シュバリエ騎士団長とヤンデレサイコパスの追放

あれから一夜明けた朝。

俺達は王城の地下に呼び出されていた。


なんでも戦闘訓練を行うんだとか。

周りには鋼のような壁が覆っていて、なんとも圧迫感のある部屋だ。

城内ほど天井は高くなく、一般家庭程度でこれは逆に落ち着く。


そんな場所になぜ呼び出されたのかといえば。

「勇者召喚についてはまだ王族や一部の貴族とこの城内に住むものにしか知らされていなくてな。かといって、王城の中で訓練させるわけにもいかないんだ。暫くはここで我慢してほしい」


とのこと。

ちなみにここまで俺たちを案内してくれたのはこの国のシュバリエ騎士団長だ。


高潔で真っ直ぐでその美貌も相まって、この国では知らぬ人はいない超有名人らしい。


生徒たちの新しい先生に対する恒例行事のような質問攻めでは彼氏はいない。

だとかハーフエルフだとか返していた。


日本人でも比較的見慣れている明るめの茶髪と、その人柄からか、男子女子問わず出会ったばかりだというのに大人気だ。


しれっと付いてきていた後ろの熱血教師はどこか寂しそうな雰囲気を醸し出しているが、誰も気づいていない。


「さて、訓練を始める前に皆に言っておかなければならないことがある。既に知っているものもいるだろうが、昨晩神代が殺されかけた」


その言葉で先ほどまでがやがやと騒いでいた生徒女子陣から悲鳴が上がる。

視線が神代に集中するが、注目された神代はといえば、苦虫を嚙みつぶしたような表情をしている。


それもあってかクラス女子陣のほとんどが神代を心配する声を上げ、途端に部屋が騒がしくなる。

地下という事もあってめちゃめちゃ響いてうっさい。


これが殺人未遂事件じゃなくおちゃらけた話だったらクラスのモテない男子たちは神代を殴ろうとしたことだろう。まあ、そんなことする妬みで余計に女子に嫌われるだろうが。



多少、男子たちがピリつく中、『静粛に!』という副委員長の声で女子陣が鎮まったところで、シュバリエ団長は咳ばらいを一つして、話を続けた。


「殺されかけただけならばまだ良かったんだがな。それを実行したのは皆もよく知る人物なのだ」


その一言で勘のいい者たちは呆れ顔を浮かべる。

委員長が殺されかけたのに悔しそうな表情をしていて、それでいて俺たちの知る人物となると、昨日、クラス全員の前で子供のような醜態を晒したあいつしかいない。


「シュバリエ団長。それについては僕から話します」

「承知した」


そうして始まった話の概要はまあ大方俺が予想していた通りの事だった。

昨晩、皆が寝静まったのを見計らって神無月が委員長の部屋に侵入。

さらには目覚めたばかりの炎魔法を使って焼き殺そうとしたらしい。


委員長はそれが当たる前に悪寒が走って間一髪で躱すことが出来たらしいが、そんな偶然あるか?

俺も中二病時代、気配を察知する訓練をしていたことはあるが、あれってほとんど迷信だからな。

五感からなら感じ取れるが、相手が近づいてきただけで気配で気づくなんてことは某ライトノベルの『気配察知』みたいなスキルがないと無理。

それも寝ているときになんて不可能。

絶対無意識で魔力的な何かを使ったんだろうな、委員長は。


魔法も『光』なんて主人公級だっていうのに、気配まで察知できるのかこの委員長は。

勇者やめて暗殺者にもジョブチェンジできるじゃん。

うらやまし!


