

本人は無意識っぽいな。



何とも言えない雰囲気に部屋が静まり返る。

委員長が状況を把握し、キツイ言い方をしたクラスメイトに注意を促す中、唐突に部屋が暗闇に包まれた。


否、水晶玉が黒く染まり、何者かの魔力が室内を呑み込んだのだ。


肌に刺さるような強烈な魔力。

この部屋のだれもが金縛りにでもなったかのように凍りつく。



無限にも思えたその時間が終わり、部屋に光が戻ると同時、ここまで感嘆の声を漏らすことはあれど、静観していた王が立ち上がり――


「即刻、そのものを処刑せよ!!」

鬼気迫る声でそう口にした。


水晶の前に立っているのは、クラスで俺と同じく孤立していて、雄吾にやたらどつかれていた影虎茂だ。


中二病である俺はただ孤立していただけだが、あいつは俺より更に無愛想で、目つきも悪く、死んだ魚の目なんて影では馬鹿にされていた。


それに加えて、体中が傷だらけで顔にも痣やつぶれていたりしていたこともあり、喧嘩でもしているのではないかなんて噂もあった。


正直不登校になってもおかしくないレベルで嫌われていたと思うが、いじめだけは委員長がどうにか押し留めていた筈。


俺がそう思考している間にも事態が動く。

先ほどまで穏やかに俺たちの適性検査を見守っていた騎士が影虎に向かって走り、腰に提げていた剣を抜刀した。


「ちょっと待ってください。いきなり処刑だなんて!」

そのまま騎士が影虎に剣を振り下ろそうとした所で、委員長が両手を広げ、割って入る。


勢いよく、振り下ろされた剣は委員長の首の寸でで止まった。

ポタポタと床に血が滴り落ちる。

委員長が血を流したことで、神無月を筆頭とする女子達から悲鳴が上がる。

委員長の事をよく思っていない雄吾やクラスの陰キャ達ですら顔を青ざめさせている。



銃刀法違反なんてものはないこの世界で、いかに命を奪うことが簡単か、委員長の首から流れ落ちる血が如実に表している。


余りに現実味のないその光景に愕然としている各々に、騎士が言葉を続けた。


「勇者様。その者は悪しき心を宿す者にしか芽生えない『闇』の魔力を持っています。勇者様の世界がどうかはわかりませんが、『闇』はこの世界では決して触れても、宿していてもならない禁忌なのです」

「だからって。殺すなんて……  それに影虎君は悪しき心なんて持って居ないはず、です!」


表情一つ変えず、人を殺すことを為そうとするその姿勢に委員長が歯噛みする。

口では悪しき心を持っていないと主張しながらも影虎がクラス内で快く思われていなかったのは事実。


歯切れが悪くなるのは当然と言えば当然だろうな。


それにしても『闇』に禁忌、ね。

如何にも主人公的魔力。

ショボすぎる無属性の俺の魔力と交換して欲しい。

いや、危険だとは思うけどね。

でもやっぱ、黒とか禁忌、異端って、中二病にとっての憧れだから。

どうしても魂がそれを求めてしまうんだわ。


「……いいよ。俺は別に」


と、ここでダンマリを決め込んでいた影虎が開口一番そう発言した。


半ば諦め状態にある影虎とそれを処刑しようとする王様。

クラス内でも嫌われていたためか、雄吾とその取り巻きは最初こそ王様の極端な考えに驚いたようだが、今はあくびや伸びをするほど余裕そうだ。

徐々にクラスメイト達にもその雰囲気が浸透し、重苦しい雰囲気が弛緩してくる。


その様子を見てか、王様と言い争っていた神城が振り返り、クラスでも特に影虎への当たりが強かった雄吾へと口論の切っ先を変える。


「雄吾君。単刀直入に聞く、まさかとは思うけれど、僕に隠れて彼に対して暴力を振るったりはしていないよね?」

これに対し、雄吾は少しの時間、考えるような表情を見せたのち、口端を吊り上げながら、おもむろに口を開いた。


「ああ。振るいましたよ。委員長。はな」

「っく!」

開き直るような雄吾の態度に委員長が掴みかかる。

あれだけクラス内で暴力を禁じていた委員長が胸倉をだ。

それだけ委員長は憤っているのだろう。


俺としては正直かなりどうでもいい。

もちろん。影虎は俺と同じくクラスで孤立していたわけだし、同族意識のようなものは芽生えていなくもないがそれだけである。


クラスメイトとはいえ、面と向かって話したこともないし。

他人がニュースで死刑宣告を受けているのとそう変わらない。


『闇』を持っているだけで処刑だなんて酷な話だな、程度にしか感じない。


クラスの連中は影虎を疎ましく思っていた罪悪感と、クラス一の中心人物である神代が激高しているからか、顔を俯かせているが、それだけ。

神代以外、助けようとはしていない。


それもあってか神代がますますヒートアップする。

殴りはしないものの厳しい口調で雄吾を問い詰めている。

「どうして…… どうしてそんなことを! 返答によっては僕は君を許さな――」

神代がそこまでいったところで言葉が途切れる。

副委員長、『小林幸香』が雄吾から神代を引き剥がしたのだ。


「神代、冷静になれ。お前がここで怒っていてもなにも変わらない。それに雄吾。お前はと言ったな。それはどういうことだ」


副委員長が最もな疑問を口にする。

確かに雄吾はおどけていたものの、暴力だけという言葉をやたらと強調していた。

つまり、それが現す意味は。


「委員長と違って副委員長は優秀で助かるよ。そう、俺を動かした主犯くろまくは別にいるんだよ。それもこのクラスの中にな。神代を悲しませないためにも自分から出てきた方がいいんじゃないのかなぁ?」


雄吾は道化師のように両手を広げ余裕綽々と言った感じだ。

先ほどまで厳しい口調で雄吾を問い詰めていた委員長も少し冷静になったのか、歯噛みしながらも雄吾の話を黙って聞いている。


「あぁ~あ。これだけ言っても出てこねえのかよ。じゃあ俺の口から言っちまうぜ。耳の穴かっぽじってよ~く聞いとけ委員長。影虎を陰で追いつめてた黒幕はなぁ。あんたを崇拝してた性悪女、『神無月由美』だよ」


その一言で俯いていた皆の視線が由美に集中する。

クラスでもそれなりの中心人物で金融企業の社長の娘の箱入り娘。

俺が休み時間にふて寝していた時にはよーく神代自慢大会を女子内で開いて滅茶苦茶五月蠅かったがあれでもクラスの女子の中心人物の一人だ。


「それは本当か、由美」

「……違う! 違うのよ。神代君。私は影虎がうじ虫みたいにクラスに居るのが見ていられなくて、神代君も不快だろうなって、そう思ってちょっと痛い目を見てもらっていただけなの!」


早口でそうまくし立てる神無月。

動揺しているのだろうがそれはさっき雄吾が言ったことが本当だと証明しているようなものだ。


雄吾はクラス内で恐れられていたし、適性検査の時の俺のようにクラスメイトにきつめの言葉を浴びせることも多々あった。

これから分かる通り雄吾へのクラスメイトの信用はあまりない。



が、神無月は違う。

あれでもクラスの中心人物で影虎とか俺のような陰キャに多少当たりは強かったものの、一定数のクラスメイトから慕われていたし、信用もあった。

しかし今、神無月が動揺しまくったことで、その信用も瓦解した。

一定数から慕われていた神無月がうまく話を通せば事実が混濁する可能性もあっただろうが、まあ大好きな委員長に嘘は付けなかったのだろう。


まあ、なんにしろこうなった以上、この場にいる誰からも悪い印象を受けるのは雄吾ではなく、神無月の方だ。


事実、神代含める神無月への視線は批判的なものが強いように思えた。

「なによあんたら。貴方たちだって気持ち悪かったでしょう。あのうじ虫。授業中も常に寝ていてクラスにも無関心。おまけに顔も醜いと来たわ。勉強する気も友達もいないのに学校に来ているなんてそんなの迷惑以外の何物でもないじゃない!」


尚もワーキャーと言い訳を重ねる神無月に皆が呆れる。

反省するでもなく開き直って、影虎がいる前にして罵詈雑言を浴びせているのだ。

自分のやったことを認めようとしない。

中三にもなって起きながら小学生のようにわがままだ。


「ごめん由美。僕は君の事を今後、受け入れられそうにない。その、人間的に」

その神代の一言がトドメだったようで。

「そ、んな。だって、私は神代君が、大好きでぇ」

なんということでしょう。

クラスの中心人物。神無月がしゃがみ込んで、泣き崩れてしまったよ。

やってることが完全に自業自得だからか誰も声を掛けないけどまあ、仕方ないよね。


「国王様。一つ提案なんですが生徒たちもこのような状態ですし、神代の適性検査を終わらせて、続きは翌日以降にしていだだけませんか?」


そう進言するのはゴリラ先生こと龍宮明人。

影が薄すぎて忘れていたけど、そういえばこの場にいたんだね。

脳筋熱血なのに、珍しく先生っぽいまともなことをいってるよ。


「うむ。まあそれでいいだろう」

王様も疲れているのかこれを承諾。

不満顔ではあるものの、神代もこれを受諾し、水晶玉に手を翳した。


と同時に再び騎士が影虎に近づくのが見えた。

大方、神代の意識が適性検査に向いているうちに、殺してしまおうという算段だろう。


気づいたのは俺だけみたいだが、まあ止める意味もないかな。

が、俺が止めるまでもなく騎士の動きは止まることになった。


影虎の時と反対。

包み込み、心が安らぐような眩い光が室内を満たしたのだ。

んー。『闇』の魔力があるならばこれはもしかしてもしかしなくてもこれはあれだろうね。


「「光、だと!?」」

騎士と王様の声が重なる。

振り返った神代が騎士が抜剣していることに気づくのは自明の理。


「また!」

強い語気で騎士に詰め寄ろうとする神代の言葉で我に返ったのか王が鬼気迫る声で怒鳴った。


「やれ、サトウ・スグルよ!」

その瞬間、影虎の姿が描き消える。

失敗した際の二段構え、か。

俺たちが神無月と雄吾のいじめの件で言い争っている間に、魔力『空間』を持つオタクメンバーのクラスメイト、佐藤と話してでもいたんだろう。


小心者の佐藤の事だ。嫌々だったとしても、王様の命令になんてとても逆ら王とは思わなかったのだろう。


「これで不安要素は片付いたな。アレクよ。侍女たちに勇者様方の部屋を案内させろ」

神代が喚きたてるのを恐れてか、反論を許さない速さで事が進む。

「影虎は、影虎君は君はどうなったんですか? 応えてくださいイレナ王! 佐藤! お前、景虎君に何をした。白状しろ!!」


王様が口論する気がないことを悟ってか佐藤に詰め寄ろうとする委員長を副委員長が抑える。

「神代。もうやめておけ。みんな疲れている」

戦闘訓練もしていないのに無意識で魔力を使っているのか、副委員長が振り払われる。


暴れる神代を騎士たちが駆けつけ、取り押さえるのを尻目に、俺は部屋に案内してくれるという侍女メイドに続いて、その場を後にした。

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