「イレナ王と神代が話し合った結果、佐藤の『空間』魔法によって神無月由美の帝国への追放が決まった。異論がある者は手を挙げて進言して欲しい」


それに手を上げるものは居なかった。

正確には上げようとする気力が湧いてこないんだろうな。

親しくしていた友達が急に『実は私犯罪者でしたえへへ』なんて言われても急に受け止められるものじゃない。


呆然として、何も考えられず、思考が止まってしまうものだ。

俺の中二病の発症は中学生になってからのものだ。

小学生時代は俺だって友達がいたからな。

バカにしてもらっては困る。KYじゃないから、その程度の事は分かるのだ。


まあ、その友達とは中学に入って俺が厨二な言動を取るようになってから疎遠になったがな。

ははははは。

……いや笑えないのよ。


そのまま静寂が続いた後、先ほどまで俯いて黙っていた神代が再び顔を上げた。


「僕は、由美が影虎をいじめていたことを許せない。でも死刑にするんじゃなくて、遠い地で頭を冷やして、善行を積んで、罪を償ってほしい。なにも悪くない影虎を死地に放り出したイレナ王の事も一生許せそうにない。けどこの国の人達に罪はない。王の事はどうしても許せないけれど、『光』を宿した『正義の勇者』として、皆とこの国の人達を守って、『闇』を持つ『魔王』を倒して、差別のない世の中を作って見せるよ」


委員長の演説に感銘を受けて賛同する声が上がる。

甘ったるい理想を語っていると切り捨て叱咤することもできるだろう。

俺たちはまだ異世界に来たばかりだ。

戦闘訓練も実際の戦場も経験していないのに、夢だけを語っている。

やりたいことが決まっていてもそれに見合う実力も権力もまだ追いついていない。

それでも委員長の熱の籠った心からの演説は皆の胸に響いたようだ。


俺の後ろで先生が号泣している。

場が活気に包まれる中、それを乱す足音が。


「私は感動したぞ。神代君! 先生と一緒に魔族だろうが悪魔だろうがぶっ飛ばしてやろうではないかぁ!」


最後尾の俺の後ろで成り行きを見守っていた熱血ゴリラ教師がそのべたべたの顔面で神代に抱き着いたのだ。これに女子は悲鳴を上げ、委員長からゴリラを引き剥がそうと躍起になる。

男子は笑いを抑えきれず、腹を抱えて笑っている。


部外者であるはずの、シュバリエ団長もこれには笑みを浮かべている。

「私の……神代君に何かマシ飛んじゃアァァぁあぁぁ!!! このゴリラ教師イイぃぃぃぃぃ!!!」


和気あいあいとした雰囲気が流れる中、それを切り裂く怒声、否、奇声が上がった。

炎の球が委員長に抱き着く神代、それを取り囲む生徒たちに飛来する。

咄嗟の出来事に誰も動くことが出来ない中、突如として飛来していた炎の球が二つに割れ、爆散した。


シュバリエ団長が抜剣しているのに気づいて、初めてそれが斬れたのだという事を理解した。

理解は出来ても信じられない。


あんなにも殺意を込めた熱の塊を容易く迎撃してしまった。

魔法で弾いたり、防いだりならまだ理解が及ばなくもない。

が、今シュバリエ団長は魔法を切って見せたのだ。

そんなのアンチ魔法とか持つ主人公達しかできない芸当じゃないのか?


という俺の疑問を置き去りに事態が進む。

案の定、声の主は先ほど話題の主にも挙がった神無月だった。

委員長の話では鉄格子を使って囚人みたく収容されたと聞いたが、どうやら這い出して来たらしい。

そこに痺れないし、むしろドン引きだわ。一生収容されててほしかった。


憤怒の形相で顔を大きく歪め、支離滅裂な叫びを上げながら好き勝手に炎の球を放ちまくる神無月。

色んな意味で怖い。


言動も炎の球の嵐も、それを成している精神も。

理解が及ばないことが恐怖や狂気だというのなら、神無月は今、ヤンデレを通り越してサイコパスになろうとしてるんじゃないかとすら思う。



現実世界でナイフを振りかざしている無差別殺人と変わらないなアレ。

ホントにあれが追放でいいのかね。間違いなく影虎よりイカれてると思うんだが。

今すぐ殺した方がよくね?


「「佐藤!!」」

「っはい!」

シュバリエ団長と委員長。

二人に叫ばれた佐藤が暴れる神無月に手を翳す。

すると、影虎の時と同じように神無月の姿が掻き消えた。


再び静寂が戻った室内に広がるのは安堵の息と実際の戦闘、そして狂った神無月を目にした恐怖心と圧迫感。


「……訓練は午後からにしようか」

シュバリエ団長も心の整理が必要と判断したのか、訓練は午後から始まる事となった。

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